第28話 映画鑑賞
「車を借りてくる」
ふとメドウが告げた。
「ここから先は都に向かう人達のために道路が整備されている。その分補給できる場所まで距離もあって、歩きだけでは相当大変なことになる」
「どこで借りるんですか?」
各自ナプキンで口元を拭っているところだった。
「遺失物保管庫」そう言ってから、遠くにある鏡のような高い建物を指さした。「あれさ」
「承知しました。ワタクシ達はここで待機しています」
「うん、それがいいと思う。もし遅くなるようだったら連絡するね。向かい側にあるホテルの部屋を借りておくから、休憩したくなったら僕の名前を伝えて。おっと、ちょうど上映開始みたいだ」
遠くにあるモニターに映っていた宣伝と告知は一通り終わったらしく、配給、製作会社の名前が特殊な演出によって表示されていた。ミナギは、それらの会社名に見覚えがあった。
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ずいぶんと昔に見たきり、こんなに大きな画面で見ることはなかった。そのせいか、テレビで見た時以上に、鮮明にあの頃胸に宿した高揚感が蘇ってくるような心地がした。
ストーリーも、舞台も、出てくる人々も、とてもヘンテコな映画だ。
主人公の少年は、両親と4人の祖父母と暮らしている。暮らしぶりは慎ましく、出てくる食事と言えば決まってキャベツスープで、父親がリストラされると更に味を薄めなくてはならない危機に見舞われる。
しかし、ある日近所にある不思議なチョコレート工場への入場券を手にした彼は、世界中の誰も見たことのない工場の内部へ足を踏み入れていく。カラフルな装飾で彩られた工場は見ているだけでも、画面越しに甘い匂いが伝わってくるようだった。チョコレートの川が流れ、働き者の小人がいて、噛んだら歯が砕ける溶けない飴を作る機械があって、たくさんのリスがナッツの殻を割って、物質をテレビの中に転送する装置があって、空飛ぶエレベーターまでもがある。おかしなお菓子工場だ。
けれども、おかしなことだらけの工場見学を終えると、ずっと工場の中に閉じこもっている工場長がなんだか寂しい人に見えてくる。魔法やSFのような仕掛けに溢れた工場にいても、彼は満たされない何かを抱えている。
主人公の少年との交流を経て、工場長が長い間抱えていた蟠りに向き合い、物語は幕を閉じた。
映画が終わり、モニターに次の上映作品と上映時間が表示された。
「うう、ワタクシ、不覚にも泣いてしまいました……」
「ぐしゃぐしゃ……これで拭きなよ」
ヴァーユがシエルにナプキンを差し出した。
見ると、他の屋上で鑑賞していた住民達も拍手をしていたり、じっと余韻に浸っていたり、そそくさと元の日常へ戻っていたりと多種多様だった。その様子を見た印象がミナギの口をついて出る。
「Drive-in theaterならぬReside-in theaterって感じ」
「前半はまぁファンタジーって感じでつかみどころなかったけど、後半に出てきた転送装置は面白かったな。あれは量子のもつれを利用したテレポーテーションなのかな。ミナギはどう思う?」
「ん? えーと、たぶんそうなんじゃないかな。他の映画でも量子状態を変えて体のサイズを変えるって話があった気がする。その映画だと架空の亜原子粒子に原子間操作を頼っていたみたいだけど。そういえば、あの場面に出てくる猿達がモノリスを囲んでいるシーンは、あの名作からの引用だったんだな。子どもの頃はなんとなく見逃してたけど、今気づいてはっとしちゃった」
「この映画、見たことあるの?」
「子どもの頃に一度だけ」
「親と一緒に?」
「あー……いや、友達とだったかな? それかひとりで見たかもしれない。君は映画館は家族でしか行ったことないか」
「こうして他の人と映画観るのは初めて」
「ふ、またひとつ大人になったな」
「馬鹿にすんな。それにしても、画面はもちろんだけど、音量も相当でかい」
「轟音といいますか、爆音といいますか……テーブルのコップの中身が未だに揺れているほどですからね」
シエルも頷いていた。体が小さい分、揺れには人以上に敏感なのだろう。
「なんというか、見ているだけで体力使うよな」
ヴァーユは手すりから離れた。階段に向かいながら「先、休んでる」と言った。
「では、ワタクシもヴァーユ様と一緒に」とシエルも彼の肩に飛び乗った。
「2人とも休憩? 次の映画も面白そうだよ? 予告編見た感じ、火薬いっぱい使って大暴れしてそうだよ」
「だからだよ!」と「だからです!」が重なって返ってきた。




