決断後の逆転
じーさんは、電話に出るなりこっちの居場所を訊いて、「すぐ行くから、待っておれ!」などと、エラそうに言ってくれた。
「なんだこのじーさん、態度悪いなあ。段々俺も、おまえ達が事務所出る方を勧めたくなってきた」
「今からすっぽかして、一路北へ! てな手もあるよ、にーちゃん」
マリアがそののかしてくれたが、まあ俺だけならそうしただろうな。
俺が我慢しているのは、なんだかんだいって、「この二人がアイドル辞めずにすむように」って思ってるからだ。
二人ががんばっていたのを知らなきゃ、無責任に「おう、辞めろ辞めろっ」とか勧めたかもしれん。
「まあ……もう少しだけ待ってみようや」
結局俺が妥協して、三人で暗いロビーの中、待合所で座って待っていた。
多少の雑談もしたが、意外にも、あのじーさんはたちまちにして現れたね! おそらく、外へ飛び出してタクシーで直行してきたんだろうが。
変装のつもりか、羽織だけは脱いで、地味なコート着てたけど……俺達のところへ息せき切って駆けつけるなり、いきなり言ってくれた。
「若い娘が、こんな時間になにをしておるのだっ。もう家に戻りなさい。気が進まぬなら、近所のビジネスホテルで泊まる手もあるだろうが」
「とりあえず、座りましょうか、会長」
イヴが冷え切った口調で命じ、逆に自分は立ち上がった。
「いや……わしは既に社長に復帰していて――」
もごもご言いかけたじーさんを遮り、今度はマリアがすっくりと立ち上がった。
血筋は外人系だけに、やっぱこいつ、背が高いわー。
「ゴタクはいいから、座りなって!」
「うっ」
「おおっ」
日頃の強面がすっ飛んだじーさんはもちろん、俺までびくっとなったしっ。
ていうかこのじーさん、俺と相対した時の城壁みたいな不動の迫力は、どうしたよ? あっさり命じられて、座りやがってからに。
かくして、なぜか並んで座る俺とじーさんと、仁王立ちで見下ろすイヴ達という、わけわからん構図になった。
「お話の前に……まず、おにいさまの指摘したことは正しかったとわかったわけですね?」
魅惑の胸の下で軽く腕組みし、イヴがブリザードみたいな声で指摘する。
見下ろす視線が、冷たいのなんのって。
「おにいさまって、だいたい特に血のつながりは」
などと、じーさんが憎たらしいことを言いかけた途端、今度はマリアが「余計なことは言わないっ」とびしっと割って入った。
「イヴの質問に対する返事はっ」
「わ、わしは社長だぞ!」
「知りませんわ~、そんなの。わたし達、もう辞めますし」
「そうそう、じーちゃんが威張ったって、痛くも痒くもないわけ。契約書も、まだ仮契約で正式じゃないしね。脅したって無駄よ」
むう……就職が決まった大学生よりも強気の態度だな、おい。
まあ、辞める気満々だと、そうなるか。
「……わしにどうせよと言うのだ」
すっかり拗ねた態度になったじーさんである。
「おにいさまに謝罪しましょう」
「話はそれからってことで」
「わ、わしが謝罪だとっ」
俺の方を見ずに、言いやがる。
「そもそも無職なのは本当――」
「……こりゃ、確かに話にならんかもな」
俺はため息をついて立ち上がった。
「おにいさま?」
「決めた!?」
イヴとマリアが俺を見上げた。
「ああ……このじーさんに、社長の度量と資格があるとは思えん」
今までの仕返しじゃないが、俺もはっきり口にしてやった。
「おまえらを安心して預けられるような事務所じゃない。だいたいこのじーさん、いつの間にか事務所が迷走していたのさえ、さっぱり知らなかったくらいだしな。控えめにいっても、話にならん」
「ぬ、ぬうっ」
向こうは怒りで真っ赤になったが、シッタコトジャナイネ!
開き直った俺は、なかなか図太いのだ。
「では、参りましょうか?」
「行こう行こう、明日を楽しみにさっ」
イヴとマリアが自然と俺の手を取る。
「おう!」
最後に俺が大きく頷き、三人でロビーを後にしようとした――が。
「ま、待てっ」
じーさんが声を張り上げ、俺達は一斉にため息をついて振り返った。
「なにかご用でも、他人さん?」
しれっと言ってやると、怒りなのか我慢なのか……とにかく、仁王立ちのままプルプル震えたじーさんが、俺に言った。
「しゃ、謝罪する……最初の会見で君の話を嘘だと決めつけたのは、確かにわしの落ち度だった」
え……今更謝るのか、この人。
俺、せっかく決断したのになあ。
と思ったら、いきなりマリアが「声が小さいっ」と鞭みたいな声音で言い、イヴが「わたし達の方を見て低頭してどうしますかあっ」と一喝した。
こ、こいつらの方がじーさんより迫力あるぞ。




