第110話 ワダツミ作戦:決行②
シャドは再び義足に神経を集中させる。
自分が失敗すればここまでお膳立てしてくれたすべてが台無しになる。そんなシャドの心配や不安、焦燥といった胸中の波をよそにぱちぱちと陽気な反応を返すマテリアロイドはまるで子供のように思えた。
ヒョウはここにきてシャドの邪魔になるまいと静観しながらも、しっかりと彼女の側で見守っていた。
『射出!』
合図にしたがってシャドが力を込める。青白い光があたりに充満する。シャドの灰褐色の身体が銀色にぎらつき、体毛がさざめきながら逆立つ。シャドは目を細めた。眩しかったせいではない。義足から伝わる力が些か強すぎるように感じられたからだ。
「ぐうっ……!」
義足ががたがたと揺れ始める。突如として溢れ出した脈動にシャドは歯を食いしばった。このままこいつらに好き勝手させてたまるか、という気持ちが小さな渦のように生じ始める。シャドは左前脚で義足の右脚を添えようとした。
「シャドよ、強引に押し込めようとするでないぞ!」
「わーってる! でも、言うことを聞かねえ」
シャドは身体を震わせ、どうにか主導権を取り戻そうとしている。
ヒョウは嬉々と跳ねる火花を見つめて、観察した。どうやら先程の放流にマテリアロイドが味をしめたらしい。彼らは普段抑制されている自らの力をここぞとばかりに発露したがっているのだ。飼い主であるシャドの意思に呼応するかように。
こう手をこまねいている間にも巨人は第二陣の作戦エリアを移動しており、足音も大きくなっているのだ。モニターされているシャドの身体から検出されている電磁力のパラメーターは要求値を過度に上回っており、このままの射出では車体に働く浮力が大きすぎて目標を遥か上を通り過ぎてしまう。このままでは時間切れになり、目標が攻撃地点を通過してしまう恐れも出てきている。
「仕方ない、一時中断だ。今回の射出は諦めて、第三陣に……」
「いや、このままいける! つうか抑えられねえっ」
トンネル内を巨人の足取りがトンネル内を揺らし、皆が悲鳴を漏らした。
「シャド!」
ヒョウ爺が背中に触れようとした瞬間、電流が耳を聾する嘶きを伴いながらレールの上を駆けていった。
走行開始していたリニアに到達し、前回と同じように流線型のボディが射出される。天井を貫き、地層を隔てた向こう側で鈍くて大きな音が鳴った。
『目標の脚部に命中!』
第二陣の成功を告げる無線を耳にし、シャドが振り返る。やれやれ、と両手をひろげてみせるヒョウの顔を捉えた瞬間、視野の隅に天井から降り注ぐ瓦礫が映り込んだ。
ここまでシャド達が感じた中でも最大の揺れがトンネル構内を襲っていた。小さかった瓦礫はやがて大雨のような土砂崩れに変わり、リニアが走り去っていた方向がどんどん埋もれていく。
「退避、退避ーっ」と誰かが叫ぶ声は、落盤の衝撃にかき消されてその場にいた全員に届いたのかはわからなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「シエルさん、これはどちらに置けばよいですか?」
作業員のひとりがシエルに尋ねてきた。輪っか状に巻いてある長い管がその手にはあった。
「それは何でしょう?」
シエルにもその用途がわからず、思わず聞き返す。作業員は頷いて答えた。
「注水用ホースです。リニアが的を外した時に前線の部隊がこれで中の水を抜いて給水を行うみたいで」
「ああ、ライカさん達の管轄ですね。それならあちらのトラックにお願いします」
「わかりました」
そして作業員は指示された方へと向かっていったが、その彼に別の作業員が話しかけていた。第一陣うまくいったってよ、本当にあんな鉄の塊を打ち込んじゃうなんてな。そんな感じのことを話していた。
「シャドさん、大丈夫でしょうか」
シエルはぽつりとつぶやいた。練習で成功率を上げていたとはいえ、確実とは程遠い確率だったはずだ。
第三陣向けの濾過水を搬送用トラックに積み込むのを確認したところで、シエルは大きな揺れを感じた。これまでにも何度かあったので既に慣れきっているつもりだったが、今度のはシエルの小さな身体を浮かせてしまうほどだったので流石に心配になり、無線で状況を確認した。
『シエルくん、落ち着いて』
アストが応答した。彼女は今はケルンの側で作戦指揮の補佐をしている。
『第二陣の攻撃により巨人の脚部を損壊させることに成功したの。でも、それによってバランスを崩した巨人が転倒し、直下の地下トンネルへの落盤を誘発した。層を薄く削っていたことがこんな結果を招くなんて……。今は詳しい状況を確認中だけど――』
「ななな、なんと!」
シエルは他の者に一時指揮を任せて、トラックに飛び乗った。行き先は第三陣に向けた準備を行っている作戦拠点だ。
『シエルくん、シエルくん? あれ?』
アストが受話器に呼びかけるも、シエルは焦りのあまり端末を切ってしまったのであった。
トラックが地下鉄への搬入口に到着する。
砂埃をまとった作業員がせわしなさそうに車体の周りを動き回っている。先程の落盤事故のけが人が運び込まれていると思しきテントを見つけると、シエルは急いで駆け込んだ。
「シャドさん!」
「おう、なんだ?」
「わあ!」
テントの布を潜り抜けるやあっさり眼前に迫るシャドの顔。身体が土にまみれていたがどうやら大事はないようだった。
「やれやれ騒がしいのお」
その後ろから矍鑠とした調子でヒョウが顔を出す。更にその後ろからヴァーユまで出てきた。
「あれ!? ヴァーユ様、脱出されていなかったのですか!?」
「あー、えっと、ミナギがいなくなったんだよ。見つけたら出ようと思ってて」
シエルは目の前の情報を処理しきれず、目をぱちぱちとさせる。そんなシエルにシャドは言った。
「なんだあ? ひょっとして俺達の安否が心配ですっ飛んできたのか」
「え、ええ、そんなところです」
「お生憎様だな。見ての通りピンピンしてるぜ」
「よく言うな。さっきはだいぶ焦っておったというに」
ぐ、とシャドは背後からの冷静な指摘に顔をしかめた。
「あれは……たまたまだよ」
ヒョウは長めのため息をついた。さすがのシャドも堪えているらしく、頭を振った。
「わーったよ! 失敗しました、強引に押し込めようとして的を下に向けてしまいましたあ!」
「やはり練度はまだ実用レベルには至っておらんようじゃな」
ヒョウは伸びた鬣をもしゃもしゃと掻き撫でた。シャドも今度ばかりは少しばかりか身を縮こまらせ小さく見えた。
「でも、シャドさんほど上達の早い方はワタクシ、初めて見ましたよ!」
メドウの幻影が頭の片隅にちらつくも、シエルはそう励ます。シャドは再び顔を上げ、元気を一瞬取り戻す。
「うむ、シエルの言う通り。初心者にしては見違える成長速度じゃったぞ。初心者にしては、な」
ぐう、とシャドは再び顔をしおれさせる。
「でも、あと三回あるんだろ? 練習の時は調子良ければ五割は的あてできたんだから、確率的には――」
ヴァーユが手帳を開いて練習時のシャドの記録を確認していた。
そんなやり取りをしていると、テントに別の作業員が入ってきてヒョウに声をかけた。先程まで一緒にトンネル内で電磁力の計測を行っていた担当者だった。
ごほん、とヒョウは咳払いをし、改めてシャド達の前に向き直った。
「シャドよ、もう時間がない。先の落盤で第三陣の弾丸も今は土の中らしい。あの巨人に撃つことができるのは、残すところあと二回」
「はあ!?」
「もっともその二回のうちの最後の一回は、リニアの整備もレールの換装工事もまだ続いているようだ。あてにできるのはあと一発ってところらしい」
「おいおいおい、ど、ど、どどどうすりゃいいんだ」
シャドの言う通りだ。最悪次の一発がラストチャンスだとして、確実に成功させるにはどうすればよいか。シャドのサーキットブレーカーが先の暴発を遂げたのは、もちろん飼い主であるシャドの熟練度の低さもある。だが、もうひとつに初めてこれほど大規模な作戦において力を発揮させられる境遇におかれた彼女の精神状態にも起因しているはずだ。
シャドの身体がその場で踊っている。もっともそれは喜楽による舞いではなく、焦燥による震えを抑えようとした結果生まれる奇抜な動きにほかならない。四本脚がカクカクと朧げなタップダンスを刻む。
「落ち着け」
フレーメン反応を呈するシャドの背中にヴァーユはしゃがみこんで手を添えた。気づけば、シエルも前脚にしがみついている。
「お前にそんなうろちょろされると、調子狂う」
「ヴァーユ様の仰る通りです。シャドさんは、どんな時でもワガママで傍若無人でいるべきです」
「いや、俺はそこまで言ってない」
「おい、ごるぁ、シエル!」
「ヴァーユ様、お助けを!」
ヴァーユを宇宙の物理的中心にしてその周りを惑星の如く周回するシエルとシャド。打開策を考えていたヒョウの瞳にその光景が映り込む。
「む、なるほど!」
掌にもう片方の握りこぶしを乗せ、ヒョウは叫んだ。
シエルを揉みくちゃにしていたシャドと揉みくちゃにされていたシエル、それを静観していたヴァーユが一斉に目を向けた。




