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凍蝶  作者: 八花月
18/18

残雪

 あのフェスから半年経った。

 六ツ院雪枝は最高学年に進級したし、白楽丁や土佐十子は卒業し進学している。深山不器男も、ようやく復調し来月には退院できそうだということである。

 今日は久しぶりに十子に呼びだされ、雪枝は近所の公園まで出てきていた。

「お、こっちこっち。見違えたね」

 声の方に顔を向け、雪枝は驚いた。そこに居るのは十子だけではなかったのだ。

「丁さん……」 

「こんにちは。お久しぶりです」 

 丁は、丁寧に深々と礼をする。雪枝は慌ててお辞儀をした。

「おいおい、そんなに固苦しくするなよ。僕はそんなのゴメンだからな」

 十子の発言に、他二人が顔を見合わせ笑う。初夏の匂いに似つかわしい、清爽とした一幕であった。

「あの、他のみなさんはどうされているんでしょうか?」

 雪枝の問いに丁も十子も、驚くほどあっさりと〝さあ〟と答える。どうやら頻繁に連絡を取り合ったりはしていないらしく、二人とも仲間たちの行方を詳しくは知らないようであった。

「ああ……乙女さんはなにか、放浪の旅に出たそうですが」

「ほ、放浪の旅ですか?」

 思わず聞き返した雪枝に〝ええ〟と丁は困惑した様子で返す。

「ほら、あのなんて言ったかな、水前寺一姫。彼女とまたコンビを組んでるらしいけど……。なんかこのあいだきたメールだと二人して〝スポーツ冒険家〟になる、とか書いてたけど」

「まあ。よくわかりませんが仲直りできたのですね。良かったじゃありませんか」

 丁は呑気に手を叩いて喜んでいる。

「元々仲は悪くなかったんじゃないの?」

 十子も屈託なく笑った。その様子を見ていて雪枝は、本当にSaltは再結成して良かったと思う。

「乙女さん、フェスの時凄かったですよね。……大変でした」 

 雪枝はあの時のことを思い出しながら言った。フェスはもちろんAcCordの勝利で終わった。

乙女はどうしても一姫と直接対決を望み、スノウセクションはそのために大わらわであった。

「悪ぃな。頼むよ」

 と、簡潔に依頼された雪枝は断ることが出来なかった。

 当然乙女は、丁や十子の許可は得て雪枝の元に来ているのだが、スノウセクションをどう動かすかは雪枝の裁量に一任されている。なので、雪枝が無理だといえば無理なのだが、押し切られた結果となった。

 具体的に雪枝たちが何をしたのかといえば、簡単に言えば敵と同じことをしたのである。

 真銀の取ってきた情報を利用し、兵藤千里の使っている無線を傍受し、それをAcCordの表・裏に伝えたのだ。hasのその日のセットリストは案の定非公開であったが、暗号は既に解読済みなのでその点は幸運であった。

 この日のhasのセットリストの中に、一姫のソロパートが長い曲があるはず、とAcCordの面々は踏んでいた。アイドル愛好家たちの中では実質一姫がメインボーカルと目されているものである。

 それに乙女をぶつけたのであった。

 一種の賭けであったが、その目論見は見事に成功し、結果としてAcCordの勝利に見事に貢献したのである。

「能力的にはだいたい互角なんだけど、ああいうシチュエーションで煽るのはあたしのほうが上手いからなー」

 というのが、乙女本人の談であった。

 思い出話に花を咲かせ、一段落ついた頃〝さて〟と丁が語り始める。

「いつまでもこうしていたいですが、そういうわけにもいきませんね」

「はあ……?」 

 雪枝はその言葉を聞き、そういえば今日呼び出された理由はなんだったのだろうか? と考えていたら、十子にそっとメモを手渡された。

「君は今からここに行くんだ。……おっと、理由は訊かないでくれ。行けばわかる。そういう手筈になってるから」

「十子さんたちは……」

「わたくしたちは、そろそろお暇します」

 風薫る笑顔で、丁は雪枝に告げる。

「ああ、そうそう」

 思い出したように丁は、懐に手を入れた。小さく、ちりんと何かが鳴った気がする。

「……どうしたんですか?」

 問われた丁は、しばらくして〝いえ〟と短く口を開く。

「雪枝さんに渡しておこうと思った物があったのですが、やっぱりやめました。多分今のあなたには、不要な物でしょう」

 ね? と丁に声をかけられ、十子は〝まあ、好きにしたらいいさ〟と苦笑いで応じた。

「……僕たちは君の過去だ。大切な思い出になってくれれば嬉しいが、未来には一緒に行けない」

 十子はしんみりした調子で言ったが、すぐに快活さを取り戻し

「じゃあね。雪枝たちの未来に幸多からんことを祈ってるよ」

と最後の挨拶をして、丁と共に去って行った。

 雪枝は中を確認してみる。その表情に露骨な疑問符が浮かんだ。直接行ったことはないが、見知った住所である。

 とりあえず電車に乗って、その場所に行ってみることにした。

 その住所は小塚幸生の実の娘、長尾伊都の所属している事務所のものであった。何が何やらわからぬまま、その前まで来てしまった雪枝は、中に入ろうとしてやはり身構えてしまう。

「なんだ、やっと来たのか」

 観音開きのドアが開き、躊躇している雪枝に声をかけてきた者がいる。雪枝より少し下くらいの、背の低い、一見あどけなさの残る少女であった。

「長尾……伊都、さん?」

「遅かったな。早く入れ」

 伊都は顎をくいっと動かし、雪枝に建物の奥を示した。雪枝は導かれるままに、事務所の中を案内される。

「あの……」

「父上はご引退なされ、今でもまだ呆けたように日々を送っておられる。hasは解散し、メンバーは未だバラバラのままだ。満足か?」

 雪枝の言葉を遮るカタチで、伊都はいきなり口を開いた。

「……なんのことを仰っておられるのか、わかりません」

 雪枝はスッと目を細める。スノウセクションの長だった時の、あの感覚が体内に蘇ってくるのを感じた。敵地の中にいる、という意識が雪枝の頭脳を明晰にし、神経を尖らせる。

「なんだ? 怒ったのか?」

 憮然とした表情で伊都は訊ねてきた。

「これぐらいの嫌味は許容しろ、まったく……。勝者のくせに。こんな癇癪持ちだとは思わなかったな」

 喋りながら、面白くなさそうに鼻を鳴らす。

「おとなしそうに見えて、利かん気のところは丁に少し似ている」

「白楽さんをご存じなんですか?」

「まあな。聞いてないのか?」 

 ちょっと意外そうに応じ、伊都はある部屋の前で止まった。

「ここだ。入れ」

「あなたが私を呼んだのでは?」

「違う」

 仏頂面で、伊都が答える。

「私は一回お前の顔を直で見たかっただけだ」

 それだけ言って、伊都は黙ってしまった。ここまで来て引き返す気にもならず、促されるままに雪枝はドアノブを回す。

「おー、やっと来たねー」

「待たせんなよ、ゆっきー!」

「室長、お久しぶりです!」

 ドアが開くやいなや、わっと声がかけられた。

「あ……」 

 尾鷹葉子、佐神沙希、海原伊予、岡真銀。そこにはかつて数ヶ月間、雪枝とともに同じ任務に服した者たちがいた。

「はじめまして、六ツ院雪枝さん。……あなたが元スノウセクションの管理官(コントロール)ですか」

 声のほうに居たのは、兵藤千里である。

「そうかたくなるな。まあ楽にしろ」

 うしろから、伊都にポンポンと肩を叩かれた。雪枝は、自分がスノウセクションの長だったことがバレていることにはそれほど驚いてはいない。多分それくらいは調べがついてしまうだろうと思っていた。

 しかし、ここに呼ばれた理由がわからず、安穏とした気分には、なかなかなれなかった。

「ああ……。こんな可愛らしいお嬢さんに手玉に取られてしまったんですね」

 千里は、苦笑しつつため息をつく。伊都も〝うむ〟と言いながら苦虫を噛み潰したような顔で、その辺のパイプ椅子に着席した。

「そうですね。単刀直入にいきましょうか」

 皆さんにはもう見ていただいたのですが、と言いながら千里が雪枝に渡したのはA4用紙十枚ほどの紙束である。表紙には『ヨネプロ・アイドルプロジェクト(仮)』と書かれていた。ヨネプロとは、伊都の所属している『ヨネザワプロダクション』の略称である。

「これは……?」

「まあ、簡単に言うとヨネプロが今度アイドル部門を新設するのだ。今更飽和状態のアイドルビジネスに参入するなど、私は得策とは思えんがな」

「『兵は詭道なり』とも申しますよ、伊都様」

「戯言を言うな、千里」

 五月蠅そうに手を振る伊都を見ていて、雪枝はたまらず吹きだしてしまう。

「どうした? 急に」

 不審そうに訊ねる伊都に向かって、

「いえ、その、本当にテレビで見る時とのギャップがすごくて……」

と、雪枝はむせながら答えた。一瞬で部屋の空気が凍りつく。

「お、おい、ちょっとゆっきー、それは……」

 声を上げた葉子に向かって、伊都は〝いい〟と言いながら片手を上げた。

「あー! まったく! 丁の秘蔵っ子がこんな小娘だとはな!」

 天を呪うような口調で、こう吐き出したあと伊都は

「私はもう行く」

 と言って立ち上がる。

「小娘って……たしか伊都さんのほうが私より歳下では……?」

「うるさい」

 伊都は、犬を追うような仕草で手を動かした。

「六ツ院雪枝、次は無いからな」

 こう言い放ち、さっさと伊都は部屋を出て行ってしまった。

「えー、伊都様には私から取りなしておきましょう」

 多少オーバーな咳払いを挟み、千里は話しを続ける。

「結論だけ申しますと、ここにいるみなさんに、このプロジェクトに参加して欲しいのです」

「はあ。参加とは……?」

「ですから『ヨネプロ・アイドルプロジェクト』から、アイドルグループとしてデビューしていただきたい、ということです」 

 雪枝は目を丸くした。

「い、いえ、しかし、それは無理でしょう?!」

「なぜそう思うのですか?」

「なぜって、多分松山さんが……」 

 hasと丁たちの戦いに、最終的に決着をつけたのは松山一大であった。その結果、今度こそ喧嘩両成敗が適用されたのである。

 即ちhasは解散、小塚幸生は引退。AcCordも解散、という処置だ。小塚幸生側の措置が重すぎるのではないか、との意見もあったが小塚幸生に否定的な世論の後押しもあり、結局このかたちで落ち着いた。 もちろん、間を置いて小塚幸生の電撃復帰、などという茶番も許されない、

と松山一大の厳命もあったという。

「愚か者め!」

 いきなり後ろから大声が聞こえ、雪枝は〝ひゃあっ!〟と叫んでしまった。

「貴様らはフェスの時ステージに立ってないだろうが! だからAcCordの一員としては数えられておらんのだ!」

 去ったはずの伊都がいつのまにか戻ってきて、半開きのドアから頭だけ出している。

「あっ……」 

 雪枝は、すぐさま自分の迂闊さを恥じた。

「丁は最初から貴様らをアイドルとして、芸能界に残すつもりだったのだ!」

「そ、それって、丁さんに直接聞いたんですか?」

 違う、千里からのまた聞きだ、と言って伊都は小さく舌打ちする。

「で、でも、なりさんは、ステージに上がる許可が……」

「いや、まああたしはどっちみちアイドル続ける気はない、って最初からはっきり明言してたからね。最後に花持たせようとしてくれたんでしょ」

 伊都の背後をすりぬけ、大江なりが室内に入って来た。

「なりさん!」

「おお~! 意外~!」

「ナリナリじゃん~!」

「おい! 変なあだ名つけんな! 殺すぞ!」 

 なりは、葉子を指差しながら怒声を浴びせている。

「なりさん、その……」

「おっ、室長元気そうじゃない」

 なりは、にこやかに手を挙げてみせた。その様子には全くこだわりは感じられない。

「もしかしてなりさん、またアイドルをやる気に……」

 んーん、となりは、首を横に振る。

「あたしはもうアイドルはやんないよ」

「彼女には、みなさんのマネージャーを担当してもらおうと考えています」

 千里の言葉に、わっ、と歓声が上がった。

「それも丁さんが?」

「あ、いえ、私が無理に頼んだんですよ。本当はアイドルやって欲しかったんですけど」

 〝そうですよね〟と、応じる雪枝の表情に、ほんの少し陰が差す。

「なりさん、私たちの中では一番パフォーマンス力高いのに……。もったいないです」

「勘弁してよー。もうあんなしんどいのゴメンだって」

 あははは、となりは快活に笑った。

「まあ、アイドルは正直イヤだけど……芸能関係は興味あるしさ。みんなのことも好きだし……。まああたしは裏方で頑張るよ。しばらくは千里さんの下で見習いだけど」

 なんともなしに、いつのまにかみんな拍手を始める。

「よしてよ……そ、それよりさ、あたしより意外なのは真銀だよ」

 顔を赤らめながら、なりは話題を逸らした。

「あたし、あんた来ないと思ってた」

 真銀は話題をふられ、言い出しにくそうにしばらくモジモジしていたが

「私、実は会いに行ったんです」

と、意を決し語り始めた。

「フェスが終わったあと、都耶子さんに。そして、今までのこと話して、ゴメンって謝ったんですけど……。そしたら、薄々勘づいてた、って言ってました」

 みな、固唾を呑んで聞き入っている。

「都耶子さん、アイドルマニアだから……。Saltの研修生の公演、見に来たことあったらしくて、私の顔見たことある、って途中で気付いて……。でも、元々Saltのファンだったし、私のことも友達だから応援しようって思ってくれたって……」

 気付くと、真銀は涙を流しながら喋っていた。

「それで、あの、もしまたアイドル続けるんなら応援する、って言ってくれたんです。だから、今回のお話いただいた時も、出来るんならまたやってみよう、って思えて……」

「ちょ、ちょっと落ち着きなって。ねえ、室長? ってうわっ」 

 雪枝のほうを向いた沙希が、息を呑んだ。雪枝も両の瞳から滂沱の涙を流していたのである。

「ご、ごめんなさい。なんか私、なりさんのことも岡さんのことも気になってて……。それぞれ心に落ち着くところが出来て良かったな、って思ったら安心して涙が……」

 本当に堰を切ったように、雪枝は泣き続けていた。よほど心に引っかかっていたのだろう。

「……その、本題なんですが……どうされますか? やっていただけるでしょうか?」

 しばらく待って、落ち着いてから改めて千里が問うた。

「みなさんはどうされるんですか?」

「私らは、みんなゆっきー待ちだったんだよ」 

 葉子が代表して答える。

「ゆっきーが、やるっつったらやろう、って。嫌ならやめようって話してたの」

「やります」

 雪枝ははっきりと答え、千里の目を見つめた。

「それが丁さんの……十子さんの意思なら、私、やってみたいです」

 雪枝の言葉に、千里はこの上なく優しい笑顔で〝そうですか。よかった〟返す。

「おい、それはかまわんが、お前らしばらく全員練習漬けだからな。覚悟しておけ」

 伊都がピリピリした感情を隠さず口を挟んだ。

「え~」

「もうちょっと夢のある話してくださ~い」

「バカを言うな! お前ら全員長いブランク明けだろうが! Saltでも研修生止まりだし……。ウチは甘くないからな!」

 言い捨てて、伊都は今度こそどこかへ去って行った。 

「まあ、みなさん大丈夫だと思いますよ。だって、あれだけのことをやりとげたんですから」

 相変わらず千里はニコニコしている。

「それで、今すぐでなくてもかまいませんが、名前はどうされますか?」

「名前?」

「ええ。みなさんが新しく結成するグループの名前です。こちらで一から考えてもいいのですが、希望があるなら仰ってください」

「グループの名前なんて……ねえ」

「あれしかないか」

「まあ、これで決まりっしょ」

 葉子が代表で、サラサラと破ったメモ用紙に何か書きつけた。

「ちょ、ちょっと、なんでみんな勝手に……」

 千里に渡された紙を雪枝が覗くと、そこには大きな字で〝SNOW〟と記されている。

「やめてください! こんなの……これじゃまるで、その……」

 雪枝が必死で紙を奪おうと試みたが、千里はひらりとそれを躱した。

「まあ……こうなりますか。それでは、本日はもう解散にしましょう」

 千里は悪戯っぽい笑みを残し、部屋を出て行く。

 雪枝は追いかけるのは諦め、手渡されたハンカチで涙を拭った。

 外では柔らかい初夏の風が、道行く人々に、束の間の安らぎを与えている。


                                                                 了


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