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時をなくした彼女と森で  作者: ワタリドリ(wataridley)
第四章 森の正体
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第22話 燐光蟲

言葉の真意を掴めず彼の立ち姿を見つめたままでいると、例の青く光る蝶が現れた。


「それってつまり、どういう」


意味なのか。そう尋ねようとするも、ミナギの注意は続々とやってくる青に奪われる。


ひらひらと舞う何十匹もの蝶は、空中にあやふやな隊列を組んでバスケットボールに向かっていく。


バスケットボールにとまった蝶は順々に強く発光して、満足げな光を放ったものからどこへともなく飛んでいった。


他に落ちている物も同様に数匹の蝶がとまっていた。


「早速嗅ぎつけたな。さあこっちだこっちだ!」


カワウソはバスケットボールを大玉のように転がして、レッサーパンダと共に森林のさらに奥へと進んでいった。去り際に、レッサーパンダが振り返った。


「では私達はこれで! 迷い人さん方、どうか無事にご帰宅できますように!」


蝶もそれに続いた。何十という蝶達が振りまいた粉は光の滝になって、最後には土へと溶けていった。


「あの管理委員さん達は何をしてたの?」


消えていった先を見つめがらミナギは問いかけた。


「管理委員の本来業務。ああやって燐光蟲が集る落とし物を、森の中で適度に配置しているんだ。ミナギさん達みたいな迷い人を案内する仕事は寧ろ珍しいことで、普段はこうして文字通り遺失物を管理しているってわけさ。暗くなってきたから戻ろう」


メドウは元の道を歩き始めた。ミナギ達も彼についていった。


あの蝶はやはりモルフォ蝶ではなく、燐光蟲という別の種類の蝶なのだ。ミナギにとっては、ずっと抱いていた疑問に光明がさし、喉奥の痒みが消える心地がした。


「適度に配置? しないとどうなるの?」


ヴァーユがすかさず疑問を投げた。とりあえず言われたことにそのまま納得しかけていたミナギは、この少年の研究者肌に改めて感心する。


「その説明をするなら、まず燐光蟲とこの森の関係を明かさなければならないね」


メドウは前を見たまま、滑らかな口調で解説を始める。


地面にはやはり先の管理委員が配置したであろう落とし物がごろごろ転がっている。疎らではあるが、数匹がとりついていた。メドウはそれを指差した。着物の袖がするりと揺れ落ちた。


「燐光蟲は向こうの世界からジャンプした物に集る。これは今までも見たことがあるよね。そして何らかのエネルギーを摂取し終えると、羽から強い燐粉を撒き散らしてまた別の物を探し求める」


「落とし物から得ているエネルギーって?」


「詳しくはわかっていない。でも確実なのは、あの燐粉が森を育てているということ。森に生えた草木の成長と、あの燐粉の散布量には明確な相関関係が認められている」


「えーっと、つまり、木の実を食べた鳥がその種を落として、また木が生えるみたいな、そういう関係?」


ミナギの問いにメドウが頷く。


「近いのかもしれないね。燐光蟲はこの森の生態にとって極めて重要な存在なんだ。けれども、彼らは本能の赴くがまま落とし物に向かっていく。もし放ったらかしにしていたら、燐光蟲が一箇所に過密集中することだってあり得る」


「森にとっての栄養源……ならいいんじゃない?」


「……いや、そうとも限らないよ」


ミナギの疑問を制したのはヴァーユだった。


「どういうこと?」


「うーん……わかりやすく森に例えるなら、間伐もせずに背の高い木が沢山生えるとどうなるかって話」


ミナギは少し考え込んでから彼らが言わんとしていることに気づいた。


「そっか、何事もやりすぎはよくない、と。木が成長して混み合うと、太陽光が届かないもんね」


「2人とも察しがいいね。知っての通り、自然は微妙なバランスの上で成り立っているんだ。肉食動物ばかりが蔓延ってしまったら草食動物が消えて、かえって肉食動物が飢えてしまうようにね。燐光蟲が集中すると、森は危険な状態になる。それを防ぐために、僕達は間伐よろしく物を管理しているというわけさ」


「それで? 燐光蟲? それが集まったら具体的に何が起こるのさ」


ひとしきり聞き終えてもう満足だろうとミナギも思ったところで、なおもヴァーユの興味の種は尽きないようだった。食い気味に尋ねるヴァーユを前に、メドウは上機嫌に笑った。


そして暫く間が空いてからメドウが放った一言は予想しないものだった。


「百聞は一見に如かず」


文脈を無視したような一言に対し「何が?」と、ミナギとヴァーユの声が重なった。重なったことに気づいてから、互いに顔を見合わせた。


「ヴァーユ君もミナギさんも、もう見たはずだよ」


「何を?」


「燐光蟲が集まったらどうなるか、だよ」


「いつ?」


三度シンクロした反応を示すミナギとヴァーユにメドウは更に高く笑った。


「君達が出会ったという最初さ。シエルから聞いたけど、何十台もの車両が積み重なって危険な状態だったんだって?」


そして四度、ミナギとヴァーユは顔を見合わせた。そう言えば、あの時あの異様な状況がいかにして起こったのかについては、そのあまりの異様さ故に考えずにいた。


「燐光蟲が撒いた燐粉は、土を肥やす。中でも、栄養を過剰に摂取した土は不可解な現象を引き起こす。僕達はそれをオーバードーズ現象と呼んでる。生態系が乱れたり、物が大量にジャンプするような不可解なことが巻き起こるんだ。あのままヴァーユ君が放置されていたら、きっともっと危険なことになっていただろうね」


ミナギはあの時まで時間を巻き戻して再生した。何か急いだ様子で自分に助けを求めてきたシエル、そしてあのキャンピングカーに集中していた燐光蟲。中に閉じこもっていた燐光蟲の獲物たる少年のペン。そこから少年を救出した自分。ミナギは、それらの事象がもつ真の意味を理解した。


「ってことは……」


「ミナギさんは気づかぬ内にヴァーユ君の命の恩人になっていたというわけさ」

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