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時をなくした彼女と森で  作者: ワタリドリ(wataridley)
第六章 銀幕の裏側で
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第41話 銀幕の裏側で⑬<SIDE: ヴァーユ&シャド>

「どっから崩しゃいいんだ……」


 棚の隙間から標的を見据え、シャドは静かに唸り声をあげる。


「バディを組みやがった。あの火薬を使ってリロードタイムに入っても、銃があるから大丈夫ってことか」


 彼女の目先には銃を構えた敵がひとり、そして背を合わせるようにもうひとりの敵が棚の間を徘徊している。一方を崩しにかかったところで、もう一方がすぐさまカバーし、返り討ちに遭うであろうことは想像に難くない。


 出口のダストシュート付近は今も見張りが蓋をしていて、ジャガーとリカオンが中にいる敵を炙り出しに回っている状況にある。見回りのペアを無視して出口に回ったところで、こちらの気配を察知した見張り役がすぐに連絡を寄越して挟み撃ちにできるという算段らしい。


 シャドは喉奥からぐるると震え声をあげた。


「くそう! このままじゃ埒があかねえ! 一か八かで俺がまとめてぶっ飛ばす!」


 痺れを切らしたシャドを、ヴァーユ、シエル、バイジンが同時に食い止める。


「おやめくださいー!」


「よせって。勇気と無謀は別だ」


「そうそう! 『抜け駆けの功名は手柄にならん! 戦は1人だけでするものではない!』って映画でも言ってたよ!」


「じゃあ、お前ら何か策をくれるってのかよ」


「ひとまず、丸腰で挑むのは無茶だ。いったん、隠し部屋にいこう」


「でも、お前らの話じゃ、さっきそこ使って通り抜けたのはバレてんだろ? 見たとこ扉もあの火薬でぶち破られる。銃と奴らの人質だってドケチの委員にあてがっちまったんだ。籠城って訳にもいかねえぞ」


 返答に詰まっていると、後ろから「いたぞ!」という声が響いた。


 さっき気絶させたジャッカルが目を覚まして、捜索に加わっていたようだ。


「まずい!」


 咄嗟にシャドは尻尾を動かした。側の棚から取り出した物に磁力を付与し、自身の義足と反発させてそれを射出する。ジャッカルが銃を放つとそれは割れて、中の液体が飛び散った。


「うげぇ!」と体に降りかかってきた液体に不快感を露わにする。目を擦って再度照準を合わせようとしたところで、既に敵の姿がないことに気づいた。


 ヴァーユ達はまた別の物陰にもたれかかり、全員で息を整える。


「ざまみろってんだ。不意打ちなんて卑怯者のすることだっつーの」と、不意打ちのためにこの状況に至っているシャドが我関せずといった口ぶりで毒づいた。


「さっきのは調味油のようですね」


「今火にかければこんがり焼けるね」


「あんなん食ったら腹壊すぜ」


 シエル、バイジン、シャドのやり取りを耳に入れていると、ふとヴァーユの中に湧き上がってくるものがあった。


「火にかける……か」


 真剣な眼差しで戯れを反芻するヴァーユを見て、シャドは心配そうに言った。


「おいおい、(ボン)、ゲテモノ趣味はやめとけって。医食同源、健康は日頃口にするものからできてんだ。俺の姉貴なんて毎日酒浸りの日々を続けてたらとうとう自分で歩くのもしんどいとか抜かしてーー」


 何を誤解してかつらつらと説教を垂れるシャドを遮り、ヴァーユはみんなに呼びかけた。


「みんな、あいつらまとめて一網打尽にできるかもしれない」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 背中合わせのペンスに「どうだ?」と呼びかけてみるも、相棒は「敵影なし」と機械じみた返答を繰り返すばかりだ。出口を張っているアセトンに呼びかけても欠伸混じりに「異常なし」と返ってくる。


 厄介な敵が紛れ込んだとはいえ、相手は子供連れということもあってか、メンバーの間では少し弛緩した空気が漂いつつあった。なるべく早くにこの面倒ごとを片付けて撤退したいと考えるニトロからすると、メンバーの様子に少し苛立った。かといって、メインホールを任せている人員からこれ以上捜索に当てるというのもリスクが大きい。


「どこに雲隠れしたか、よく見張るんだ。特に出口からは絶対に出さないよう気を付けたまえ」


 ニトロは今一度捜索にあたっている全員にトランシーバーで呼びかけた。


「リーダー! 見つけました!」と騒がしく寄ってきたのはメンバーのひとり、トントだった。全身の毛が何やらつやつやと光沢を放っていて、近づいてみるとべたついた甘い匂いが漂ってくるので、油を被ったのだということがわかった。


 ニトロが顔を顰めると、トントは取り繕うように「こっちです! 早く!」と捲し立てた。


 後を追って駆けていくと、やがてとある棚の前にたどり着いた。棚が少しずれて、隙間が生じている。


「成程。この隠し部屋に逃げ込んだというわけか」


「へい、白いイタチが入って行くのが見えました」


 棚を静かに動かし、罠を仕掛けていないことを確認すると、ニトロが先に入り、2人も後に続いた。中の照明は落ちていて、天窓から降りてくる夕日だけが頼りだった。


 部屋に入って最初にコホコホと咳き込んだのは、トントだった。それからペンスもニトロも続け様に咳き込んだ。甘い匂いを嗅ぎつけて不審に思い、互いの顔を見合わせた。


 換気扇とは違う、何か機械のモーターが作動する音が部屋の中央から漂っている。そこから、何か煙のようなものが舞い上がっては、夕日に照らされて神秘的に煌めいている。


 近づいてみると、テーブルとテーブルの間の床に掃除機と扇風機が置いてあった。掃除機は最大出力、扇風機は強風のまま電源が入っていて、掃除機から排出される風と扇風機の風が、床に散乱した白い粉を当たりに吹き飛ばしている。


 スイッチを切ろうとしたところで、また別のモーター音が部屋の隅から耳に到達してくるのをニトロは逃さなかった。


 テーブルの隙間から一瞬だけ、黒い服を着たような出立ちのイタチがラジコンカーに乗って走っているのが見えた。体の筋肉がぴんと伸び、ラジコンカーの音がする方に銃を構え狙いを定める。


 突然、後頭部に何かがぶつかり、トントは思わずたじろいだ。黒いボールが床に転がっている。放たれた方に銃を向けると、やはり四足獣の影が見えた。


「何の真似かね。こそこそ隠れながらこちらを狙うとは、およそ紳士的とは言い難いじゃあないか。さっきみたく正々堂々近接戦ではどうかな?」


「そっちこそガキに手を出す輩の台詞とは思えねぇな!」


 部屋の左方から“義足のシャド”の声がこだまする。ニトロは顎を傾け、トントにそちらを見るよう指示した。


「アナタの言うこと成すこと滅茶苦茶ですが、そこだけはワタクシも同意します!」


 今度は右方からイタチの低い声が聞こえてくる。言われずとも、ペンスがそちらへ銃を構えた。


「2人とも、もういいって!」


 声を張り上げながら、部屋の前方から人間の少年が姿を見せた。少年は両手を挙げて、降参の構えを取っている。


「さっきの見たろ。あんな凄い能力相手に俺たちが無事に済む訳がない。ここが見つかった以上、もう確実な隠れ場所はないんだ。みんなには悪いけど、俺は降参するよ……このペン、欲しいんだろ? あんたらに大人しく渡す。だから命だけは見逃してほしい」


 少年はこちらの機嫌を伺うように上目遣いで尋ねてきた。部屋じゅう煙たいせいで顔はよく見えないが、差し出した左手にはきらりと光るペンが載っていた。それはニトロにとって、この上ない朗報でもあった。


「ふむ、やはり君は聞き分けがいいみたいだ。それに、僥倖としか言いようがない。まさか君が例のレアものを持っていたとはね」


 ニトロが右脚を前に出したところで、右側からイタチの叫ぶ声がした。


「ヴァーユ様! そんな輩の要求を呑むことはありません! これでも喰らえ!」


 ラジコンカーに載ったイタチが猛スピードでニトロの元へ向かってきた。タイヤが高速回転し、モーターが大袈裟に唸っている。


 靄がかかったように視界は悪いが、シルエットから何かを背負っていることだけはわかった。それは小瓶のようで、飲み口から細い布切れが飛び出している。どうやら足跡の火炎瓶を背負って、無謀にも自分の数十倍の大きさの相手に突撃しようとしているらしい。


 最高速度に到達したところで、イタチはラジコンカーから跳ね上がり、ニトロに飛びかかるべく宙に浮いた。


 ニトロは少量の火薬を空中に放出した。イタチがこちらに到達するよりも先に、火薬で火種の道を形成した。あとは、手元にあったライターで着火すればイタチは火だるまになるはずだ。


そこまで考えたところで、ある不安がニトロの頭を掠めた。この甘い匂い、煙たい室内、自分が今しようとしていること。それらはライターのフリントホイールにかけた指を引き止めた。


 思わぬ方向から思わぬ銃声が鳴った。


 イタチを撃ったのはペンスだった。突然の敵による捨て身特攻に瞬時に反応し、しかも少し離れた距離から一発であの小さな体に命中させた。撃たれたイタチは呆気なく勢いを失い、地面へと堕ちて行く。そんな切れ間の中で、ペンスの反応速度と命中精度にニトロはいたく感心していた。


 だが、悲鳴を上げたのもまたペンスだった。その反対に、撃たれたはずのイタチは一切の音を立てることなく、ぺたりと床に伏している。


 悲鳴の原因を突き止めるべく、ニトロは反射的にペンスの方を見た。眼球に降りかかったのは仲間の姿ではなく、ちりちりと痛むほどの高熱だった。


 眼前のすぐそばまで爆炎が迫っていた。

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