41 讃美火
[堕落天]から見る生命は自分以外の全てが虫だった
[神]に追放され、羽を捥がれた地に堕ちた天使
人と同じ存在になっても[天使]だった美しさは変わらない
地に落ちてもなお、美しさだけは変わらなかった
[神]を憎み続けた人間
望んだものを手に入れることができず
天から堕ちた哀れな[天使]
[神]を憎み
[人]を憎み
中途半端な存在となった[己]を憎み
非情な運命を歩むことになった[運命]を憎み
堕ちた先の[世界]を憎んだ
人とは比べるまでもない
人とは圧倒的にかけ離れている上位の存在だったのが、地に堕ちたことで劣等種と見下していた者どもと同等になり、自らの命を絶つことも考えた
下等種であり列島種である[人]と同じ肉体という事実が[堕落天]にとって地に落ちたことよりも耐え難かった
[堕落天]は初めて絶望に打ちひしがれ、[堕落天]の中で失ってはいけない何かが壊れた
全く…迷惑な話だ
元天使が人に八つ当たりをするなんて誰が予想できるだろうか
[神]に堕とされたのは、[堕落天]の何かが至らなかったからだ
なぜわからない
なぜ理解しない
理由も無く[天使]を堕とすなんて、そんな事をするはずがないだろう
[堕落天]に何か問題があったから堕とされた
だがそれを本人に言ったところで自身の問題点を改善することもない
改善したところで戻れるかどうかわからない
尊かった存在が哀れに見える
…だからなんだって話だけどな
まるで癇癪起こして暴れる子供だが、相手がただの子供なら苦労しない
でも相手はあの[堕落天]だ
しかも体を乗っ取っているんだか何だか知らないが
中身は[堕落天]
でも外側はペトラ・ユーリシア男爵令嬢
非常にやり難い
…ってことを絶対にわかってやっているんだろうなぁ
本当に性格が悪い
……はぁ
とりあえず…〈鑑定〉・〈解析〉をしてみる
『〈鑑定〉・〈解析〉を妨害されました』
……だよな…知ってた
〈鑑定〉・〈解析〉の対策は実力がある奴ならばやっていて当然のことだし
そんな初心者のようなミスはしないか
そうなると魔法に頼らずに今ある情報だけで対処するしかない
〈傀儡〉…をしているわけではないし…〈憑依〉ともまた違う
〈傀儡〉を使っているなら動きが滑らかすぎる
〈憑依〉しているなら違和感がなさすぎる
他にも〈降神〉と言うものがあるが……[天使]でも[神]でもないやつができるとは思えない
…本当にどうなってんだ?
『〈火〉』
チッ…こいつ人が考えている時に鼻で笑いながら魔法を撃ってきやがった
しかも[時短詠唱]
詠唱を少なめにする事で魔法の発動時間を短縮する方法だが
ただ発動速度が速い代わりに威力が半減すると言ったデメリットがある
詠唱は長ければ長いほど威力が上がり、短ければ短いほど威力がお粗末なものになる…というのが世間の常識
……それがわかっていながら何で詠唱をした?
詠唱をすれば「今から攻撃しますよ」と教えているようなもの
時短詠唱をして魔法を発動をしたところで大きなダメージを受けるわけでもない
無詠唱をして魔法を発動できる奴がなぜそれをしないのか
嫌がらせには効果的…
クソが…それが目的か
『〈岩槍〉
〈雷矢〉
〈水銃〉』
「〈並列思考〉」
さほど難しくもない基本的な魔法の連射
絶え間なく魔法を放つことで考える時間を与えない
詠唱をした魔法の後に時間差で無詠唱の魔法を撃ってきているあたり、嫌がらせだけが目的でもない
しかもご丁寧に避けた方向にも撃ってきやがって
でもこの程度であれば〈並列思考〉を使って攻撃を避けつつ、周囲の状況の把握と魔法の解析をしても何も問題はない
止まって考える時間を与えないつもりなら
〈並列思考〉の妨害もしてくる筈
…ほらな
微弱ではあるが〈精神魔法〉を使ってくる
精神を徐々に蝕んでいく…そんな魔法
こっちが攻撃手段がないと判断したのか嫌がらせみたいに中途半端な魔法を使ってきやがって
攻めあぐねて避けるしかない俺は嘸かし滑稽に見えるだろう
もし逆の立場だったら憎むべき相手を好き放題魔法を撃てるとなると楽しくなってくる
本当に嫌な性格をしている
単純に攻撃をするだけならこんなに悩むこともない
畜生が…外見が男爵令嬢じゃなければこれでもかってくらいに魔法を放り込んでやるのに
何で同じ肉体で中と外が違うと二重人格なんじゃないかと思えてくる
……
……肉体が同じ…
………
物理的な攻撃はダメ
魔法攻撃も外傷を与えることになるからダメ
精神に直接ダメージを与える方法は[堕落天]に効果があるとは思えん…
………物は試しか
「〈浄化〉」
……効果無し
「〈聖なる光〉」
……コレも効果無し
……
うん…わかってた
〈浄化〉も〈聖なる光〉は邪気や[悪魔]を払うための魔法
純粋な心を持つ者には効かないし、[神聖魔法]を使える奴に[神聖魔法]を使ったところで効果はない
それで効果があったら鼻で笑ってしまう
毒蛇が自分の毒を喰らって死ぬのと同じだからだ
…ズキン
あれもダメ
これもダメなら何なら効果的なんだ
何が答えなのかわからない
正解に一向に辿り着かないもどかしさが苛立ちを覚える
…ズキンズキン
クソッ…思いつくことは全てやっているのに効果がないと凄く落ち込む
これだけのことをやってダメなら他に何をどうすればいいんだ?
…ズキンズキンズキン
チッ…魔法を行使し続けているせいか鼻血が出てくる
同時に段々と頭痛も酷くなって視界がぼやける
早々にケリをつけないとこっち身が持たない
『〈賛美火〉』
鼻血が地面に落ちるほどに流れ、目が充血していく姿を見て[堕落天]は笑った
限界が近づいてきていることを悟られたのか
今までの嫌がらせのような魔法とは明らかに威力が違う、
……コレはマズイな
〈讃美火〉
宝石のように美しい炎
その魔法はあたりの水分を含めるものを一瞬にして蒸発させた
窓ガラスを溶解させ、草木が灰燼へと化す
まるで灼熱地獄だった
しかしその炎の美しさに思わず立ち止まって見入ってしまう
その炎に見惚れてしまえば己の肉体に炎が燃え移り、焼かれ続けても炎から目を離すことができなくなる
これ以上…重複して魔法を使いたくないんだがな…仕方がない
「〈防御結界〉」
効果範囲を学園外、対象を人と建造物に絞り、鉄をも溶解する炎から守る
既に複数の魔法を持続し続けている状態で更に範囲と対象を指定する
これで防げたらよかった…
結界に小さなヒビが入り、それが徐々に広がっていく
〈防御結界〉を重ね掛けをしても新たなヒビが入る
壊れそうになれば治し、壊れそうになれば治し、壊れそうになれば治しの繰り返し
多数の魔法を同時に発動し続けることで
鼻から、口から、目から、耳から血が流れ落ちて手足が痙攣し始め、目の前の敵すら見えないほどに窮地に追い込まれていた
このまま前に倒れ込みたい…
脳を直接手で掴み引き摺り出して痛みを取り除きたい…
この結界を解き、全てを焼き焦がすのならば…
この苦しみから逃れられるのならば…
今この場で全てを終わらせるのもいい…
もう…全てがどうでもいい…
〈讃美火〉と同時に発動している〈精神干渉〉を受けているのは気づいていたが、特に抵抗することをしなかった
抵抗したところで何かが変わるわけでもない
そもそも〈精神干渉〉を受けたところで何も変わらない
俺の心はとっくの昔に壊れているのだから
何度も何度も自死を考えた
その度に涙が出た
首をナイフで切り裂こうとした
心臓を抉り出そうとした
脳に目掛けて魔法を放とうとした
…でもできなかった
意志が弱かった
覚悟がなかった
死ぬ気なんて最初からなかった
ならなぜ俺はこんなにも死にたがっているのか
なぜ死を考えるたびになぜこんなにも死にたがっているのかわからなかった
いつも思い出そうとすると頭に靄がかかっていた
死を自ら望む理由…それが何かわからない
死が近くにあっても思い出せなかった
だが…もうそれもどうでも良くなった
これで終われるのなら▫️…もどうでもいい
そして〈讃美火〉から守るための〈防御結界〉を新しく張るのをやめた
結界のヒビが広がっていき、後は焼き尽くされるのを待つだけだ……
……………ほんとうにそれでいいのか?
「……ん?」
その[堕落天]の言葉に違和感を覚え、視線を上げた……瞬間だった
「……にいさま」
それを見た時…魔法も…何も無いのにも関わらず完全に時が止まった
魔法以外で止まったのは初めての経験だった
なるほど…時が止まる感覚っていうのはこういうことか…
あぁ…本当に嫌なところをついてくる…
止まっていた隙をつかれ、[堕落天]の人差し指が眉間に触れた
それだけで意識が途切れ、糸が切れた人形のように力なく倒れた
「ケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラ!!!」
血だらけになって倒れている姿を見て[堕落天]は高らかに笑った




