ゲームセンター『俺達の楽園(シャングリラ)』
ゲームセンター『俺達の楽園』
真壁雄一(練り天)……男性。二十三歳ゲーマー。口調が荒く喧嘩っ早いが逃げるのも早い。
朝倉優衣……女性。二十五歳ゲーマー。お姉さんみたいな優しいしゃべり方。ゲーム時および煽り時、口汚い。
ヨロズ……男性。二十代(年齢不詳)ゲーマー。真壁、朝倉のゲーム仲間。飄々としている。
一人語り……真壁
ゲームセンター。それは、退屈とは無縁の世界。日常から解き放たれた非日常。人間関係も、無駄なしがらみもない、俺達の楽園。
◆
一週間ぶりの出勤だった。世間ではインフルエンザが大流行。マスクを着けずに仕事に疲れきった体でゲームセンターなんかに行ったのが間違いだった。仕事が終わったとツイートした途端「今日は来るんだろ」という、仲間内からのリプの嵐に見舞われた。なんとなく、顔だけでも出すかとふらりと立ち寄った結果、クソほど面倒な流行り病の餌食になってしまった。
今でも「インフルになった」というツイートに「ドンマイ」と草をはやしながらリプしてきたあの元凶野郎に対する怒りは収まらない。八つ当たりだとか死んでも聞いてやるものか。
朝倉※煽るように「お久しぶりです真壁さん、体調、よくなったみたいですね」
久々の職場で一番最初に聞くのが悪魔の声とは思わなかった。朝倉優衣。ハンドルネームはハイネ。俺のホーム店舗における格ゲー界の女帝だ。表面いい子ぶってはいるが強烈な毒を吐きながらにこやかに笑うどエス女だ。職場で同じ部署の先輩だが、一度ゲーセンで荒れ狂う姿を目撃してからは、職場でも煽り倒してくる。いつか殺す。
朝倉※煽るように「まさか、疲れているのにマスクもせずにゲームセンターなんて人の集まるところに赴いてインフルもらうとかいうなかなかのクソプレイかますとは思ってもみませんでしたよ~。コンボもお粗末なら日常までお粗末とは、驚きで森ができますね」
真壁※最初笑いながら後半切れ気味「てめぇ、本気で煽って来てんじゃないスか先輩。ちょっと見ないうちに職場でも煽りかますたぁ、ついに脳みそヤラレちまったんですかねぇ、ヤクキメてんスかぁゴルァ!」
朝倉※落ち着いて「いっぺん勝ってから煽れよ三下? 吼えてるだけじゃあいつまでたっても勝てないよ~。ハイこれ書類。纏めといたから後で確認しといて。休んだ分ちゃんと働いてよね」
真壁「わかってますよ。あ、そういやあれ、休む前に契約取れそうだったとこ、何とかなったんですか?」
朝倉「当たり前でしょ? 私を誰だと思ってんの」
真壁※煽る感じ「そりゃ、女帝ハ……」
朝倉※笑いながら切れ気味「それココで言ったらテメェ命ねぇかんな」
朝から職場のデスクで煽りあいを始めるという時点で、色々間違えてはいるが、まぁなんとなく、やっと日常に帰ってきたような、実家のような安心感があった。
一人暮らしで病気になると心細言ったらなくて、本気で寂しいと感じたのは久しぶりだった。
朝倉「つか真壁、タッパと鍋、あれちゃんと返してよ? もちろん洗って」
真壁「え、あれくれたんじゃなかったんスか?」
朝倉「おま、返すだろ常考。借りたもん返さないって泥棒やんけ」
インフルで一週間寝込んだ俺のところにちょいちょいやってきては煽り倒しながらメシを置いていってくれるという、謎の行動をとっていたこの女帝。意外と優しい説があるので、元凶野郎こと、ヨロズにその話を今日はしようと思っている。なんだかんだ後輩思いなんだな、いろいろ残念美人だけど。
朝倉「あとメシ代な。一万円で勘弁してあげる」
真壁「金とるんかよ!?」
前言撤回。やっぱ最悪だこの人。
◆
ヨロズ「よお練り天! おまえホント馬鹿だなぁ」
真壁「てめぇヨロズここであったが三年目だ。お前を殺す」
ヨロズ「ヒイロかよ」
久しぶりのゲームセンター、我がホーム。我が愛しの城。厳密には俺のでもなんでもないけど。しかしこの賑やかでやかましい騒音。これが俺には心地よく感じる。日常に隠れた非日常。それがこのゲームセンター。廃人のようなゲーマー達には、面倒な人間関係なんてない。同じゲームを愛するプレイヤー。それだけで十分だからだ。
本名なんて知らない。素性なんて関係ない。ただ一緒に遊ぶだけ。そんな関係の仲間がここにはいる。ヨロズも、そんな仲間の一人だ。
ヨロズ「まぁさかインフルになるとはなぁ、どうせお前のことだから家庭用ハードでアケコン使って練習してたんじゃないの?」
真壁「モチのロンだぜ大将。今日ばっかりは女帝ハイネを叩き潰す」
既にコイン無制限台に張り付いて財布から湯水のごとく百円玉を叩き込む女帝の姿がそこにはあった。朝倉優衣の真の姿。女帝ハイネ。罵詈雑言をまくし立て、鬼のような速度でボタン入力を繰り返すその姿はまさにアブナイ人だった。
朝倉「おっら食らえやボケェ、かわすんじゃねぇ!!」
とにかくこれは色々残念だ。
真壁「ハイネさん」
朝倉「練り天今忙しいから待って。このアホ死んでも落とすから。回線の向こう側で咽び泣かせてやるから待って」
真壁「俺と勝負しましょう」
俺がそこまで言い終えた直後、回線の向こう側の相手様はお亡くなりなった。南無。
朝倉「ほぉう、アケコンで鍛えた実力を私に見せようと? 上等だコラ。かかって来い」
真壁「これに勝ったらメシ代チャラで」
朝倉「私が買ったら二倍な」
真壁「やってやろうじゃねぇのよ、二度と煽れなくしてやる」
朝倉「言ってろ三下ぁ!!」
ゲームセンター。それは、退屈とは無縁の世界。日常から解き放たれた非日常。人間関係も、無駄なしがらみもない、俺達の楽園。
縛られるものなど何もない。俺達を縛れるものは、店員さんだけ。大人が子供に帰る場所、天国がそこには確かにあった。