ライスシャワーという馬
ライスシャワーという馬を振り返ってみると、つくづく時代の移り変わりの儚さを感じます。
ステイヤー受難の時代に生を受け、ヘビーステイヤーと称される程の生粋のステイヤーとして生きたライスシャワー。
長距離レースを勝てば勝つほど、逆に種牡馬としての価値を落としていたかのような彼の生きた時代は本当に厳しいものでした。
時代の激流に抗いながら必死に自らを輝かせる為に駆け抜けた彼の走りは、自己証明を諦めない強い意志の表れのようでした。
悪役と呼ばれようとも、終わった馬と背中を向けられようとも、始めから大したこと無かったと蔑まれようとも、必死に必死に駆け抜け続け、ライスシャワーは自らの存在意義と未来を切り拓いたのです。
そして大衆がライスシャワーの魅力に本当に気付いた時、彼は時代の激流に呑み込まれるように短い生涯を終えました。
時代に必要とされないたった一つの武器を磨き続け、練磨して砕けそうになり、練磨して砕けそうになり。それでも磨き抜いた末に競馬界の片隅を照らし風穴を開けてみせたライスシャワー。
眩い輝きの残像を残して、天に駆けて逝ったライスシャワーは、私達人間に諦めない強い心と、どんな時代でも自分だけが照らし、輝く事ができる場所があることを証明してくれたと思います。




