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時をなくした彼女と森で  作者: ワタリドリ(wataridley)
第九章 デザートパラダイス
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第107話 ワダツミ作戦:決行直前②

「どうかお気をつけて」


 シエルは恭しくお辞儀をする。その先には避難用のレーンに並ぶミナギとヴァーユがいた。


「はいはい、気をつけますよ」


 ミナギがつまらなそうにそう返す。シエルは駆け寄り、顔を寄せる。声を落としてくれぐれもといった様子で告げた。


「避難先にすぐに迎えの人が来るはずです。無事に送り届けますから、きちんと指示に従ってくださいね」


「はいはい」


 それでもミナギの調子は変わらない。委員さん、と呼びかける声がしてシエルは口惜しそうにそちらの方へ戻っていった。


 ミナギ達が来た時に通った出入り口からは、あの時と同じく大きな海がよく見えた。その海岸沿いでは、作業服を着た大勢の職員や有志達がせっせと物を運んでいた。ありったけのチューブを繋げて海の水を組み上げて、少し離れたところに位置している濾過設備まで運ぶ手はずになっているのだ。そこで濾過した水を容器へ入れ替え、リニアの車内に積み込む。そしてそれを弾丸として打ち出すというのが、本作戦の流れである。これらの計画要綱は説明されずともミナギ達も承知している。なぜなら計画要綱(仮)の考案にシエルと共に関わっていたのだから。


 それなのに、である。


「それなのに、作戦そのものに関われないってのはどういうこと!」


 ミナギはレーンで待機している間、しきりにそういう不満を述べた。


「ヴァーユもそう思うよね?」


「まあ、俺達は部外者だから」


「部外者じゃあないでしょー、作戦考えたし」


「そうじゃなくて、この世界からすればよそ者だろ、俺達。シエルだって危険に巻き込みたくないんだ、きっと」


「それはそうだけど、うーん、でも……」


 ミナギは唇を噛んだ。バスに乗り込むための列が動き出した。ヴァーユも自ずとその流れに乗り、バスの乗降口前へとたどり着く。いざ乗り込もうとした時になって、後ろにあるべき人影が感じられない。


「おい、ミナギ?」


 振り返ると、列からはぐれたところにミナギは立っていた。


「ごめん、ヴァーユ! やっぱり私は何もできないでここを離れるのは無理!」


「はあ!?」


 ヴァーユは驚く。しかしバスへと乗り込むための流れに逆らえず、みるみる足取りは入り口へ向かていく。


「向こうについたら待ってて! この作戦が終わったら私も向かうから!」


 大声でそう言い、手を振った。そして踵を返し、ミナギはあてどなく走り出した。駐車場を出て、非常時とあって機能していない改札を跨ぎ、園内へ再び入ろうとしたところだった。


「同感だ」


 振り向くと、壁にもたれかかり、顔をジャージの襟に顔をうずめたクルムがこちらを見ていた。


「こんな大事な場面でじっとしてるのはゴメンだ」


「手を貸してくれるの?」


 ミナギが問うと、クルムはうなずいた。


「ま、他の奴らじゃ協力してくれないからな。一応、謹慎処分中の身だから」


「えーと、つまりフィフティ・フィフティってわけだ」


「それを言うならウィン・ウィンじゃないか?」


 思わぬ横槍にミナギははっと息を止めた。その声の主は、さっき見送ったばかりで今はここにいるべきでない少年、ヴァーユだったのだ。


「ちょっと、なんでバスに乗らなかったの!」


「それはこっちのセリフでもあるだろ。お互い様」


 ぐうの音も出ないとはよく言ったものだが、ミナギはぐうと唸った。それから仕切り直すように、手を叩いた。


「ま、まあ、今はそれこそフィフティ・フィフティってことで! それでクルム、私達に何ができる?」


「そうだな……まずはさっき話してたワダツミ作戦の要綱とやらを教えてくれ」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「シエル委員、そちらの状況はいかが?」


「海岸沿いの汲み上げ装置の設置は完了しました。今から給水を行いますので、ご確認お願いします」


「了解」


 通話を切ってから、ケルンは大きな円筒状の装置に向き直った。整備班によれば動作は問題なく、給水さえ行われれば順次濾過が行われるという。だが、そうした安堵ばかりが今のケルンの胸中を占めているわけではなかった。


 ケルンの神妙な面持ちを不思議に思いアストは尋ねた。


「主任、どうされました?」


「ん? ああ……まさかメドウくんが届けてくれたパーツが彼自身を助ける鍵になるなんてと思って」


「そう言われてみればそうですねえ。そもそも汚染水を浄化する目的で開発したのに、最初の仕事が人命救助というのも奇遇としかいいようがありませんね」


「まったくね」


 ケルンはそれから息をすうっと吐いて、再び電話をかけた。


「線路工事の進捗はどう?」


「四割方は換装完了しました。残り時間で予定していた距離は厳しそうですが」


「そう、わかった。できる限りで構わない。あくまで班員の安全を優先で、退避時間は厳守してね」


「最善を尽くします――あっ」


「ちょいと失敬! ケルン聞こえてる? こちらライカ」


 いきなりの大声にケルンは電話から耳を話す。スピーカー機能を使わずともあたりに響くほどだ。


「十分聞こえてる」


「掘削作業の方は線路より先行して進められてる。予定時間には余裕で間に合いそう」


 ライカらモグラ隊は今は地下鉄の天井部を削る役を担当している。リニアを地上へ射出する際の障壁である地上への層を薄くし、最大到達速度で攻撃を当てるための重要な作業だが、幸いにも最も円滑に進んでいるようだ。


「わかった」


「終わったらどうすればいい? 更に掘削範囲を延伸するか、既に措置を程化した箇所を更に削るか」


「いや、計算上それ以上は落盤の可能性がある。それに既に必要十分な威力は確保できているはずだから、線路工事の方にそのまま合流をお願い」


「りょうか――うおっ!」


「どうかした?」


「いや、揺れがきてさ。作業道具が倒れた」


 ケルンはそれを聞き咄嗟に窓の外を見た。だが、濾過施設のその階層からでは、デザートパラダイスの外壁に囲まれ、外を望むことはできない。アストに頼み、濾過施設の屋上へ上がる。目の前の作業と指示に意識を取られていたが、改めてその脅威を目にして、ケルンとアストは二人して顔がこわばった。


 前回見た時よりもそのシルエットは更に大きさを増して、こちらへ近づいていた。その足元には散らかった玩具のように中継施設の破片が転がっていた。

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