アイドル一杯マスター(というゲーム)
「……くっ」
悔しそうに顔を歪めながらも、じーさんは「君を信じなかったばかりに、危うく二人を失うところだった。面目次第もない」とはっきり述べ、深々と頭を下げた。
それから、驚いたことにマリアとイヴにも頭を下げ、「気苦労をかけてしまい、申し訳ない。改めてわしが社長に復帰し、事務所を建て直すから、どうか戻ってきてほしい」とこれまた頭を下げたのだなあ。
いやぁ、ちょっと見直したかも……まあ、ほんのちょびっとだけ。
二人も顔を見合わせ、口々に言う。
「そういうことなら、旅行から戻った後で、またお話を聞きますわ」
「そうそう。今はあたしら、旅立ちの時だからしてー」
意外にもじーさんが謝ったため、一応二人の怒りも収まったらしい。
ただ、じーさんはじーさんで、別のポイントで驚いてたけど。
「だ、男女で泊まり込みの旅行となっ」
うわぁ、言われると思ったぞ。
「一緒に行くったって、別にやましいことはしませんよ。今までだって、したことないし」
話すとと同時に、俺はすかさず何か言いかけたマリアとイヴの背中を、同時につねってやった。
どうせこいつら、「お風呂一緒に入ったのにっ」とか「こないだ雑魚寝しましたし!」とか、言わんでもいいことをぶちまけるに、決まっとるからな。
「……ぃっ」
マリアだけちょっと声を上げたけど、さすがにそれ以上はボロを出さなかった。
もう本当、また揉めるのは、ご免だからなあ。
じーさんが二人のお愛想笑いと、俺の引きつった笑顔を見て、なにを思ったのかは知らない。ただ、今回も見事に癇癪を堪えたらしく、深々と息を吐いた。
「ま、まあそのことは今はいい……それよりわしは、元々君に提案があって来たのだ」
「俺ですか!?」
一応、ぞんざいな口の利き方はやめ、俺は自分を指差す。
「二人を連れ戻す気なら、俺よりこの子達に」
「いやいや、これは君にしかできないことだ――実は、事務所を建て直すに辺り、人材も一新しようと思ってな。君にも協力願いたい」
「……と言いますと?」
俺の声音が用心深くなったのは、当然だろう。
このじーさん、また新たな難題を持ち出すのかと、身構えたからな。
しかし……ある意味ではその通りだったが、逆にある意味では、意外にもほどがある話だった。
「君とその子達の絆は思ったより深いらしい。ならば!」
俺を真っ直ぐ見据えたじーさんは、いきなり爆弾発言してくれた。
「君もその子達の思いに応えてやらぬか? 具体的には、マネージャーとしてのポジションはどうだ? 先に見習いとして、仕事を覚えるために付き人をやってもらうが」
「は、はあ」
うろんな返事になったのは、イマイチ言われたことが頭に染みこなかったからだ。
そのくせ、「付き人」という部分のみはすぱっと頭に入り、「俺を鞄持ちにスカウトするのかねぇ」とちらっと思った。
下っ端根性、丸出しである。
しかし――イヴとマリアは呆けたように黙り込んだのは一瞬で、次の瞬間、嘘みたいに声を揃えて叫んだ。
『採用決定ぃいいいいいい!』
「同時に指差すなよ……ていうか、鞄持ちの話か?」
びっくりして俺が見やると、二人揃って満面の笑みで言ってくれた。
「じゃなくて、マネージャーが到達ポイントだってば!『アイドル一杯マスター』ってゲームあるじゃん? あれだと思いなよっ」
「あ、マリアが良いこと言いましたわっ。そうですそうです、ゲームじゃなくて、リアルでやると思えばっ」
「ちょ、ちょっと待ていぃいい」
そもそも俺は、そのゲームは一時間で投げたっ。
まあ、やってたのは認めるが。
しかしそんな俺でも、あんな甘い職務がリアルにあるわけないのはわかるぞっ。
「いやいや、あたしとイヴがいるんだから、甘いって」
「おにいさまを甘やかして差し上げますわよ~!」
「これこれ」
聞いていたじーさんが苦笑した。
このじーさんも笑う時があるのか。
「まあ……確かに最初は楽とは言えぬが、この二人のためなら、案外君はちゃんと仕事をこなしそうに思うがな?」
真面目な顔に戻り、そんなことを言う。
じーさん、マジなのか!
俺はふいに、思いもしなかった選択肢を出され、頭の中がぐるぐるしてきた。
マネージャーって……務まるのか、俺? 前の仕事は肩叩きに遭ったばかりだし。




