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助走を忘れた人達


絵美子は後悔した。


判っていた事ではないか。

旦那は馬鹿だと。


40にもなって、ろくに働きもせず、働こうともしないそんな旦那が突然「仕事する」と言った時、 とりあえず止めるべきだったのだ。


しかし淡い期待がその判断を遅らせた。


ドアに貼られた


~いたこ始めました~


うん、止めるべきだったのだ。


馬鹿なんだから。今、私の目の前にいる紋付き袴を着てるこの男は。


なんで、いたこで紋付き袴なんだ。


「うーむ、今日はここ最近では絶好の降臨日和だわぃ 。」


何言ってんだ。 いたこ始めたの昨日じゃないか。


馬鹿がなにかをこじらすと色々とやっかいなので 早い所止めさせたいのだが、そうにもいかない。


客が来ているからだ。


見た感じ50代の身なりもしっかりした初老の男性 だった。


不思議でならなかった。 よほど切羽詰まった事情でもあるのだろうか。


絵美子はそんな客の顔をまじまじ見ながら茶を出 した。


旦那が精一杯の貫禄を装った声で聞いた。


「して、今日は誰を呼んで欲しいのですかな?」


絵美子は悪い予感がした。


もし、この男性が最愛の誰かをお願いした時、このインチキいたこはどうするつもりなのだろうか 。


場合によっては激昂される可能性がある。うん、 多いにある。


その時、男性が目頭を押さえながらもはっきりとした口調で答えた。


「マイケル・ジャクソンをお願いいたします。」


馬鹿だ。 なんだ、こいつも馬鹿だ。


絵美子は心の中で沸き上がっている様々な感情をとりあえずため息1つで解消した。


「わかりました。」


どうやら、この馬鹿はやるらしい。 ほほう、あんたマイケル・ジャクソン詳しかったっけ?それどころか英語出来たっけ?外人さんだよ 。


「…………ポウッ!」


やっちまったよ、この馬鹿は。


「…………アオッ!」


もう止めてくれ。 ね、二人で謝ろう。


出来ません、いたこなんて嘘っぱちなんですって 、今すぐ謝ろう。


「マイケル!」


客という名の馬鹿が叫んだ。


「おぉ、マイケルだ。マイケルなんですよね?」


あ、そうかこっちも馬鹿なんだ。 じゃあいいのか?とも思ったが、やはり良心が痛む。


それにもうマイケルのデータは無いと思うし。


その証拠に次のマイケルワードが出てこない。


ほら、見てるよ。次あんたが何を言うのかって。


「…………………………ク、クピプ」


はい、終了。


もうマイケルでもねぇし。


わかったでしょ、いたこなんてやるもんじゃないのよ。


とりあえず、お客さんには帰ってもらおうね。


私はこの後パチ屋で遅番のバイトだ。


今日は何かの新台二日目だったかな?



あ、家出る時にいたこ云々の貼り紙は破り捨てておかないと。


絵美子が立ち上がろうとした時、旦那が物凄い勢 いで立ち上がった。


「ワールドツアーに出るポウ!」


完全に時が止まった。


絵美子はもうかける言葉が見つからない。


「さすが!マイケル!私もお供しますよ!」


「サンキュー!じゃ行くポウ!」


「はい!」


そして二人は飛び出して行った。


うろ覚えの「バッド・メディシン」を歌いながら。


ちなみにその曲マイケルじゃないよ。


ボンジョビだよ。


そして二人がワールドツアーだと言って家を飛び出して2年。


買い替えたばかりの扇風機を回そうとしたそんな時。


二人は帰ってきた。


いや、正確には五人に増えて。




扇風機の風が風鈴を鳴らした。


続く



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