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時をなくした彼女と森で  作者: ワタリドリ(wataridley)
第九章 デザートパラダイス
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第100話 破局

 バレルは作戦指示通りに動いた。遠目からでも即座に異状と判断される規模の砂嵐を巻きながら、北に位置する博物館の建設予定地へと歩を進めた。


 案の定、警備の目に留まり、傍受した無線機から甲斐甲斐しい連絡が聞こえてきた。


『デザートパラダイス施設本部から十二時の方向にサンドウィッチマンによるものと思われる砂嵐を確認。ただちに本体を特定し、拘束せよ』


 それから程なくして警備隊車両の列が、砂漠を闊歩するバレルの元へと駆けつけてきた。


 むろん、いくら大群に囲まれようと、通常の装備程度では、この吹き荒れる砂塵に対する有効打たり得ない。銃弾の雨もものともせず、拡声器から発せられた警告は嵐にかき消されるとあって、たちまち警備員達は戦意を喪失していった。ついには、立ち向かおうとしていた車両の列は崩れ、砂嵐を取り囲みながらおそるおそるその行方を追う陣形へと変わっていた。


『我々だけでは太刀打ちできん! 駐在の管理委員へ、応援を要請する! 繰り返す、速やかに応援を要請する!』


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 その応援要請がやかましく響いたちょうどその頃、ダガーは護送車へと接近していた。


 フロントガラスは一般車と同様に透けているため運転席と助手席の様子が見通せるが、後方座席は黒いガラスで遮られていて乗車している者の存在を視認できない。だが、この僻地にまで出動している時点で乗っているのがヨークなのは疑いようがなかった。何よりも、遠方から偵察していた部下によって、デザートパラダイスの屋外駐車場に停まっていた護送車にヨークが乗り込むところを目撃されている。車両はそのまま駐車場を出て、デザートパラダイスの入出場ゲートを通過後、トンネルを抜けて、砂漠を貫く舗装道路へと乗った。


 今の時期はここから北に位置する都で近々開催されるカーニバルの影響からか、東方面へと向かう車はほとんどなく、護送車は独走状態だった。ダガーはそこに付け入る形で、道路上にスパイクストリップを設置していたのだ。


 車両は難なく罠にかかった。バーストの勢いによって車は道路を外れ、砂漠の砂へと放り出された。


 車内から出てきた治安維持局の者達は突然の足止めに一様に苛立った様子だったが、ダガーの身なりを見るなり、状況を察したらしく仲間内で嘲笑する構えに変わった。


「おいおい、まじかよ。本当に現れやがった」


 一人がそう言うと、他の者達も半笑いになりながら、こちらを指差していたが、ダガーは構わず近づいた。


「お前ら、手を出すなよ。ブルータルズのクズ一匹、俺一人で十分だ」


 先頭に立っていた者が威勢よく宣った。だが、背後に居た仲間からの応答がない。それどころか息遣いさえも聞こえない。


 振り返ると、仲間達は悲鳴すら上げず、砂地に倒れ込んでいるではないか。状況を理解できぬまま、その者も直後に気を失った。


 倒れていた者達の首筋に到達し、殴打を終えた紙は、帰巣本能に従うように地中を経由して主の元へと戻っていく。


「造作ないな」


 ダガーは伸びている治安維持局の連中に目もくれず、護送車後方のドアをこじ開けた。


 ーーは?


 ここまで終始落ち着き払っていたダガーが、中の様子を見て初めて狼狽した。


 中に誰も乗っていなかったのだ。代わりに、あの厄介な綿毛の群れが車内から放出されてきた。


 ――しまった。


 作戦の破綻を直感すると同時に、ダガーは翼を生成し、その場から飛び去った。


 護送車が豆粒ほど小さく見えるようになったところで、護送車の近くの地面がせり上がって以前見た地底戦車が姿を現した。ライカという管理委員がハッチから出てきて、こちらをはっきりと視認している様子だった。


 続いて、地上の建物がきらりと光ったかと思えば、ダガーに向かって弾が飛んでくる。間一髪の所で避け、ダガーは飛翔の速度を上げた。


 見れば、ライカがこちらを双眼鏡で捉えつつ、端末で待ち伏せていた警備員に狙撃の指示を出しているようだった。


 ダガーは先に放出された大量の綿毛の一部が自らの身体にこびりついていることに気づく。居場所を察知できる偵察用マテリアロイドの厄介さに再び苦しめられることになるとは、ここにきて考えてもいなかった。あの老ウサギの顔が今一度憎たらしく脳裏に浮かぶ。


 見えている分の綿毛は振り払ったが、全てを落とせた保証はどこにもない。


 このまま遠くまで逃げ、落ち着ける場所で全身を洗うしかないだろう。


「おい、バレル。作戦は中止だ。今すぐそこから逃げるんだ。こちらの目論見が漏れていたらしい」


 無線越しにバレルに呼びかける。しかし、応答がない。


「聞こえているのか! バレル!」


 ダガーは舌打ちした。そもそも連絡用無線の電源を切っているらしい。


 ――なぜそんなことを?


 不可解に思えるバレルの行動に、ダガーはこめかみを痛めた。


 自分の方はライカが担当している。ということは、このまま行けばバレルの方はあのメドウが向かうはずだ。既に向かっているかもしれない。このまま行けば、確実に詰みだ。


 時間的に見て、バレルは既に自分がヨークの救出に成功していると思っていてもおかしくはないだろうが、作戦上はこちらからの連絡を以て逃走開始の合図なのだ。その連絡を待たずして逃走しているとは考えにくい。


 そこまで考え及んだところで、ダガーはある推測が浮かんだ。


「まさか、あいつ」


 逃げ去ろうとしていたダガーだったが、直感的に飛行先をバレルのいる方へと変更した。


 いずれにせよ、北側で騒ぎを起こす以上、メドウが向こうに派遣される可能性はかねてから想定してはいた。


 作戦を話し合っている時、その想定に対するバレルの反応が蘇る。前回の交戦である程度は持ちこたえられたのだから、今回も持ちこたえられると息巻いていた。それどころか、「勝てる可能性だってゼロじゃねえ。策だって考えてあるんだ」とすら恨みがましく口にしていた。


「今回の目的はあくまでヨーク救出が最優先事項だ」というダガーの言葉に押し込められてはいたが、その時の様子が今になって妙な感触を持って思い起こされるのだ。


 本当にあいつなりの策を持っていたとしたら? そして、今回の作戦が想定通りに運んでいたら? ヨークと一緒にいる自分から「逃げてくれ」という指示を果たしてあいつは受け入れるか?


 否。受け入れないだろう。


「全く……本当に、世話のかかる奴だ。格好つけたがりめ」


 ダガーは翼を大きく振るった。

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