ファーストキスも捧げました
いや、マジで――かなり、真剣に悩んだと自負している。
しかし薄い本ショックは未だ俺の心に残っていたらしく、結局は読むことにした。
一旦自分の部屋へ戻って先細りのペンチを持ち出し、それを使って鍵穴奥の細い棒を回したら、割と素直に鍵も開いたしな。
「よしっ」
俺は早速、ベッドに横座りし、日記を開いた。
「わっ」
……1ページ目に「これを読むのが誰であれ、わたしに断らずに読むと呪われますわ」と赤い太字で書いてあって、ビビったじゃないか、くそっ。
字が綺麗なんで、余計に怖いわっ。
さらに2ページ目、「この先を読む者、汝、全ての希望をお捨てください」と書いてある。
たまたま知っていたが、これはダンテの「神曲」地獄編にある、地獄の門に書かれた文章にほぼそっくりである。
「む、無駄な知識を無駄なところへ使いやがってぇ」
正直、ホントに呪われそうな気がして先を読まずに元へ戻したくなってきたが、しかし、それ以上に興味が上回った。
ここまで脅すからには、さぞかし凄いことが書いてあるのではないか?
あるいは、いきなり自撮り裸写真がバンバン貼ってあるとか……いや、それはさすがにないか。あいつは、驚くほど貞操観念強いからな。よくアイドルが務まると、感心している。
しかし、続きが気になるのは否定できんっ。
俺は断固としてさらにページを繰り、さらに数ページほど「読んじゃ駄目ですっ」「仕返しに刺しますわ!」「本当に刺しますからっ」と散々脅された後、ようやく本文に辿り着いた。
○5月8日○
お兄様と再会してから、最初の日記です。
そう、わたしは再び、日記を書くことにしました。
特に深い理由はなく、マリアがお兄様と再会を果たした興奮からか、「生まれて初めて日記に挑戦だーー!」と勢いよく宣言していたので、わたしも久しぶりにまた書こうかと。
ちなみに、隠し場所には気を遣ったので見つからないと思いますが、もしもお兄様がこれを見つけて読んでしまったとしまったら……刺すのは許してあげます。
多分、薄い本の恨みでしょうから、おあいこですし。
でも、幼少のみぎりにお風呂で何度も裸体を見せてしまいましたし、後にはファーストキスも捧げました。
添い遂げる覚悟なくして、わたしは男性に接吻などしません。
この上、さらに日記まで読まれたとなれば、もはやわたしはお兄様に嫁ぐ以外に道はありませんわ。いえ、どのみち最初からそのつもりですけれど。
そう、最初に警告しました通り、これは正真正銘、幸せの呪縛なのです……ふふふ。
それを考えると、むしろ読んで欲しいかもしれませんわね。
明日は早朝から用事がありますのでもう休みますが、最後に。
お兄様と再会できてよかったです……運命を感じます。
今まで疑ったこともありませんでしたが、やはりわたしはお兄様と婚儀を結ぶ定めにあるのでしょう。
でなければ、わたしの性格で、どうしてアイドルなどが務まりましょうか。
全ては、愛ゆえにです。
では、おやすみなさいませ、お兄様。
隣の部屋から、愛をこめて。
――○――○――○――
「待て待て待てっ」
俺はここでようやく顔を上げ、左右を見た。
……いや、パラノーマルナントカの映画みたいに、そこらに隠しカメラでもないかと思って。あの子はやりかねんっ。
あと、ファーストキス?
そんなもん、知るか――と言いたいところが、あいにくこっちは覚えている。
さすがにあれは忘れん。
イヴもマリアも、六歳~十歳まで遊び相手になっていたが、俺が引っ越し直前に、二人からせがまれたんである。
まずマリアが、「アイドルになれたら、必ず彼女にしてくれるという約束の印に、ここはちかいのキスをしないと」という、わけのわからん理屈を申し立てた。
どうやら、二人で相談してそう決めたらしい。
マジかっと思って念のために俺がイヴを見ると、あの子はより思い詰めた顔で、俺に言ってくれた。
「前に生まれたままの姿もお見せしましたし、よい機会ですわ。わたしも、再会するために努力するはげみになります」
などと、こっちは「おまえホントに十歳かーーーっ」と思うようなことを言ってくれた。
マリアもそうだが、イヴも完全に思い詰めた顔でっ。
もはや、断れる雰囲気ではなく、やむなく厳かにキスした。
……あと、責任逃れする気はないが、昨日から二言目には「一緒にお風呂入った!」とか「お風呂で裸を見られたっ」と連呼されている気がするが、きっかけはあの二人にせがまれてだし、しかもみんなで風呂入ってたのは、二人が九歳頃までだったぞ!
その頃はまだ、胸だってまっ平に近かったはずだっ。
内心でぶつぶつ言いつつ、俺は息を吐いた。まあ……相互的に見て、初日の日記はイヴらしいとも言える。
しかし、言い出しっぺはまさかのマリアか。となると――
「公平を期すためにも、ぜひマリアの日記も読まないとなぁ」
俺は思わず声に出していた。
毒を食らわば、なんとやらと言うしな!