第33話 銀幕の裏側で⑤<SIDE: ミナギ>
ミナギとスティールはあちこちを探し回った。広場を中心に二手に分かれて、異なる方を見て回った。
スティール曰く、“連れ”は彼にとてもよく似た姿をしているのだという。白を基調した体毛に黒っぽい斑点を付けた三毛猫。その姿を思い浮かべながら、街を捜索することにした。
手始めに白くて縦長の教会を訪れてみる。しかし、既に礼拝の時間は終わっていて、中はがらんとしていた。ブルドッグの姿をした牧師に尋ねてみても、そのような子供は見ていないという。
教会を出ると、その隣にある通りを歩いて行った。通りは、例の巨大スクリーンに向かって伸びている。しばらくすると、人通りの少ない区画に到着した。中央広場の活気が別世界に思えるくらいだった。
ネオンサインが一際目立つバーを薄暗いガラス越しに覗いてみても、ものの見事に閑古鳥が鳴いているだけ。その隣にはコインランドリーがあり、近くのアパートに住んでいるらしい住人がゴトゴトと鳴るドラム式洗濯機の側で雑誌を読み耽っている。中に三毛猫はいない。
キョロキョロと辺りを見渡しても、まばらに住人が歩いているだけだ。いずれもスティールの姿には似ても似つかない。
収穫なし。中央広場の方へ戻ろうと、ため息をついて踵を返した時、2つの影が目に入った。
ワラビーが手にした本を振り回して、隣の影に語りかけている。その隣で、相槌を打っているのは、三毛猫だった。周囲からの視線をまるで気にしない声のボリュームからして、2人ともまだ子供のようだ。
「撮影が延び延びだ! もう待てない!」
「まったく……。バイジンの奴、なんだってあんなのに執着してんだか」
「そりゃあスターのサインだし、誰だって欲しいじゃない」
「でもさ、むしろそういうのには興味ないってタイプだったと思うんだけどなぁ。前にみんなで映画の撮影を見学しに行った時、『サインなんて貰ったらファンになっちゃう。自分は同業者になるんだから要らない』とかひとりだけ強がってたでしょ」
「そういえばそうだ! よく覚えてるね」
「あんたが友達の分までとか言ってこっそり2人分サイン貰ってたのも覚えてる」
「うっ……。でも、確かにそうだね。気が変わったのかな?」
「ま、呼びに行ったついでに問い詰めてやろう。こんだけ待たされてるんだ」
「だね!」
2人は角を曲がって、姿が見えなくなった。ミナギは急いで追いかけた。角を曲がろうとしたところで、急に目の前を何かが遮った。ミナギはどきりとして足腰に急ブレーキをかけた。
「うお!」
目の前でスティールが目をかっと見開いて驚いている。見れば、尻尾の先までピンと伸びている。
「うわっ、ごめんなさい!」
「いえいえ、こちらこそ。何か見つけられたんですか?」
えーと、と言葉を探しながら彼の背後を見る。あの2人は今も仲良く並んで歩いている。道は狭く、側には入れそうな店もない。どう見てもスティールと途中ですれ違っているはずだ。
彼は訝しげな表情でミナギの目線を追い、2人の姿を視認している。しかし、彼には何も目的のものは映っていないらしい。
ミナギもスティールも互いに首をかしげた。
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「なかなか見つからないですね」
捜索開始から1時間ほどは経った頃、ミナギは隣の三毛猫に話しかけた。2人は今、公園の中にある椅子に腰を下ろして休息を取っていた。
ミナギはタイヤでできた椅子を撫でてみる。これも遺失物なのだろうか。
ブランコやジャングルジム、鉄棒が並んでいて、中央にはドーム状に盛り上がった遊具が置かれている。山に見立てて斜面を登る子もいれば、遊具に空いた穴の中に入っていく子の姿もある。
「よくはぐれるんですか?」
「いつもこうです。一緒にこの街に映画を観に来るのですが、お互い好みがてんでばらばらでして。同じ映画を面白いと肩を並べて見ることの方がいやはや珍しく……」
スティールは肩を落とし、遊んでいる子供たちの方に目を向けた。ミナギも視線を向けてみる。沢山の子供たちが公園の景色に混ざり合って、戯れている。後ろからまた更に賑やかな子供の声が聞こえてきた。手押し車に乗せられた様々な種類の動物の子供たちが、保育士らしきカンガルーに連れられて公園に入ってくるところだった。
これだけの賑わいを見せるのに、三毛猫の子供の姿はいっこうに見当たらない。かといって視線を横に向けても、そこにいるのは口髭模様がトレードマークの、寂しげな三毛猫だけである。
「それにしても、待ち合わせの時間にも現れないだなんて。何か事件にでも巻き込まれていなければいいですけど」
ミナギはそれとはなしに会話の空白を埋めるように言った。
何気なく放たれた言葉に対して、スティールはやけに長考しているようだった。少し軽率だったかもしれないと思い、ミナギは頭を下ようとした。しかし、スティールはそれを掌で制した。
「事件と言えば、私らにとってはちょっとした事件かもしれませんね」
「何かあったんですか?」
「最近、家庭環境がちょっと変わりましてね。新しいパートナーとの折り合いがどうも良くないみたいで……元々映画の趣味も合わないというのに、余計に会話が減ってしまって……」
ふくよかな三毛猫の横顔が今はとてもやつれて見えた。
思い出したように髭模様を撫で、「ミナギさんに甘えすぎてしまいましたね。聞き流してください」と慌てて前言を取り下げた。
元はと言えば、自分の興味本位で首を突っ込んだのだ。重くなりかけていた空気を晴らすべくミナギは膝に力を込めて立ち上がろうとした。
だが、場の空気を変えたのは唐突に響き渡ってきた爆発音だった。地響きが足裏から伝わってくる。公園にいた子供達も一斉に動きを止め、不安と混乱のどよめきを起こしている。
ミナギはスクリーンの方を見上げた。しかし、映画の上映を終えたスクリーンの中では、爆発など起こっていない。ネクタイを締めたオウムが微笑ましい地域のニュースを取り上げているところだった。それも今の爆発音にキャスターが反応して中断されている。
「どうやら向こうの方からみたいです!」
声のする方に顔を向けると、いつの間にスティールは公園の外に出ていた。震源地の方へ走り去ろうとする彼の後をミナギも追った。




