決意
昼下がりの街角を歩きながら、八重野七美はどうしても胸の動悸が高鳴るのを意識してしまった。 自分がSaltの研修生になったのは、半年ほど前のことである。正メンバーに昇格したのはほんのつい最近のことであった。
これからの自分が活躍……とまではいかないかもしれないが、華やかなSaltの舞台を構成する一員になれたことは誇らしかったし、元々大好きなグループだっただけに意気ごみは強かった。
それなのにグループは解散。しかも人気が下降したわけでも、メンバーの不祥事のせいでもない。
正規のメンバーになれたことは、母も我がことのように喜んでくれていたし、グループの解散を伝えるのは辛かったが、話すときちんと受け入れ慰めてくれた。
これからどうしようか、と途方に暮れていたところに、このラストライブの話がきたのだ。
七美は勿論、一も二も無く参加を決め署名した。
これに参加すると、他グループに入りにくくなるかも、とか芸能界でやっていけなくなる、等の話も聞いたが、そんなことは何の障碍にもならなかった。自分の大好きなグループの最後に、演者として立ち会えるのである。七美にとってこれ以上の喜びはないのだ。
七美はこのライブが終われば、アイドルからも芸能界からもすっぱり足を洗う覚悟であった。
どっちみちSaltでやれないならアイドル活動に何の未練もない。
丁がいなくても、Saltが存続するならやる気はあったが、それもなくなるのなら七美としてはアイドルという職業にあまり意味が見出せなかった。
「ここか……」
七美は、真新しいビルの前に立った。ここが連絡された場所だ。前に使っていた、事務所のレッスン場からそんなに遠くない。中に入ったことはないが、ビルの外見自体には見覚えがある。
あまり迷わないですんで良かった、と考えつつ七美は階段を駆け上がる。
指定された階に来て、白いドアの前に来た。そっと耳をつけて中の様子を窺って見る……が、何も聞こえない。
そういえば、今度の会合場所兼、これからの練習場は以前と同じく完全防音だ、と聞いていたのを思い出した。
ドアを開くと中にはもう、旧Saltのメンバー達がいっぱいだった。皆、和やかに談笑している。
解散はもう決まったことだし、あれから日が経って腹も据わっているのだろう。
「すいません! 遅くなりました!」
七美は力いっぱい頭を下げる。
「別に遅れたというわけじゃない。気にしなくていいよ」
丁と一緒に、メンバーの前に立っている十子が声をかけてくれた。
「私らが早く来すぎてんの」
新堂式乃が言うと、皆どっと笑う。
少々いたたまれない気持ちになりながら、急いで七美は指定された位置に座った。
真新しい、スタジオ風の室内である。ダンスや体操の練習場として貸し出す予定の部屋なので、防音も完璧らしい。不器男や丁、十子達と付き合いのある、どこかの社長さんの好意でSaltが使えるようになったという話だった。
もう、ほとんど活動期間も残されていないというのに、ありがたいな、と考えながら七美が辺りを見渡していると、ふと、見覚えのない人物が壁際に立っているのが目に入った。
あまり凝視すると失礼になるので、そっと横目で観察してみる。
……かすかにどこかで見たことがあるような気もする。なかなか整った顔立ちではあるが、控えめであまり目立たない印象の女性であった。歳は七美より上だろう。
丁や十子達よりは下、という感じである。
「あの娘、研修生だった六ツ院雪枝、っていうんだってさ」
席も隣だった式乃が語りかけてくる。
「どうしても今度のイベントに参加したい、って十子さんに直訴して入れてもらったらしいよ」
へえ、そうなんですか、と返しながら、七美は少し妙だな、と思った。
もうすぐ解散してしまうアイドルグループのライブに、どうしても入りたい、というのも勿論変だが、それよりも雪枝の態度が気になったのだ。
鋭い、とはいえないが、この上なく真剣な目つき。七美には瞳の奥に異様な光が瞬いているように感じた。
漫然と全体を見ているようで、その癖何か、とっかかりのような物を常に求めているような……。
そうだ、と七美は思い当たる。かつて一度だけ、あれと似たような眼差しを見た覚えがあった。
何かのイベントの時、お客さんの中に一人だけああいう目つきをした人間がいたのだ。後から先輩に聞いたところによると、業界では有名なフリーのスカウトということだった。
アイドルらしくない、一歩引いているような感じ。あの人は研修生だった、ということだが、その辺りが原因となっているのだろうか?
「九瑠璃がいないな……」
色々考えていると、すぐ後ろから声が聞こえてきた。思わず七美は振り返る。
小城龍珂。面倒見の良いことで知られる人物で、七美も好きな先輩だった。人に物を教えたりするのが上手で、特に七美のような新人には慕われている。
「太里さん、署名してないでしょ?」
式乃が言うと、
「もしかしたら、って思ったんだよ」
と、龍珂は不機嫌そうに返事をした。
「あの人には期待するだけ無駄です」
キツい口調で、割り込んできた者がいる。解散騒ぎが起こってから、急速に太里九瑠璃と険悪になった高畑君江であった。
「そういうなよ。九瑠璃は九瑠璃で真剣にSaltやメンバーのことを考えてたよ」
龍珂の言葉にも、君江は顔をプイっと横へ向けるだけで、少しでも納得した、という素振りは見せない。
「まあ、しょうがないか……」
龍珂は小さく舌打ちして、ため息をつく。七美には、その目元が一瞬、せつなげに震えたように
見えた。
「よし、全員集まったかな」
十子が室内を見渡しながら口を開く。
そろそろ本題が始まりそうだ、と集まったメンバー間にさっと緊張が走った時、
「待ってください」
という、丁の声が上がった。
「あなた、解散より少し前に研修生から昇格なさった……八重野七美さんですね?」
「は、はいっ!」
名前を呼ばれ、七美は反射的に立ち上がった。まさかこの場で自分が丁に直接名指しされることになるなど予想していなかったので、驚いている。
「あなたは確か……中学生ではありませんか?」
「そうですけど……?」
七美は、丁の言葉の真意が掴めず戸惑いを隠せない。その丁も、なるほど、と頷き思い迷った様子で隣の十子と何事かを話し合っている。
「あなたのラストライブに加わりたいという、そのお気持ちは大変ありがたいのですが……これに参加なさいますと、あなたは今後芸能界での活動が非常に制限されてしまう可能性があります。他アイドルグループへの移籍も難しくなってしまうでしょう」
「わ、わかっています。それぐらいは」
七美は思わず語気が荒くなってしまった。何もわからずにここに来ている、と丁に思われるのは悲しいし、心外である。
「いえ、事情をよくおわかりなのは、承知しています……。言い方が悪かったですね」
丁は困惑したように、微笑した。
「ただあなたは……その、お若いですし……記名の時点で言えば良かったのですが、まだまだ色々な可能性があります。参加はお止めになってはいかがですか?」
「そんな言い方したら、あたしらにはもう可能性が無えみたいだろ!」
乙女が言うと、どっと笑い声がおこった。一瞬で場が和み、丁も十子も声を上げて笑ったが、七美にはそれさえもバカにされているように思え、気が昂る要因となる。
「私が……私が歳若いから、この場に居てはいけないって言うのなら、炷さんはどうなるんですか!」
前列のほうに座っていた、白楽炷が顎をわずかに上げた。
「炷さんも中学生でしょう? それに彼女が研修生からメンバーに昇格したのは、私より遅かったはずですよ!」
ほんの僅かの差ではあるが、七美の言っていることは真実である。
「歳は同じだし、実力も……私は炷さんに負けてないと思ってます! なのに炷さんはこの場にいることが許されて、私は許されないんですか?! それは……炷さんが丁さんの、リーダーの実の妹だからですか? こんな露骨に身内贔屓されるなんて、丁さんのこと、見損ないました!」
七美は喋りながら、自らの目頭が熱くなるのを感じた。もう少しで涙が決壊してしまうだろう。
口惜しい。参加出来ないのが口惜しいのではなく、自分が、自分の想いが軽く見られたのが口惜しいのだ。
丁のことは、リーダーとして尊敬していただけに、それは身の内を焼かれるような辛さだった。
「わかったよ、わかったから落ち着いて」
十子が優しく七美に声をかける。その後で、そっと耳打ちすると、丁も得心したように何回か首肯した。
「いえ、七美さんのおこころざしを否定したわけではないんです。ただ、他の道もある、と言いたかっただけなんですよ。余計なことでしたね」
丁は、吹っ切れたように笑顔になった。
「では、八重野七美さんには是非お力をお貸しくださいますよう、こちらからお願いいたします。……それと、炷には七美さんにしたような意志確認は、もう何度も、それこそしつこくて嫌がられるほどしているんです。誤解なさらないでくださいね」
「丁のシスコンは君たちの想像以上だぞ」
十子がおどけていうと、再びメンバーたちの哄笑が室内に響いた。
「丁は決してあんたを軽んじてるわけじゃない。安心しなよ」
囁くような声とともに、七美は肩を叩かれた。振り向くと、龍珂が穏やかに微笑んでいる。
「わかってます」
返事をしてから、七美は自分でも少し子供っぽかったかな、と思ったが、誰も気にしていないようだった。
「それではそろそろ、皆さんに集まっていただいた目的を話そうと思います」
丁が言うと、一部からざわめきの声が上がる。
「んんー? 目的はラストライブの打ち合わせじゃないの?」
朝水祥子がだるそうに手を上げて質問した。当然の疑問である。
「ええ……その件なのですが、わたくし達の最後の舞台は……ある大型のアイドルフェスにしようと思うのです」
「え?」
「なんでまた……」
すぐに困惑のどよめきが漣のように広がった。
「最後なんだから、単独ライブのほうが良くない? お客さんもそのほうが喜ぶと思うし。折角スポンサーもついてくれたんでしょ?」
祥子はSaltに入る前から、丁とプライベートで親交があったらしく比較的仲が良かっただけに、わりと何でもズケズケと発言する。
「乃木さんは、この場所を提供してくれただけで、スポンサーってわけではないよ。どっちかっていうと、パトロンのほうが近いかな……。まあ、とにかくそこまで甘えるわけにはいかないだろう?」
苦笑いしつつ説明する十子を、丁は複雑な顔で見ている。
「概要を説明いたします。まずはこれをどうぞ」
横に回して、と言いながら十子が何かがプリントアウトされた紙を配って回った。
どうやら、ある週刊誌のページのコピーらしい。
内容は、小塚の事務所が主催で、松山が後援となり大型のアイドルフェスをおこなう、というもので記事なのか宣伝なのかよくわからない代物であった。
「これに参加するの~?」
祥子は、不思議そうに問いを発する。
「記事の後ろのほうをご覧になってください」
丁が言い、全員がまた紙片に注目した。
『なお、小塚氏自身がプロデュースしているアイドルグループ、〝has〟もフェスに参戦する。フェスでは最後にファンの投票による順位が発表されることになっており、小塚氏はもしhasが首位を逃すことがあれば解散し、自らも芸能界から身を引く、と宣言しており、今後の動静がアイドルファンの間で注目を集めている……』
「まあまあ……!」
乙葉が、ともすれば悲鳴に聞こえそうなご機嫌な声を上げた。
「アイドルを売りだす上でよくある、状況的に追い込んで〝物語を作る〟って手法だね。解散商法、なんて呼ばれてて、眉を顰める人もいる。プロデューサーまでそれに参加するってのはなかなかないけど……」
十子の声も、心なしか弾んで聞こえる。
「するってぇと、これ……」
目を輝かせている乙女に、丁は、ええ、と頷いてみせた。
「是非hasには解散してもらい、小塚さんには芸能界から身を引いていただこうと思います」
わぁっ、と歓声が上がる。少なくともこの場に集まっている者達は、この方針に異存はなさそうだった。
「いやぁ、あんたはやる女だと思ってたよ! 嬉しいなあ、おい」
乙女は破顔して丁の肩をバンバン叩いている。
「でも、別にhasには特に恨みはなくないかな?」
式乃の発言を受け、丁は頷いた。
「確かに仰る通りなのですが、この機を逃すと小塚さんに刃を届かせるのが難しいので、まあ、ついでという形になり、hasのみなさまには大変申し訳ないのですが……」
丁は本当に申し訳なさそうに、眉に憂いを纏わせているが、今回の計画を覆す気はなさそうである。
「なに、かまうこたぁねーよ」
乙女が良く通る声で声を発した。
「アイドルの世界は所詮弱肉強食。hasの連中だって、この世界に入ってきたからには、狙われるのも覚悟の上だろ。遠慮する必要なんかないね! ……な、丁?」
「そんな覚悟をして、アイドルをはじめる娘なんてそうそういないでしょう」
丁は呆れたように答えたが、すぐに
「ただ、まあ……やるからには一切の遠慮も情けも無用と考えたほうが良いですね。逆に言えばその気になれない人には、参加を辞退してもらったほうが良いと考えています」
と、続けた。言うねえ! と言って、また乙女は笑いながら丁の肩を叩いている。
「ちょ、ちょっと落ち着け、乙女」
「いいかげんになさい」
さすがに、十子と乙葉に止められた。
「ひ、丁さんって、結構激しいかたなんですね……」
七美が呟くと、すかさず龍珂が後ろから割りこんできた。
「そうだよ。丁は昔っから何考えてるかよくわかんないって、言われるんだけど……。誰よりも真剣で、アツいヤツさ」
龍珂の頬はかすかに紅潮している。くるべきものがきた、と言いたそうな顔であった。
「ただし、汀子さんのデビューも含めた芸能活動の邪魔になるのなら、この計画は全て水に流します」
丁が静かに宣言すると、ピンと張り詰めた緊張が漂う。
「汀子さん……デビュー、できそうなんでしょうか?」
「月坂さんや他にも色んな人が動いてくれてるみたい……。でもどうなるかはまだちょっと……」
七美の疑問には、式乃が小声で答えてくれた。
「丁も僕も、色々話は聞いているんだが、正直情勢は厳しそうだ。ただ、僕達が小塚に仕掛けることが、彼女の人生の妨げになるのなら、それは本意ではない」
十子は、はっきりと言い切る。
「わたくしたちのやろうとしていることは、言ってしまえば意趣返しです。ただ、何かしら世間に対し正当性があるとすれば、非は両方にあるにせよ、不器男さんだけが処罰を受け小塚さんがお咎めなし、というのは不公平でしょう、ということだけ……。わたくしは先に仕掛けてきたのは小塚さんなので、非は向こうにあると思っていますが」
丁は屹と、目頭に力を込めた。
「わたくしの想いは別にして、報復をおこなうことによって、不器男さんの妹が被害を受けてしまうのであればそれは本末転倒。何より不器男さんが悲しむでしょう」
「では、結局どうするんですか?!」
君江が苛々を隠さず、丁に詰め寄る。
「わたくしたちは、計画を進めます。汀子さんのデビューが決まればその時点で全て中止。アイドルフェスには不参加。汀子さんのデビューが叶わなければ、計画通りに進めます」
……はい、と君江は妙なタメを作って返事をした。丁の淡々とした説明に、心からの納得はしていないようである。
「そうだな、今日はこれくらいでいいだろう。くれぐれもここで聞いたことは、他で話さないように注意してほしい……。ああ、そうだ。紹介しておこうかな」
十子は、部屋の端に立っていた娘を呼んで、自分の横に立たせた。
「彼女は六ツ院雪枝。Saltでは研修生だったが、今回の計画に是非とも参加したい、という本人の意向を汲み来てもらった。大変優秀な人材だ」
「優秀……?」
式乃が当惑した様子で、ぼそっと言うのが七美の耳に届いた。
「彼女には、少々特殊な仕事をする部署の責任者をしてもらう。ちょうどいい、前に来てくれないか」
十子が呼びかけると、四、五人の者がバラバラと立ち上がり、雪枝の隣に並んだ。
「彼女らが、雪枝の元で従事して貰うスタッフたちだ。雪枝を含め君たちと接触する機会は少ないかもしれないが…….。何か協力を求められるようなことがあれば、心良く応じて欲しい。彼女らはあまり目立たないかもしれないが、僕達にとって非常に重要な仕事をしてくれることになっている。それを忘れないでもらいたい」
十子のスピーチが済むと、雪枝等は一斉にぺこりと頭を下げる。顔を上げたあと、はにかんだように笑っている者もいたが、雪枝は特に表情を動かすこともなく、ただただ穏やかに佇んでいた。
あれは……。
七美は、雪枝以外の並んでいる者達の顔を確認してみる。
佐神沙希
海原伊予
大江なり
岡真銀
全員、顔と名前が一致した。いずれも正規のSaltメンバーではなく研修生である。
「あれ、全員研修生じゃない?」
式乃は、ますます困惑の度を深めているようだった。
「雪枝ってコも研修生だけど……。芸歴は多分あの中で一番若いよね。あのコの下で働くのに抵抗ないのかな?」
自分ならごめんだ、と式乃は言いたげである。
「沙希さんと伊予さんは、あんまりそういうこと気にしない人達だと思います」
七美は慎重に答えた。事実、沙希と伊予はべらぼうに明るく、こだわりがないことで有名であった。おまけにお互いとびきり仲が良い。
「沙希と伊予はそれでいいとしても……。岡はともかく……、なりは?」
岡真銀は、凛として引きしまった顔の美人だが、少しもそれを鼻にかけることがない。見た目良し、人品良しで、歌やパフォーマンスも悪くない。一見して非の打ちどころがないようだが惜しむらくは、その真面目すぎる性格が仇となり、いまいちブレイクするきっかけの掴めない人物であった。
ただ生真面目なだけあって、納得できる理由さえあれば、後輩の下でスタッフになることに殊更異を唱える、ということはなさそうである。
大江なりは……。
「なりさんは……」
雪枝の下につくのがどうこう、というより、七美としてはこの場にいること自体が驚きであった。
九瑠璃にように、格別騒ぎたてたわけではないが、彼女はどちらかといえば不器男に対して好感情は持っていなかったように思う。事件を起こしたことに対し怒っていた、というよりは腹の底で軽蔑する、というような態度であったように七美は記憶している。
雪枝と反対側の端にいるなりを、七美はそれとなく観察してみた。何となく斜に構えている様子は伝わってくるが、それ以上のものは何も読み取れない。
「ま、なりはちょっと変わってるからね」
式乃もなりに視線を向けながら呟いた。どうやら七美と似たようなことを考えていたようだ。
「私からも、少し話していいかな?」
この場所に流れている微妙な空気を察したのか、一人の娘が十子に断りながら席を立った。
「水原……」
式乃の呟いた通り、彼女は水原茜という名前の、旧Salt正規メンバーである。
「雪枝は確かに、旧Saltではその強みをなかなか活かすことが出来ず研修生だった。しかし、さっき十子も言った通り……ある分野に関して、とても高い能力を持っている。必ず、これから私達がやることに対し強力な力になってくれるはずだ。それをわかって欲しい……。といきなり言っても無理かもしれないが……少なくとも私は歓迎するよ」
茜が言うと、パチパチとまばらは拍手が起こり始めた。
「部長……じゃなくて、水原さん」
雪枝は、ぱぁっと花のほころぶような笑顔を見せる。晴れがましいような、誇らしいような、この日一瞬だけ雪枝が見せた、涼やかな自信に満ちた表情であった。
え? 何の拍手? と式乃は不審そうだが、七美は一つ気づいたことがある。
『これ、今拍手してるのは、みんな白光の人だ……』
白光の人、というのは、白光女学院という高等学校の生徒、という意味だ。
リーダー兼センターの丁が白光の生徒会長だからか、Saltには白光の生徒が多い。今喋った水原茜も、確か白光のソフトボール部の部長か何かだったし、十子は生徒会副会長である。
前に立っている人間でいえば、佐神沙希と海原伊予も白光だったはず。
だいたい、Saltの五分の二ほどは白光ではないだろうか、と七美はぼんやり考えた。
あの雪枝、って人も白光の……?
七美がつらつらと思っていると拍手は伝染し、やがて満場のものとなった。式乃もしょうがなく、七美もつられて一緒に手を叩く。
「ねぇ、一つ聞きたいのだけど、結局六ツ院さんの……部署? はどんなことをするの?」
拍手が終わった頃、国村楓子が不意に発言した。
「あ、私もそれ気になってたの~」
祥子も何故かはずんだ声で、それに同意する。
「ああ、うん。そうだね。情報関係を引きうけてもらおうと思ってるんだ」
十子が応じると、楓子はふうん、と鼻を鳴らし
「情報……たとえば私達で何かを発信したりする……というようなことかしら?」
と、重ねて問うた。
「うん。広報のようなこともやってもらおうと思ってるよ」
十子は、にっこり笑って答える。楓子も、そう、と短く返事をしてそれ以上聞こうとはしなかった。
七美は、よくわからないが、雪枝とそのスタッフは、裏方のようなことをするのだろう、と当たりをつけた。
そう考えると七美も、雪枝があまり軽んじられるのも気の毒なような気がした。
裏方というのは、基本的に軽んじられるものなので、それをあまり露骨に表現するべきではない、というような気持ちであるが、七美の中で上手く言語化できているわけではない。
解散という運びになり、七美達はぞろぞろと退出しかけていたが、丁と十子、雪枝とそのスタッフ達はまだ残って何かするようだった。
真剣な面持ちで何事かの打ち合わせをしている。
「しかし……小塚に一泡吹かせるのは良いとして、汀子さんの今後の進退次第、というのはなんかモヤっとするね」
「丁さんは、どこか手ぬるいところがありますよ……」
雅子と君江がぼそぼそと喋っていた。口には出さずとも同じ気持ちの者はたくさんいるだろう。
しかし七美は、今日の話に関しては概ね満足で、やっぱり丁についてきて良かった、と感じていた。