頑固じーさん、思い切った手に出る
やむなく俺は、運転手さんにあまり聞こえないよう、それこそ囁き声で状況を説明してやった。
結論として、「事務所に乗り込んだってことは、あのじーさん、なにか思うところがあったんじゃないかー」と水を向けてやったが。
しかし二人は、「もういいんですわ、なんだって」とか「あたしら、以後の決心はついたからさー」とか、投げやりな言い方をしやがる。
「あ、もしかして!」
そこで俺は閃いた。
「おまえらの決断が薄々わかってきたけど、それって、あのじーさんの俺への態度がひどかったもんで、背中を後押ししたんじゃないか?」
……今度は二人して、無言!
こりゃ当たりくさいっ。
「いやいやっ、それだったら、俺のことなんていいんだよ。言われたことも、本当のことっちゃ本当のことなんだから。それより自分達のことを一番に考えて」
「いや、それは駄目だよ」
マリアがやけにきっぱり言う。
「にーちゃんとあたしの未来は、結局繋がるんだから。無視はできないんだ。あたしは好きな人の悪口言われて、平気でいられるほど、人間できてないから」
「……う」
俺が返事に詰まると、イヴが苦笑して追従しやがる。
「珍しく、先に思いの全てを言われてしまいました……でも実際、今日のおにいさまとあのオジサマの会見は、決定的な転機となりましたわね。今の社長はその娘さんですし、親が親なら、子も子ということでしょう。これで決心がつきました。もうあの事務所でお世話になることはありますまい」
「いや、ちょい待て」
思わず俺の声が低くなったのは、このあたりでタクシーの運転手さんが、ちらちら俺達を見始めたからだ。
内容的に、だいぶ際どいもんなあ。
ちなみに、スマホで朝日奈さんとやりとりしている場合じゃないので、『後でまた連絡入れます』とラインで送り、そっちはまた切ってしまった。
その上で、囁き声で説得を試みたのだが……あいにくこいつらの決意は固く、そのうち空港に着いてしまった。
こいつら曰く、「ホテルに泊まる前に、明日の航空券を買っておきましょう」ということらしい。
この一件で旅行が延びるのを、警戒しているのだろう。
まあ、アイドル歌手としては引退で、エロ路線メインのグラビア方面にチェンジするのは嫌だって気持ちも……そりゃ、わかるけどな。
他人の俺だって、可愛いいこいつらに、そんなことさせたくない。
グラビアアイドルが悪いとかの話じゃなくて、俺の感情的に。
とはいえ、俺はまだ、事務所の説得を完全に諦めたわけじゃない。
もしあのじーさんがなんらかの動きを見せたというのなら、じーさんが今、どういう気持ちなのか、知っておいた方がいい気がする。
今から思えば、妙な電話してきたのも、怪しいしな。
そこで、俺だけでも後でこっそりじーさんに電話するかと思ったところ――空港内ロビーの途中で、二人の足が止まった。
「……どうした? 明日の航空券を予約するんじゃないのか?」
尋ねると、イヴが眉をひそめてロビーの一画を指差した。
そこは簡易的な待機場所になっていて、長ソファーがいくつかとテレビがある……て、そのテレビにじーさんがっ。
気付くなり、俺は小走りに駆けてテレビの前に陣取った。
どうせ時間も遅いし、テレビ見てる奴なんか他にいない。
『は~い、テレビトキオの芸能チャンネルです! 今日は、方針転換で揺れている、プロダクション前から中継でお伝えしますっ。今、サプライズで大きな動きがあったので、早速お伝えしますねっ』
「わ、わっ」
リポーターより、その脇に立つ、紋付き羽織のじーさんにびびるわ。
なんと、俺が今日やりあった事務所の元会長……その名も、藤原宗源氏である。俺を無職呼ばわりしやがった、あのじーさんその人だ。
『それでは、会長! 元経営者として、事務所の売却になにかご意見がお有りだそうですがっ』
なんて張り切った声で、リポーターのねーちゃんがあのじーさんのマイクを押しつけていた。
場所はナントカプロダクションと看板があるビルの前で……こりゃ思うに、今揉めてる途中の、鞍替え寸前の芸能事務所だよな? こいつら二人の?
「え、これどういうこと?」
俺が思わず独白すると、追いついたイヴが説明してくれた。
「多分ですけど……元々、プロダクションが売りに出された件について取材にきていたリポーターと、今日そこへ乗り込んだおじさまが、かち合ってしまった――ということじゃないでしょうか」
「いやぁ、案外取材のタイミングを狙ったのかもよ? 理由は知らないけど」
同じく横に並んだマリアが呟く。
なぜか二人とも腕を組んでくるので、画面より腕に当たる左右の胸が気になるが――それどころではなく、いきなり画面の中でじーさんがやらかした。
つまり、美人リポーターからマイクを攫い、画面を睨んでこう言ったのだ。
『ふん、ちょうどよい。もしこれを見ていたら、すぐに連絡してくるのだ。誰の話といわなくても、わかるだろうな? 今日話し合った君、君だっ』
びしっと指差されて、俺は飛び上がりそうになった。
「ま、まさかとは思うけど、俺のこと!?」




