ねえ、駆け落ちしないっ?
とにもかくにも、なんとか笑顔で食事を終え、さあこれから二人の決意を聞こうか、という時――。
珍しく、スマホではなく、うちの固定電話が鳴った。
途端に、一番近い場所に座っていたマリアが、当たり前のような顔で席を立ち、電話へ走るのだな。
「おい、うちに掛かってきた電話じゃ」
俺は注意しかけたが、時既に遅く、マリアが「はぁあああい!」と無駄に元気よく、出てしまった。
キッチンとリビングは繋がっているので、リビングの電話口に出たマリアの姿は、テーブルからよく見える。
受話器を持ったこいつは、なぜか向こうの応答を聞いた途端、ヤケに機嫌悪い顔つきになった。声のトーンがガラッと変わり、ぞんざいな言い方で「なんなの、今更っ。もう手切れでしょっ」とすげー突き放したセリフをっ。
え、えっ? うちに掛かってきた電話じゃないのかよ? なんだその、元彼を冷たく振るようなドン引きセリフはぁ。
いや待て、もしかしたら!
「おそらくは、お兄様が今日お会いになった、オジサマでしょうね」
イヴがこそっと話しかけた。
ああ、なるほど……あのじーさんか。
そりゃ俺でも愛想悪くなるわ……返信メールに、電話番号なんて書かなきゃよかったな。
マリアのブリザードみたいなセリフにもめげずに、受話器の向こうでじーさんはなにやら捲し立ててるらしい。
顔をしかめて聞いていたマリアは、「なに、その質問? あたしが一時の気の迷いだとでも!?」などと、激しく言い返している。
な、なんの話だよ……いや、なんかだいたい、想像つくけど。
俺とイヴが顔を見合わせている間に、マリアがまたしばらく沈黙した後、「だから、あたしはマジで愛してるのっ。え? そうだよ、普通に死ねるよ、うん。疑うわけ?」などと、エラい内容が気になるセリフをっ。
な、なんの話よ、ホント!?
そのうち話が終わったのか、それとも投げたのか、マリアはいきなりイヴを指名した。
「イヴにも訊きたいってさー」
「……わたしには、お話などないのですが」
冷え切ったセリフだったが、俺が横から「ま、まあ出るくらい、な?」と水を向けると、「しょうがないですわねっ」と不機嫌そうにマリアと電話を替わった。
もちろん俺は、戻って来たマリアに速攻訊いたさ!
「なんの話だよ? あのじーさんだろ?」
「うん、あのじーさん。もうどうでもいい人」
うおっ。なぜか俺が、ぐさっと来た。
俺、普段は二人から優しい扱いがほぼデフォなんで、こいつらが一度見放したら、すげー冷たい声音になるのを、初めて知ったな。
俺なら、こんな風に言われたら、その足で近くの踏切に走るわい。
「あ、ていうかっ、スピーカーにすりゃいいんじゃないか?」
俺が手を叩いた途端、電話を交代したイヴがふいに話した。
「ええ、愛していますけど? お疑いでしょうか」
「むわっ」
な、なんの話だよ、だからっ。まさか、じーさんを愛しているかどうかの話じゃないだろうな?
さすがにそれはないか。
つーか、スピーカーモードにしろよ、スピーカーモードにっ。気になるだろう!
俺が身振り手振りで、イヴに向かって『スピーカーにして、俺にも聞かせろぉおおっ』とジェスチャーしてるってのに、このガキ、俺を指差して笑いやがった。
「うふふっ。お兄様の百面相っ」
「誰が百面相だ! しまいにはスカートめくるぞ!」
憤然として言い返したが、イヴはまた無視して、笑顔の引っ込んだ顔で向こうの話を聞いていた。
「それは、マリアと同じくですわね。喜んで死ねますわよ」
言い切った数秒後、自分から「お話は以上です。これ以上、お互いに言うこともありますまい」なんて骨の芯まで凍えそうな声で申し渡した途端、ガチャ切りしやがった。
しかも、イヴが戻って来ようとした途端、また電話が鳴ったんだが、今度はむっとして、配線から切っちまいやんの。
虫も殺さない顔して、徹底してんな、おいっ。
「う、うちの電話なんだが?」
「いいから、マリアもお兄様も、スマホの電源を落としてくださいな。でないと、今夜中鳴りますわよ、多分」
「うわぁ、さいてー」
マリアが即、言われた通りに切ったので、なんとなく俺もそうした。いや、俺だけ取り残されて、じーさんの話し合いとか、嫌だしな。それこそ、ぞっとしない。
「あ、あたし今、いいこと思いついた!」
スマホを戻したマリアが、ふいに目を輝かせた。
「いや、もう夜だし――」
俺の発言を無視して、マリアが叫ぶ。
「ねえ、駆け落ちしないっ?」
「……は?」
意表を突かれた俺が絶句すると、膨れっ面になったイヴを見たマリアが、慌てて訂正した。
「今回は三人でねっ。三人で駆け落ち!」
……駆け落ちって、普通は二人でするものじゃないのか?




