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天色の倖  作者: 六日
第1章
2/14

見目だけの佐保姫

 

 ずる。ずるずる。ずる。

 てんで慣れやしない真っ青な長裾を引きずり歩みを進める。

 気を抜くと直ぐにでも自分の足で踏んでしまいそうなそれは、神子たる者にしか袖を通すことを許されない装束である。

 気を張り詰めて、しかし、優雅でなければならない。


「……はぁ、なんとお美しいのでしょうか。このようにお美しい方がこの世に御座すなんて……」


 前方で、こちらに見惚れでもしたらしい、恍惚とした表情でため息を吐く1人の女中が目に入った。


「なんたる無礼な……! 椿御前つばきごぜん、申し訳ございませぬ……! 何も知らぬ新人故、何卒ご容赦を……!」


 それをやや離れた位置で見咎めたらしい、別の女中が慌てて駆けつけ、その女中の頭を無理矢理下げさせ、それに飽き足らず2人して床にへばりつく。

 私は思わず視界を狭める。


「……良いのよ。気になさらないで。そう地べたに伏せられては、衣服が汚れてしまいますわ」


 私がそう口にして微笑むと、先輩女中に抑えられていた方の娘が、こちらを僅かに見上げて、また頬を染める。


 しかしながら、相反したようにもう片方は手をぶるぶると震えさせながら、もうこれ以上は低くならないだろうという位置にまで頭を下げてみせた。床にぴったりとくっついた顔は、隣と見比べなくても真っ青である。


 私はそれを一瞥すると、再度歩みを再開させる。


 ずる、ずるずる、ずる。

 この春片はるひらの国の象徴である真っ青の袴を引きずりながら、私は内心でのみ、盛大な溜め息を吐いた。


 おそらく、私が見えなくなるまでああしてへばりついているのだろう。

 そして、私が見えなくなってから、あの新入りらしい方に、先輩女中はこう言い聞かせるに違いない。


「椿御前に関わってはならない」

「椿御前は恐ろしい」

「椿御前はあの微笑みの裏で何を考えているかわからない」

「椿御前の額面通り受け取って酷い仕打ちを受けた者は数知れない」

「椿御前は権力に物を言わせて、気に入らぬものは何でも切り捨ててしまう」

「霞の上様とは雲泥の差だ」


 もう何度となく耳に挟んだ文句である。椿御前の中身が本物であれば、これまで陰口を叩いていた者も、先程の2人も、それはもう間違いなくこの社を追い出されていたに違いない。むしろ、追い出されるだけなら、まだ良い方かもしれない。


 誰もいない廊下で、思わず乾いた笑みを洩らした。


 一体全体どうしてこんなことになったのか、どうして私がこんな姿になってしまったのか、どうしてこんな世界に来てしまったのか、全くもって何一つわかることはない。


 唯一言えることは、私は通称、椿御前などと呼ばれる得体の知れない神子なんかではなく、神楽かぐら 季咲きさきという令和の時代に暮らしていたごくごく普通の女子高生であるということだ。


 私がこの世界に入り込んだのは、ひと月前のことだった。


 気が付けば、ここにいた。

 気が付けば、この姿だった。


 それ以上でもなければ、それ以下でもない。


 嘘みたいな話だと思うかもしれないが、気付いたら突然、一国の最上位に等しい地位を持った神子になっていた。しかも、私の見知った国でもなければ、私の見知った世界とも違うのである。そんなことが起こり得るのか、私はここに来てからというものの、毎朝まだ目が覚めないと絶望しながら生きている。


 何度考えても、何度寝て起きても、全くもってどうしてこんな状況に陥っているのか、遠く理解が及ばない。


 そんな私が、辛うじて立てられた仮説はこうだ。

 きっとこれは仮想現実の世界に違いない。私は双子の姉である琴子ことこに付き合って、なんかそういう乙女系のゲーム施設に行って、VR体験的なのをしているんだ。と。


 まあ、直前にそんな記憶なんてないんだけど。

 だとしても、目の前の光景は、そうとしか説明のしようがない。


 私、というか、この椿御前と呼ばれる神子様の周りはやたらとイケメンが多い。

 どんなイケメンかというと、よくテレビで見ていた芸能人なんかともまた別種だ。いわゆる、二次元のイケメンそのものなのだ。本当に二次元なのである。

 琴子がよく見ていたようなアニメやゲームのキャラが当たり前のように生活をしている。何もファンタジーな髪型や服装だけを指しているのではない。それならば、二次元のイケメンとは表現せず、コスプレだとか2.5次元などと言っただろう。違うのだ。

 本当に、二次元のキャラそのものなのである。


 完全に絵のタッチなのだ。どこもかしこも誰も彼も。そして、私自身も。

 どの所作一つをとっても、よくできたモーショングラフィックだな、としみじみする。ほら、さっきの土下座姿だってそうだ。製作が細い。


 しかしながら、なんの説明もされた記憶がないので、私はこのゲームの達成すべきゴールがわからない。

 クリアすれば戻れるのではないかと思うのだが、クリア条件がわからない。もう少しわかりやすくヒントとかないのだろうか。自由度が高すぎて、メインのシナリオがわからない。これが、オープンワールドとかいうやつだろうか。

 なんにせよ、とにかく、もう十二分に素晴らしさは伝わったので、早く終わりたい。そう願い続けて、ここでひと月も過ごしてしまった。


 自室へと向かう廊下の途中で、窓ガラスに寄り、鬱蒼とした森を見下ろした。

 このお社は、木々が生い茂る小高い山の上に建てられている。私には気味の悪い森にしか見えないが、神聖な霊山だという。花の都はこの山の麓に広がっている。


 その森を眺めて、ふと、とある思考が頭をもたげる。

 ここで、うっかり飛び降りでもしたらバッドエンドに繋がるのだろうか、と。

 それとも、ゲーム的に何かしらのHPゲージなどが減るだけなのだろうか。痛いのは嫌だなあ。


 そんな投げやりな思考ではあるが、窓ガラスに映る私の姿は、相変わらず絶世の美女に相応しい美貌だ。そりゃ、見惚れもするだろう。私も初めてこの姿を目の当たりにした時は、あまりの美しさに言葉を失ったものだ。


 美しい漆黒の長い髪を靡かせ、自信に溢れた漆黒の瞳が印象的だ。

 何度凝視しても、目を擦っても、瞬きをしても、代わり映えのない絶世の美女が毅然と私を見返す。


 化粧などせずともシミひとつない白磁のような肌。凛と吊り上がり、勝気そうな印象を与える瞳はどこまでも深く見透かされてしまいそうな漆黒色。まつエクでもしてそうな睫毛は正真正銘授かったもので、目を伏せると自然と淡い影を落とす。血色の良さそうな紅色の唇は、妖艶に弧を描く。


 真ん中で分けた前髪は、左右に流され、顔周りの髪は綺麗に顎を隠すような長さで切りそろえられており、それ以外は腰あたりまで伸びている。いわゆる、姫カットと呼ばれる類のものだ。瞳と同じく真っ黒な髪は、指を通すとサラリと揺れ、艶やかに煌めいた。その黒の隙間からは大ぶりのピアスが覗いている。金色の金具に、黒、深い瑠璃色、金色が混ざったとんぼ玉のような石の下に、もう一回り小ぶりな黒色の石、その下には瑠璃色のフリンジが揺れている。


 ピアスを揺らすように顔を左右に降ると、シャラ、と予想に違わず揺れたピアスの音がする。それに伴い、目の前の美女の黒髪の隙間から瑠璃色のピアスが見え隠れする。


 頬に手をあてると、目の前の美女もまた頬に手をあてる。


 思わず、溜め息を吐くと、目の前の美女もまた溜め息を吐いた。


 何度となく見ても見慣れない姿に、私は途方に暮れる他なかった。


 この世界は、春片はるひら夏羽なつは秋流あきながる冬照ふゆてらす、の四国で成り立っているらしい。いにしえより各国に統治の要として神子みこが存在する。春から順に、椿御前つばきごぜん榎御前えのきごぜん楸御前ひさぎごぜん柊御前ひいらぎごぜんと呼ばれ、それぞれに宿した聖なる力で国の平和に貢献してきた。


 そんでもって、今代の椿御前は、300年振りの分家筋の娘がその名を継いでいる。

 というのが、この私の設定らしい。

 私が自力でかき集めた情報たちだ。


 私が1人そこに立ち尽くしていると、背後から足音が聞こえたので、ゆるりと振り返る。


「……殿下、御機嫌よう」


 そこには、この神子と同じくそれはそれは麗しい真っ黒の髪に真っ黒の瞳を宿した、この世界でも屈指のイケメンである春片の王太子殿下がいらっしゃった。

 顎にかかる程度に伸ばされた前髪は綺麗なセンター分けで、なんか全体的に丸みを帯びたショートボブ。柔らかそう髪の隙間から色白の耳が覗く。


 なかなかに悩ましいのが、これがなかなかに好みのイケメンであるということだ。困ったなあ。今日も機嫌悪そうに眉間に皺を寄せてらっしゃる。


 どうせ大方、私が原因なのだろう。


 顰めっ面の殿下も目の保養だが、なんかもうちょっといろいろ理解して安心した状態でもう一度プレイさせてほしいものだ。そんなことを考えていると、形の整った唇が動いたので、意識を目の前に戻す。


「神子殿、また無用に土下座など強要されたのか」

「それは誤解ですわ、殿下。わたくしは止めましたのに、あの方たちが進んで土下座されましたのよ」

「そのような建前が私に通用するとでも? あのような振る舞いは、君の神子としての品位を下げるだけだと何度忠告すれば気が済む?」


 建前も何も、言葉こそふざけてそれらしそうなお上品な話し方をしてみせているが、言ったことに嘘偽りはない。こちらとしても、土下座なんかされたところで迷惑なだけである。


 しかしながら、この神子様のキャラ設定はどうにもかなり性格がねじ曲がっているらしく、この通り、何を言っても誰もその言葉通りに受け取ってくれないのだ。それ程までに、腹黒い人間だと思われているのだろう。


 口を開けば開くほど、冷たい眼差しが寄越されて、ひやりと心臓が冷える。

 さて、どうしたものか。思わず苦笑いが浮かぶ。

 そうすると、殿下の眉間の皺はますます深く刻まれてしまったものだから、もうなにこれ何しても駄目じゃん、と心の内で悪態を突く。


「そんな表情で惑わされるほど、君との付き合いも短くない。これ以上、傲慢な振る舞いが目に付くようなら、神子殿と言えど、私も考えなければならないので、それだけはどうかお忘れなく」


 最後通牒のようだと思った。


 もしかして、このままこれを貫けば、手っ取り早くバッドエンドを迎えることができるのだろうか。


 意図せず、殿下を見つめてしまっていたらしく、フイと呆れたように目線を逸らされてしまい、少しだけ悲しく思った。


 折角なら、もっと楽しい設定のキャラを体験したかったな。まあでも、なんか、ここから這い上がる系の主人公なのかな。だって、顔はヒロインらしくこの上ない美女だし。

 でも、今の状況を考えると、這い上がるより、嫌われる方が楽そうだなあ。既に嫌われてるし。思わず視界が狭まったが、もうなんかもう本当にいい加減面倒になってきた。

 そもそも、ゲームなんだから、好きにして良いんじゃない? もしかして、それらしく振る舞う必要なんて、なかったのかもしれない。


 ——あれ、もういよいよか、これ。


 殿下の視線の先を辿ると、先程見下ろした森が広がっている。

 気が付けば、窓ガラスに手をかけていた。内開きになっている窓を開け放つと、ぶわりと風が舞い込んだ。

 靡く長い長い髪を纏めて片側の肩に回してかけると、ちょうど腰の高さにあったへりに腰掛ける。

 そして、私はポツリと呟いた。


「なんかもうどうでもいいから好きにしてよ。私も好きにするからさ」


 元々、怠惰な方だ。我ながらあれだが、琴子に甘え倒して、都合よく器用に生きてきたように思う。

 そんな私が、この1ヶ月、こんなわけのわからないところで、孤独に、努力したわけですよ。上手くやろうと。でも、何をしても何をしなくても上手くいかない。関係は悪くなる一方。謎の神子の責任は重いし聖なる力とか知らないし使えないしもう真正面からクリアしなくてもいいでしょ。さよなら。


 私は、目を見開く殿下を後目に笑ってみせて、長い裾を持ち上げて足を窓の向こう側に渡し、ひらりと手を振って、底の見えない森へとそのまま勢いよく飛び降りた。

 上の方で「佳乃香かのか!!!」と叫ぶ声が聞こえたような気がした。そういえば、この神子、そんな名前だったかもしれない。


 真上を見上げれば、乱れた髪の隙間から青い蒼い空が見えた。

 さあ、これでやっとバッドエンドクリアだ。

投稿の仕方合ってるのかわからないです。とりあえず、ぼちぼちゆるーく書いていきたいです。

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