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前編

 いい人だね、とはよく言われるけれど、人から特別に愛された記憶がない。

だからそんな深刻な顔で打ち明けられてもただ困惑する一方だ。

「引いた?」

「引いたわけじゃない。……ただすごくびっくりした」

「やっぱ、男は無理?」

「無理というか……」

 どうしたらいいかわからない。ありえないことが起こって、平常心でいられるわけがない。

「少し考えさせてほしい。今まで人と付き合うとか、全然なかったから俺」

 二人とも上の空で適当な話をしながら引き返し、改札口の前で分かれた。駅を出て、須川の乗る列車が過ぎ去ってゆくのを気まずく見送った。

 須川の第一印象は「ホストみたいな奴」だった。少し友だち付き合いをして、意外とおとなしい奴という印象に変わった。だが見た目が派手だというだけで、自分の周りにいるのが不思議でならない。

 大学に入って、形だけの学部の歓迎会に出たとしても、やはり自分は人の輪には入れなかった。にもかかわらず、次の日須川は何故か自分に声をかけてきた。いくつか仲間連れの塊が出来ているラウンジで、いきなり「安藤君」と呼ばれて大変驚いた。

「俺須川って言うんだ。えっと……もしかして次論理学A?」

「そうだけど」

「じゃあ一緒に行こう」

 てっきり数人連れの中に取り込まれたのかと思いきや、須川は一人だった。高そうな生地の厚めのグレーの上着を着ていた。細長い指には銀色の指輪が一つ見えた。爪がきれいな形だった。

 以降自然と須川と一緒に過ごすようになった。世の中にはこういうこともあるのかと少し不思議だった。やがて大学だけでなく、プライベートでも一緒に遊ぶようになった。きっかけは、須川が自分を自宅まで送ると言い出したことだった。

「夜は変なのがいっぱいいるから」

「いねえよ」

「向こう見ずな若者とかも多いし」

「若者の特権だろ、向こう見ずなのは」

 すると、須川は自分を見ながら気まずそうにはにかんで見せた。その意図は全然わからなかった。ばつが悪くて、軽くパーマのかかった茶髪の方へ思わず眼が流れた。もう一度断ったが、ときどきやけに強情になる須川に負けた。大学の最寄り駅から2つ先まで来させてしまった。

 落ち着いた駅前だ、と須川の言った通り、自分が住んでいるのは、人の少ない静かな町なのだ。通い慣れてきた駅の風景に、須川という見慣れない組み合わせがちぐはぐだった。須川のおしゃれさが余計に引き立って見えた。

「安藤ってよく地面を見てるよね」

「そうか?」

「外にいるときはしょっちゅう見てるじゃん。建物の中では見ないのに」

 温かい風が髪を撫でた。首元に少し汗をかいているようだった。5月も半ばになり、温度が快適か暑いかいずれかしかなくなったのだ。

「……雑草が好きなんだ」

「雑草!?」

「変だろ?」

「なんで雑草が好きなの?」

「綺麗だから」

 日が落ちて辺りが暗くなってきたからか、かっこつけたような、でも本当の話をすることができた。

「土井晩翠っていう詩人が書いた『星と花』って詩があって、それが好きなんだ。夜には空の星と野の花が微笑み合うって、そういう詩で……高校生の時読んですごく気に入った。だから、地面に咲いている野の花が好きなんだ」

「へえ」

「……変だろ?」

「いや、すごい。すごいとしか言えないけど……安藤ってすごくロマンチックだ」

「こういう話は女にすべきかな」

「女には話さないほうがいい」

 しばらく二人でぶらついていたが、自分の部屋まで行くことにした。途中にある楽器店からは常にパンクロックが流れている。 まぶしい電光と無造作に並べられた大量の金管楽器や中古ギターが存在をアピールする。

「ギター欲しいな」と須川がつぶやいた。ハット帽が斜めに乗った後頭部がすこしかわいらしかった。

 須川は自分の部屋の前まで来ると、「いい街だ! 」と言い残して帰ってしまった。ゲームでもしていくのかと思ったのに。

 それから毎日須川は自分を家まで送ってくれた。「周りは俺がよーく注意を払うからさ、安藤は安心して花と星を眺めてればいい」なんて言って。

 

 人と話すのが得意でない、というのは現代社会では最大の罪であるから、いくら不利益を被っても文句は言えないらしい。病名のようにコミュ障と呼ばれ、何を行っても得られるのは同情のみで、就職にも大いに支障をきたす。生活しているとそんな話ばかり耳に入ってきて、自分はみじめな存在なのだと繰り返し認識させられる。

 子どもの時から1人でいるのが好きだった。3人以上で話すと、毎回いつの間にか他の2人の話しているのを黙って見ているのが自分だった。親しくもない人と打ち解けて話すなんてどうしてもできなかった。コミュ障と自虐することは自分の最大の欠点を自覚することになるので絶対できない。それくらい気にしている。

 仲の良い人はほとんどできなかった。自分は周りの負担でしかないようだった。周りの人にはもっと気の利いた友達がいくらでもいるから、自分なんか必要でないらしかった。高校卒業まで、害を及ぼさずときどき便利に使えることを絶対の条件として、クラスの一角をしめることが許された。許されない場合も数回あった。全員からもそこにいるのを迷惑がられながら、悪いことをしている気分でただ学校に通った。


 自分がどうしても必要とされる状態が理解できない。どうして須川は「恋人になってほしい」なんて言ったのだろう。男同士という大変な障壁を乗り越えてでも、自分に好きだと伝えようとしたのだろう。もし自分が言いふらしたら、大学に行きづらくなるのは必至だ。リスクが高すぎる。人生に関わる。そういう大きなものを賭けても自分に告白する理由がわからない。

 答えは保留にした。混乱したまま久しぶりに一人で部屋まで歩いた。人に特別愛されることのなった自分の人生を思い出した。帰り着いて、色々な激しい感情から、数滴涙をこぼしてしまった。

DigNovelとカクヨムにも同内容で投稿してあります。

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