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時をなくした彼女と森で  作者: ワタリドリ(wataridley)
第六章 銀幕の裏側で
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第35話 銀幕の裏側で⑦<SIDE: メドウ>

 有事の報せを受けて、メドウはカガリ、メルと共に第二保管庫へ向かっていた。


 第二保管庫で強盗事件が発生したという一報は、メドウを含めた現地の管理委員の神経をひどく強張らせた。そこは管理委員にとっての職場であると同時に、一般客も利用する公共施設でもあるのだ。


「まだ被害は確認中ですが、金庫室を狙っての犯行のようです」


 汗だくになった警備員が息絶え絶えになりながら出動前のメドウ達に報告した。聞けば、犯行グループは、第二保管庫でとりわけ厳重な金庫を爆薬で打ち破ったのだという。金庫の奥には、ツァイトライゼが収集した貴重な研究資料が眠っている。まだその性質の全容を調査中のマテリアロイドも含まれているということだった。


 メドウ達が耳にした爆音は金庫破りの際に生じたものだったのだろうと納得しかけると、警備員はかぶりを振った。


「それが、金庫破りはそれよりもとっくの前に行われていたみたいなんです。金庫からはもうマテリアロイドは無くなっていて、さっきの爆発に関しても、通報者もわからないと……」


「通報者とは今も連絡を?」


「いえ、以上の報告だけで音信不通になりました」


 居合わせていたカガリが腕を組み唸った。


「さっき爆発は犯行グループが金庫破りとは別の目的で起こしたってのか? 考えたくはないが……」


 メルもまた別の疑問を呈した。


「そもそも一発程度の爆発で、金庫を破るなんてできるんでしょうか? 未出のマテリアロイドなんて、重要機密ですよね。それを保管する金庫なら、最低でも二重、三重層で守られているはず……」


「とにかく現場へ行こう」不安な面持ちの同僚にメドウは言った。


 それから警備員に向き直って言葉を続けた。「最悪の事態に備えて、医療班に連絡を。念のため、近隣住民には外に出ないよう避難勧告を出そう。僕達は現場に急行する。車と警備員を貸して」


「はっ! 了解しました!」


 警備員は直立して目を見開く。その勢いで汗が散った。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「メドウさん、別のお仕事があったのに付き合わせて申し訳ありません」


 社内で腰掛けて目的地まで待機していると、メルがおずおずと頭を下げてきた。


「それは君達だって同じだろう。管理委員として、近くで人命が脅かされているかもしれない状況を見過ごすわけには行かないさ。それに、シエルには伝達を頼んでいるから心配ないよ」


 出発前、シエルに急な任務が入ったことを知らせようと端末を鳴らしてみたが連絡がつかなかった。仕方ないので、第一保管庫の事務員に借りていたホテルを知らせてすぐには戻れないことを伝えてもらうようにした。


 第二保管庫の近くまで来ると、フロントガラスから円筒状の構造物が突き出した独特のシルエットが見えた。


 最初に違和感を表明したのはメルだった。鼻をスンスンと鳴らしてから周囲に尋ねた。


「なんでしょう、この匂い」


 嗅覚を冴え渡らせるまでもなく、メドウとカガリの鼻にも甘い匂いが到達してくる。まず上品な砂糖の匂いがやってきたと思えば、甘さ一辺倒というわけでもなく、焦がしたキャラメルのようなビターな味わいも内包している。仄かにこんがりと焼いたパンの香ばしさも同居していて、これが店から漂ってこようものなら強烈なキャッチセールスになるに違いなかった。


「確かに。でも、この辺にお菓子を作る店なんてあったかな?」


「第二保管庫から漂ってくるようです」


「余計にわからんな」


 狭苦しそうな体勢で座っていたカガリが首を振るった。この状況に見合わない、食欲をそそる香りを振り払いたかったのかもしれない。


 第二保管庫に到着すると、正面玄関を警備員の一団が塞いだ。正面玄関はシャッターが下されていて、中の様子は全く見えない。カガリが裏口も固めるよう指示すると、隊列から一部の警備員がはぐれて、壁に沿って裏側へと回り込んでいった。


「メドウさん、言われた物、用意ができました」


 メルが差し出した手のひらには、小型カメラが乗っかっていた。人差し指と親指で摘めるサイコロほど小さく、相手に気づかれずに偵察するにはうってつけだ。


「ありがとう」と、手短に言ってそれを受け取ると、メドウの着物が揺めき始めた。広い裾が波のように動き、その中で蠢いていた水が外へと飛び出す。


 主の意のままに宙に浮いた水は、太く長いチューブのような形状へと変わり、メドウが手にしたカメラを飲み込んだ。それから水は、河川を泳ぐ鰻が住処を見つけたかのように、空を切って建物の脇にあった排気口へと入っていった。


 その様子をしげしげと見守っていたカガリが感心したように言う。


「いつ見てもお前の鰻水(イールウォーター)は、ご主人に忠実だな。俺んとこの暴れん坊にも見習ってもらいたいもんだ」


「それもマテリアロイドの個性だよ。みんな違ってみんな良い」


 メドウは警備班が用意した第二保管庫の見取り図とモニターを頼りに、送り出した水を操作した。しばらくモニターには狭いダクトを這う映像が流れ続けていた。本来真っ暗闇のダクト内が、カメラの暗視機能を介して緑がかってモニターに映し出されるが、特筆すべきものは何もない。上下左右の所々に付着した錆や埃が頻繁に目につくのみだった。


 途中、ダクトが破損している箇所に行き当たった。ダクトが折れて真下の部屋へと降ることができるようになっている。何かの重みに耐えきれず、それが滑り落ちていった痕のように見えた。メドウが怪訝そうな顔を浮かべていると、警備隊長が横から告げた。


「そういえば、排気設備と空調設備の調子が悪いとかで、今日点検業者がくる予定だったとのことです」


 とはいえ、今となっては些細な異状に立ち止まるわけにもいかず、水はダクトが途切れた箇所を飛び越えて先へ進んだ。映像5分ほどしたところで、目的地であるメインホールの排気口にたどり着いた。


 メインホールは、地下1階から地上2階までの3階層になっている。水を床に這い回らせ、ゆっくりと手すりへと近づかせる。2階の吹き抜けから地下1階を見渡すと、ホール中央にたくさんの人々が肩を寄せ合い密集している様子が見えた。中には子供の姿もあり、遠くからでも肩を窄めて不安そうにしているのがわかる。


 その周囲で、銃を持った二足歩行の獣が闊歩していた。


「メインホールにいる敵の数は4人。人質は35人」


「負傷者は?」


「確認できない」


 カガリが安堵の息を漏らす。しかし、すぐに気を引き締め直したかのように、いっそう声を低めて言った。


「だが、不幸中の幸い、とも言い切れないな。この街の規模からして普段なら3桁以上は利用客がいるだろうが、今年は都でのカーニバルがあるからいつもより人の出入りが少ない。この抜け穴を狙った時点で、周到に計画した上での犯行だろう。敵の数は少なそうだが、油断は禁物だ」


 メドウは水に念じてカメラを操作した。モニターにズームアップした強盗が映し出される。4人の強盗はそれぞれ姿形の異なる獣だが、2つの共通点があった。ひとつはいずれもが目出し、鼻出しのマスクを被っていること。そして、体の一部の毛を刈り上げてそこに嵐を意味する渦巻き模様のタトゥーを施していることだった。


「間違いない、奴らはブルータルズだ」


 心なしか周囲にいた警備員達とカガリ、メルの表情に浮かぶ義憤の色が増した気がした。


 飽きるほど相手にさせられてきた管理委員の天敵とも言える存在。それだけにただのコソ泥を相手にするのと、彼らを相手にするのとでは、モチベーションに些かの隔たりがあるのも納得がいく。


 メドウはモニターから受ける違和感を察して、顎を人差し指で摩った。


「何か揉めているみたいだ。音声を拾えるかな?」


 近くにいた警備員がキーボードを叩くと、遠くの音声が明瞭に聞こえるようになった。声の主達は、一方は焦燥に駆られ、一方は苛立ちを隠せない様子だった。


『いつになったらリーダー達、戻ってくるんでしょう? たかがガキ相手に時間かけすぎじゃないですか?』


『さあな』


『さっき爆発音が聞こえましたけど、あんなの計画にありましたっけ?』


『さあ!』


『とっくに予定時間過ぎてますが、本当に俺達脱出できるんすか? 外で待たせてるヤツもさっき無線でもうこれ以上は誤魔化せないって言ってましたが……』


『ああ! うるせえ! リーダーの言うことをちっとは信頼しろい! 俺たちゃ黙って見張ってりゃ良いんだよ! 最悪リーダーが戻って来なくたって、こいつらに銃突きつけて強行突破すりゃ良いんだ! 自分の頭で考えろ!』


『人のこと信じろとか、自分の頭で考えろとか、どっちっすか?』


 その言葉を受けた声の主は余計に怒り狂い、指向性マイクが拾う音を割るほどのボリュームで、聞くに耐えない言葉を連発した。メルは耳を塞ぐジェスチャーを取りながら、メドウに話しかけた。


「何か、奴らにとってイレギュラーな事態が起こっているみたいですね」


「うん。でもこれで合点が言った部分もある。閑散期とはいえ、この規模の施設を占拠するのに4人は少なすぎる。やはり、本来はもっとメンバーがいるみたいだ。それが何かのトラブルで欠けて4人でここを見張るしかなくなった、ということらしい」


「カメラがダクトを通ってる最中も、他の部屋で誰かが活動している気配はなかったですしね。そう言うことなら……」


 メル、メドウ、カガリの3人は、同じタイミングで視線を合わせた。そして一斉に頷いた。

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