第106話 ワダツミ作戦:決行直前①
『以上の作戦を決行するためなるべく多くの人手が必要です。脱出用のシャトルは十分に確保しておりますので、どうか手を貸してください』
施設内のアナウンスが響き渡る。避難誘導の時以上に読み上げる声に熱がこもっているように聞こえるのは気のせいだろうか。
しかし、事情を知っても危機感に駆り立てられた客達は出入り口まで伸びる列の最後尾に小走りで加わり、施設を出たところで列は更に散り散りとなって各々の車やバスへと飲み込まれていく。
「どうかご協力をお願いします! 安全は保証します! どうか、どうか――」
職員たちが呼びかけても、雑踏の波の勢いはさほど変化を見せなかった。荷物を抱えて険しい顔をした者達はなにも自分勝手なわけではない。遠方に見える異形の怪物が迫る中、ここにいてはいけないという本能に逆らえずにいるだけなのだ。小さい子供を連れた者ならなおのこと危機感は使命感となって彼らの足を出口へと向けさせる。
成果が出ずに肩を落とす呼びかけ係にケルンは声をかけた。
「あなたが気にすることはないよ。ここは私に任せて、代わりに向こうを見てくれると助かる」
目をうるませた彼は言われるがまま走り去った。
ケルンは車椅子を反対方向へ振り向かせると、そこには見知った顔があった。
さっきの会議で作戦に難色を示していた班の職員数名が列に加わっていた。目が合うと、気まずそうに会釈を返した。
「すみません、主任……でも私達、故郷にパートナーや子どもたちを置いてきているんです。もし自分の身に何かあったら……」
懸命に弁明しようとする職員にケルンは首を横にふるった。
「その先を言う必要はないよ。私だって無茶なことを頼んでいるのはわかっているから。今はあなたにとって大切なことを優先して」
ケルンの言葉に職員は俯き、音にならない声で侘びて力なく列へと戻っていった。
「アスト、地下トンネルの進捗状況はどう?」
「想定の進捗率を半分は割ってますね。圧倒的な人手不足です。施設内の作業員をかき集めましたが、このままでは作戦で使用するリニア台数を射出するのに必要な距離を施工しきれそうにありません。大幅に弾の数を減らすことになるでしょうね。いや、それすらも間に合うかどうか……」
「そう、わかった」
「主任?」
アストの元を離れてケルンは自ら車輪を回して列の近くへと寄っていった。そうして、周囲の呼びかけ係と同じようにケルンは施設内に残っている者達に呼びかけ始めた。
「主任自らそんなことしなくても!」
止めに入ろうとしたアストをケルンは掌で制した。
「次の作戦指揮の時間までやらせて。せめて出来得る限りのことはしておきたいの。休んでいる暇が惜しい」
そして間髪入れずにケルンは再び大声を上げた。
その光景を遠くから見ている一団があった。園内の余分な物を廃棄するため施設内を奔走していた遊園地のスタッフ達だった。
「協力してくれって言われても、こっちは運ぶものが多いから逃げるだけで精一杯だよなあ」
ひとりが言い、もうひとりが応じた。
「他のテナント店と違ってこっちは設備そのものが商売道具だからな。手を貸しても作戦とやらがうまくいかなきゃデザートパラダースごと共倒れだよ」
「おい! 口を動かしてないで手を動かせ。おたおたしてたらお前らの職場もなくなってしまうんだぞ」
そこに強い剣幕で割って入ってきたのはかの園長だった。今日も今日とて、もふもふの毛をカラーチョークで染め上げ、ばっちりピエロのメイクも施していた。唐突な非常事態宣言とあってメイクを落とす暇もなく、各所に状況を確認しに奔走していたのだ。
すみませーん、と二人して平謝りして園長の後ろで再び荷台を押し始めた。
「聞きました? なんかここ助けるために人手集めてるらしいっすよ」
「なんだって?」
「いや、俺もよくわかんないですけど、あの巨人に電車をぶつけて倒すとかなんとか。まあみんな聞いてむしろ帰りたがってる人も出たみたいですけど」
「ますますわからん。提案したやつも承認したやつもどうかしてる」
「それが一部の酔狂な奴らだけじゃなく、ここの主任直々で指揮を取ってるんですよ」
園長はそれを聞くと、さっきまでいた広場を振り返った。すると確かに見覚えのある車椅子がそこで走り回っていた。
「あれえ? でも今見たらぼちぼち名乗りをあげてますね」
スタッフの若者の言う通り、最高責任者自らの必死の呼びかけに心動かされたのか、出入り口に向かっていた列のベクトルがやや弱まっているように見えた。ちらちら列を離れる者も出ていた。
それを見て園長はふん、と鼻を鳴らした。
「でも、良かったっす。園長は乗り気じゃないみたいで」
「ここで先代から受け継いだ遊園地を守るのが優先ですよね」
背中で二人の言うことを受けた園長はそのまま振り返らず「不要物を破棄したらさっさとここを出るぞ」とだけ告げた。




