パラレルラジオ
並行世界のみなさま、こんばんは。今週もパラレルラジオの時間がやってまいりました。この放送は世界の分岐により発生し、それぞれに並行して存在することになった各並行世界のラジオ放送局から、同時生放送でお送りいたします。えー、先週はミュージシャンの丸い三角さんによる特別放送だったから、二週間ぶりだな。なんか作家の岩井によれば先週の放送はなかなか好評だったらしいじゃないの。ひょっとしたらこの時間帯も取られるじゃねーの。こっちもしっかりしないとな。
そんな内部都合はさておいて、先週と先々週に起きた出来事についてなんかトークでもしようか。並行世界ごとにニュースの内容とか、発生時刻が変わったりするからあんまり話すことがないんからさ、とりあえず、俺が今いる世界線での出来事でも話そうか。お前らが興味あるかどうかは知らないけど。おっと、興味ないからと言って、他の並行世界のみんなはチャンネルは変えないでおいてくれよ。聴取率に敏感になってるからさ。
まあでも、別に芸能ニュースとかについて話すわけでもないんだよな。他の人から見ればどうでもいい、めちゃくちゃ個人的なニュースについてだし。ニュースの内容を簡単に説明するなら、ずっと惚れていた女性がつい先週に別の男と入籍したってことなんだ。なんでか知らないけど、こんな下品なラジオにも女性リスナーがいるからさ、ちょっと恋話でもしてみようかな。
学校で習ったように、並行世界がたくさんあると言ってもそれぞれの世界が全く異なる世界になるってわけじゃない。エントなんちゃらの逆作用とかいうやつだっけ。覚えてないけど。だけど、分岐自体は絶えずに発生しているわけだから、それぞれの並行世界ではやっぱりどこか違っている。俺は仕事柄別の並行世界の事情について知ることが多くてさ、それぞれの並行世界にいる俺のことについて、もちろん全部じゃないけどさ、ある程度知ってるわけ。で、俺が知ってる九割の並行世界ではその子は別の男と結ばれて、残り一割の並行世界では俺がその子と結ばれているわけ。で、俺は自分のいる並行世界は一割のほうだろうと勝手に思っていたけど、結局九割のほうだったわけ。おい、岩井。ここは笑うところじゃねえぞ。
不思議なもんだなって、思うよ。本当に。色んな並行世界があって、それぞれの世界での俺は別々の人生を送ってる。大体は俺と同じようになかなか売れないラジオDJなんだけど、小学校の教師になってる俺もいれば、トラックの運転手として働いている俺もいる。高校卒業後にフリーターで何年かふらふらした後で、改めて大学受験を受けて、三十過ぎて学生をやってる俺もいる。だけどな、十通りの並行世界で、十通りの人生を送ってるのにさ、俺が知ってるすべての並行世界の人生で、俺はその子に出会って、そして好きになってるんだ。色んな人生を送っていればもっといい女性とも出会ってるのに、馬鹿みたいだよな。まあ、好きになったのが中学生の時で、本当にまだ馬鹿だった時だから仕方のないことなんだけどさ。
中学の二年生の時だったっけな。文化祭かなにかの出し物で演劇みたいなことをやることになってさ、小道具作りに駆り出されてたんだよ。他の連中は部活動の方の出し物の準備で忙しくてさ、帰宅部の俺とか、その子に面倒な作業が押し付けられたってわけ。で、小道具作りとはいっても、基本的には美術部がデザインとかそういうものは作ってくれてたからさ、俺たちがやるのは色塗りとかそういう単純作業なわけ。もちろん退屈で退屈でしかたなかったからさ、今まであんまり話したことないその子とだらだらと会話をしながら作業をしてたんだ。でさ、その時初めて、その子と音楽の趣味嗜好が全く同じだってことを知ったわけさ。そんときの俺は大学生の兄貴の影響で北欧メタルばっかり聴いててさ、Jpopとかイギリスのロックバンドの曲ばっかり聞いてるやつらとは全然話が合わなかったんだよな。今の時代の子は知らないかな。HIMとか、トリスタニアとか。ミキサーの川村さんは世代が一緒だから知ってんじゃない。お、そうそう。『The Funeral Of Hearts』ね。川村さんの口からその歌が偶然出てきて、びっくりしたんだけどさ、俺とその子の会話が弾んだのもその曲がきっかけなんだよな。俺が聴いたことないって言ったから、その子が俺にCDを貸してくれたんだ。俺にとっては思い出の曲だよ。
準備中に色んな音楽の話とかして、音楽のCDを貸し合ったりして。俺はさ、その時まで音楽についてこんなに話が合う子がいなくてさ、感動しちゃったの。だから、もう俺はその時点でコロリよ。この並行世界の俺はそれだけでその子を好きになっちゃったわけ。単純だろ? その時にすでにその子には二個上の彼氏がいたってことも知らずにさ。
でさ、ここも面白いんだけど、この並行世界にいる俺はこれがきっかけでその子を好きになったんだが、他の並行世界の俺はまた別のきっかけで好きになったりしてるわけ。文化祭の準備で仲良くなったっていうのはみんな一緒なんだけどさ。その後に一緒にライブに行ったことがきっかけだったり、妹とか弟の面倒見がいい所を偶然知ったってことがきっかけだったり、そういえば彼氏と別れるかどうかの相談を受けているときに好きになったって並行世界もあったな、確か。ちなみに結婚相手は、その子が当時付き合ってた彼氏なんだよ。高校で一回別れて、二十代前半で再会して、そっからまた付き合いだしてゴールイン。一回会ったことあるけど、まあ、いいやつだよ。もちろん俺には負けるけど。
結局この並行世界では、その子と俺は結ばれない運命にあったけど、それはもう仕方ないとは思ってるよ。一割の可能性でその子と結ばれるかもっていうのを知ってたから少々くるものはあるけどさ、本当に大事なことは、俺がその子の横にいるってことじゃなくて、その子が笑っていられるってことだろ。誰かを好きになるってそういうことなんじゃないの? 結局、失恋という形にはなったけど、おっぱいとかおちんちんとか抜きに誰かのことを好きになるっていうのは良いもんだぜ。短い人生の中でさ、自分の幸せだけじゃなくて、自分以外の人間の幸せで心の底から嬉しい気持ちになれるんだ。こんなにお得なものはない。とりあえず、俺を含めた、このラジオを聴いてる九割の並行世界の俺はどんまいだ。きっともっと良い出会いがあるさ。で、残りの一割の俺、運が良かったな、おめでとう。だけど、その子を泣かすなよ。そんなことをしたら残りの並行世界の俺たちが黙っちゃいないからな。
ちょっと喋り過ぎちゃったかな。これで一応、俺の話はお終い。いつものお下品ラジオに戻ろうか。ここで一曲流して、CMを挟んだらいつものネタコーナーだ。言っておくけど、変に空気を読んで、感傷的なメールを送ってくるんじゃないぞ。いつもみたいに、しょうもない下ネタメールを待ってるぜ。
じゃ、曲の紹介をと……おいおい、まじかよ、川村さん。仕事が早いな。ていうか、からかってんだろ、お前ら。はいはいわかったわかった。紹介すればいいんだろ、紹介すれば。正直、こんなもんは公開処刑に近いけど、聞いてくれ。なんていうんだ。俺とその子の思い出の曲だ。俺の失恋を慰めるというよりは、その子の結婚をお祝いして。HIMで『The Funeral Of Hearts』。