42 私のもの
……ようやく…ようやくだ
私が最も欲していたものが手に入る
私が欲したものは[天]への返り咲きでも[虫]どもの絶望の顔を見ることでもない
私が欲したものはたった一人の[人間]だ
滑稽な話だろう…[人]を[虫]呼ばわりしているやつが[人]を欲しがっているのだ
気色が悪い害虫
存在自体が目障りでしかない劣等種
生きているだけで不快感を煽る下等生物
その様に見下していた私が[天]への返り咲きよりもたった一人の[人]を欲した
ここまで欲求が溢れ出たのは初めてのことであり戸惑いはしたが…彼を手に入れたいという強い気持ちが勝った
私は彼が欲しかった…
私の全てを投げ打ってでも彼が欲しかった…
どうすれば私のものになるのだろう…
どうすれば彼の全てを独占できるのだろう…
その思いが私の中の全てを支配した
まるで誰かに操られているかの様だったが、私は異常な程に彼に執着をしていた
彼は私のものだ
誰にも渡さない…私のものだ
その視線
その声
その肉体
その体の血の一滴全てがが私のものだ
その血だらけな姿も…地に転がる塵の様な姿でも全てが愛おしい
ようやく手に入る…彼の全てが私のものになる
私は今…猛烈に涙が出るほどに感動していた
「そこまでだよ」
何だ…何だお前は
私の邪魔をするな
彼の前に…彼を守る様に現れたのは黒い猫だ
まただ…またこいつが私の邪魔をしに来た
目障りで鬱陶しい…
『どけ…私の前から消え失せろ』
「断る」
『彼は私のものだ
誰にも渡さない』
「彼は誰のものでもない
彼は彼であり一人の人間だ」
『違う!私のものだ!そこをどけ!』
「どかない
僕は君から彼を守るために来たんだ」
『私の邪魔をするな
私がどれだけ彼に尽くしてきたと思っているんだ
彼の為ならなんだってした
全ては彼を手に入れる為だ
手元に置いておく為だ
私から彼を奪うな
私以外のものになるなんて絶対に許さない
そこをどけ
貴様とて邪魔をするなら容赦はしない』
「ふざけるな
君のやってきたこと全てが彼の為だと言うのか
彼がどれだけ苦しんだかわかるか
大切なものを失い続けた彼が何を思ってここまで生きてきたのか想像できるのか
君のやってきたこと全ては彼を苦しめるだけでしかなかった
それのどこが彼のためにやったことだって言うんだ」
こいつは一体何を言っている…
私が彼にやってきたことは全て彼のためだ
彼と関わりのある奴は全て消してきた
家族も友人も恋人も恩人も道化師も全て消した
他者との繋がりなんて煩わしいものは無い
繋がりがあるから苦しむのだ
何故それがわからない
何故理解できない
他者との繋がりがあるから彼は苦しみ続けていたのだ
それなら現況を排除するのは当然のことだろう
彼には私がいればいい
私は彼がいれば他は何もいらない
彼に纏わりつく不純物を取り除いて何が悪い
私は一つも間違ったことをしていない
間違っているのはいつだってお前たちだ
『……貴様に何がわかる
…貴様に彼の何がわかる
知った様な口で物事を…彼のことを語るな
彼を苦しめてきたのは全て近しいものたちだ
彼に全てを押し付けたのはいつだって身内の者どもだ
纏わりつく虫を排除して何が悪い
無駄なモノを消して何が悪い』
「悪いに決まっているだろう
君のやったことは彼のためでは無い
全ては君の自己満足だ」
欲しかったモノが
最も欲したモノが手が届く距離にあるのに届かない
全てはこの黒い猫のせいだ
コイツが彼を守る様に前に立ち邪魔をする
いつだってそうだった
私のことをいつもコイツが邪魔をした
お前は…お前らはいつも私の邪魔ばかりする
あの時だって…あの時だって…あの時だってあの時だってあの時だってあの時だってあの時だってあの時だってあの時だってあの時だってあの時だってあの時だってあの時だってあの時だってあの時だってあの時だってあの時だってあの時だってあの時だってあの時だってあの時だってあの時だってあの時だって…
影の形に添うように離れない
虫の様に纏わりつく
不快…
不興…
不愉快…
鬱陶しい…
厭わしい…
忌々しい…
憎々しい…
煩わしい…
目障りなカスどもが
お前らの存在自体がどうしようもなく嫌悪感を抱く
お前ら如きが私の邪魔をするな…
何も成せなかったお前らが私の前に立つ資格などない
ただ存在しているだけの奴らが私と対等に話すな
お前らを見るだけで虫唾が走る
邪魔をするな
私の視界に入るな
私の前に現れるな
消えろ
頼むから消えてくれ
お前らの存在も…何も何もが目障りだ
私はお前らが嫌いだ
彼以外の全てが嫌だ
彼が欲しい
彼がいればいい
彼さえいれば他は何もいらない
彼を独占したい
彼を手元に置いておきたい
彼の全ては私のものだ
だから私の前から消え失せろ
『お前にはそう見えるか…
私のやってきたことが私の自己満足だと』
「(…何だ?)
何も間違っていないだろう
君のやってきたことは彼を苦しめるだけだった
それは今も変わらない」
『……そうか、もういい』
よくわかった
やはりお前とは合わない…
所詮…お前は数あるうちの一つに過ぎない
お前の彼に対する想いは[虫]どもと大差ない
だからお前らは駄目なのだ
だからお前らはその程度にしかなり得ない
圧倒的に足りない
やはりお前では役不足だった
『〈制限全解除〉』
「…何をするつもりだ」
『…邪魔なモノを取っ払っただけだ』
「本当にそれだけかい?
国でも滅ぼす準備をしているように見えるけどね」
『…近からず遠からずだ
今の私は憑座に〈憑依〉しているだけで肉体の主導権は貴族にある』
(…やはり霊体となって〈憑依〉していたのか
それにしては…違和感がなさすぎる
同じ肉体に別の魂があれば魔力がブレるはずだ
全く違う魔力と魂が混合すれば不具合を起こしてまともに動けなくなる
例えば魔法では〈水〉と〈風〉の属性の魔力を組み合わせて〈氷〉の魔法を作るのとは違い
〈火〉と〈水〉の魔力は混ざらないといった感じに魂にもその人によって魔力の性質が異なる
…なのに全く違う魂を一つの肉体に同居させているにも関わらず…この不自然さはあり得ない
例外があるとするなら…)
『この貴族の中には私を含め魂が複数存在している
私はその中に一時的に入っているに過ぎない
短時間であれば〈憑依〉特有の魔力の乱れを正すことなど何も難しくはない
そして肉体の主導権を完全に私にすることもな』
「…肉体の主導権?
………まさか君…」
『ふふふっ…言っただろう
彼さえいれば他は何もいらない
[国]も[虫]どもも…そして[お前]も…
〈魂の反転〉〈体変化〉』
霊体が〈憑依〉先の憑座となった者の肉体を奪う方法
そもそも霊体が〈憑依〉をしたところで憑座の肉体を完全に奪うことなど不可能
その肉体にその者の魂がある限り肉体の全ての主導権はこの世に生まれ落ちた時から固定されて変えられることはないがその者が多重人格である場合にはその限りではない
しかし外部から侵入してきた魂に置いてはその肉体を強奪する術はない……筈だった
[堕落天]が行ったのは〈魂の反転〉
文字通り魂の入れ替えだった
そして〈体変化〉も文字通り体を変化させる魂にも肉体にも生じる魔法
霊体が憑座の主導権を奪い、自分本来の体に変化することができる[堕落天]唯一の方法
黒い魔力が[堕落天]の体を覆った後
男爵令嬢の体は[堕落天]へと変化した
言葉では言い表せないくらいに美しい姿だった
銀髪の長髪、銀の睫毛、銀の瞳は光を照らせば宝石のように輝いた
正に美を最大限にまで体現した姿だった
思わず跪きそうになる程に神々しい
思わず見惚れる程に美しい
その姿を見るだけで涙が溢れ落ちる
〈魅了〉魔法を使わずともその姿を目にしただけで誰もが[堕落天]に魅了され首を垂れる
その姿を見ただけでこれ以上にないくらいの幸福感に満たされ、自ら命を絶つ者も出てくる
[堕落天]の姿が、瞳が、声が全ての今を生きる者たちをを魅了する
……一部例外を除いて
「……こんなところで本体になられたらどうしようもないじゃないか
……仕方がない
僕も腹を括るしかないようだ
…………〈体変化〉」
[堕落天]同様に黒猫の体を黒い魔力が覆い変化した
訳あって動物の体は変化していたがこれが黒猫の本来の姿
猫のような瞳、漆黒のドレスを見に纏う青い髪の黒い魔女
[堕落天]とは違う美しい美女だがその美しさは膨大な魔力量によって打ち消してた
「にゃ〜お」
『……本体になる程に私が脅威に感じるか』
「当然だろう
世界を滅ぼしかねない堕ちた天使を放っておくほど僕はバカじゃない
自分の役目くらい果たすつもりだよ」
『過去を顧みるにお前如きができるとは思えない」
「そんなことを言って…負けて泣いても許してあげないからね」
『やってみろ』
両者の膨大な魔力の放出に空が歪む
嵐のように風が吹き付け、学園の壁にヒビが入った
もう誰にも止めることのできない
[堕落天]と黒猫が変身した[魔女]と思われる美女が学園内で衝突した
[堕落天]vs………
「〈リセット〉」