時が来たら、でっかい指輪買ってやるからな
食事後に、二人はようやく隣へ引き上げたが。
俺はその後、かなり大変な目に遭った。
無論、あいつらが俺の留守中に来襲した場合に備えて、不適切本――つまり、別名エロ関連本の数々をゴミ集積所に捨てに行くという作業である。
うちのマンションは鍵付き屋根つきのゴミ集積場があるので、そこは助かる……が。
自分では「大した量じゃないな」と思っていたのに、まとめてヒモで縛り、手で持てるだけの量を運んで往復するのに、四往復もかかってしまった。
お陰で風呂入って寝る頃には、どっと疲れていたりしてな。
久しぶりに、ぐっすり寝た。
――と思ったが、朝方に夢現の状態で二人の声を聞いた気がする。
俺はその時、てっきり夢の中の出来事だと思っていたが。
「早朝にお邪魔するのって、失礼じゃありません?」
むう……玄関口の方で声がしたような。
目覚めかけたが、なにしろ疲れてるし、俺は夢だろうと決めつけた。
衝撃的な日だったしな。夢に出ても不思議じゃない……そう考えた瞬間、浮上しかけた意識がまた眠りの中に引きずり込まれていく。
「しいっ。なに言ってんのよ、イヴ。にーちゃんがあたし達に鍵預けてくれたってことは、いつ来てもいいってことじゃん?」
「……それは、いわゆる拡大解釈では?」
「ま、まあ、怒られたら、次から時間ズラせばいいよ。今朝だけ、ほら今朝だけね、ねっ」
「わかりました、では今朝だけ」
最後にイヴの声がしたと思うと、今度は俺の周囲にふわっと良い香りが立ち籠めた。
「眠ってる、眠ってるよ、イヴ」
「そりゃ普通はお休みの時間ですし……あまり大声出さないようにしましょう」
「うん。でもまあ、せっかくマジック持ってきたし、やることはやるお茶目なマリアちゃんであった」
う……夢の中なのに、おでこがこそばゆい。
「……わ、わたしも書きたくなってきました」
「うんうん、いいねいいねっ。一人で怒られたくないし。共犯者ってことで、どうぞん」
しばらくして、またマリアの声が。
「ああっ、さりげなく差をつけようとしてるうっ」
「あら、わたしの正直な気持ちですわ」
そして、またもや額がくすぐったい。
俺はむにゃむにゃと声を上げた気がするが、やはり目覚めるところまではいかない。
そのうち、また微かな足音が離れていく。
「おやすみ、にーちゃん」
「おやすみなさいませ、お兄様」
それを最後に、俺は本格的に深い眠りに戻ってしまった。
そして翌朝の九時半……まあ、予想通り朝寝坊したわけだが、別に今の俺に決まった時間に起きるような用事はない。
いや、本当はハローワークへ行くべきだが、午後でもよかろう。
どうせ、今日も仕事は見つからん。
「ふわああ」
あくびをし、薄着のままで洗面所に足を運んだ俺は、歯を磨く段になって、「うげっ」と声が出た。
なぜか鏡の上部に記憶にない紙が貼ってあって、そこにはこう書かれている。
「そのうち、こういう甘い言葉↓を期待の二人より」と。
でもって、鏡に映った俺の顔だが、ちょうどそのメモ書きの「↓」印の下に、俺の額が映っているわけだ。
マジック使って、わけわからん二人分のセリフの書かれた、俺の額が!
……あのクソガキどもっ。
人のおでこに、落書きしやがった。
ていうか、夢で聞こえた声だと思ってたのは、実際の会話かっ。鍵の交換したかと思うと、早速、明け方に押しかけてきたのかっ。
「愛してるよ、マリア。時が来たら、でっかい指輪買ってやるからな」
「最愛のイヴ……式は海外で挙げような」
「あ、あいつらっ」
俺は急いでタオルと格闘して、ゴシゴシとおでこを擦った。幸い、油性じゃないのか、まあ落ちることは落ちるが、全部落とすのにだいぶ苦労したじゃないか!
昔もおでこにこんな悪戯書きされたことはあるが、当時はせいぜい「肉」とか、「チョコをほじゅうすべし!」とか書かれたくらいだからなっ。
妄想書いた長文にレベルアップしてんじゃねえっ。
ようやく汚れを落とした俺は、かなり照れくさい気持ちプラス、半分くらいむっとした気分でキッチンへ移動した。
さすがにこれは、小言だよなっと思いつつ。
「……う」
キッチンに入ると、そこのテーブルに、俺の朝食が置いてあった。
見慣れない可愛いお皿に載せてあるところを見ると、自分ちで作って運んできたんだろう。
おにぎりが四つに、キュウリの漬け物だった。そして同じくメモ書き。
『いつまでも元気でいてね』
……朝飯のおにぎりにつけるメモじゃないだろうに。
俺はまたしても鼻の奥がじんっとして、目を瞬いた。……たっぷり小言をくれてやると思ったが、まあ一言だけ注意にしておくか。