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覚悟の夜

 その晩は、さすがに一昨日みたいに豪華なビュッフェ飯ではないが、三人で俺の部屋に集まり、カレーパーティーとなった。


 いや、二人揃って帰宅した時刻は遅かったけど、わざわざ作ってくれたのだ。


 どうせ夕飯はいつものようにコンビニ飯みたいな感じだったので、二度目の夕食も、俺にとっては余裕だった。





「にーちゃんさ、どうして今日はわざわざ来てくれたの?」


 食べている間に、マリアがふと尋ねた。

 途端に、隣のイヴもスプーンが止まったりしてな。


「いや、タイミングが合えば、いつも行こうと思ってんだよ。現に刺されそうになった時だって、来ただろ?」

「ええ、ええ、覚えていますともっ」


 イヴが身を乗り出すようにして言う。


「では今後は、予定がある時は、お知らせしますね」

「お、おお」


 思わず胡乱な返事になったのは、その度に出費になりそうでたじろいだからだが、早速マリアが察して、横から俺の背中を叩いた。


「大丈夫だって! あたし達程度なら、今日みたいなイベント多いから、ほとんどお金いらないよっ」

「いやいや、今後はわからんぞぉ……て、それで思いだしたけど」


 最後の一口を食べた後、俺はなんとなく居住まいを正す。


「まだ特になにも思いついてないけど、明日、事務所の前社長に会いに行く。一応、ネットで自宅も調べたしな……どうも、一人暮らしらしい」



「うわぁ」

「まあ」



 マリアとイヴが揃って声を上げた。

 その目つきが、なんというか鮫に食われる寸前の被害者を見るような感じで、だいぶ気になったぞ!


「な、なんだよ、その目? 言っておくが、帰宅した後、ちゃんとメールして約束は取り付けたぞ」


 そう、前社長は未だに名目上は「相談役」であり、なぜか事務所のページにも、小さく名前とメルアドがあったのである。


 これ幸いと、そこにメールして約束とりつけたわけだ。

 正直、素直に会ってくれるとは思わなかったけど、意外にも返事は即答で「会おうじゃないですか」だった。


「それはよかったですけど……あのおじさま、以前社長だった時、アイドルに手を出したファンを殴ったりしたこともあって」

「そうそう。あと、社員だって時には容赦ないよね……事務所所属の子に馴れ馴れしくしたら」


「え、ええっ」


 なぜか自分がオーバーモーションでじーさんに殴られる場面を想像し、俺は青ざめた。


「俺は殴られるようなことしてないぞっ」


「えー、それはどうかな」

「多少、手を出すどころじゃない気がしますわ」



「な、なんでえっ!?」


 特にイヴの指摘に、悲鳴のような声が出たねっ。


「だってー、少し前まで、一緒にお風呂に入っていたわけですし、昨日なんか三人で寝ましたし」

「おい、今更そんなこと言うかあっ。風呂って、いつの話だよ! あと昨晩だって、俺は我慢して手なんか出してないぞっ」


「でも、あたし達のおっぱい見たじゃん?」


「み、見てないわいっ」

「え、わたしも見られたと思いましたけど。少なくとも、下着は見ましたよねっ」

「だから、今更そういうことをっ」


 不毛なことにむきになりかけ、俺は途中で気付いた。

 こいつら、からかってやがるっ。


「けっ、人をダシに遊ぼうったって、そうはいかない。向こうだっていい大人なんだし、そんなアホみたいな会話になるかって」

「まあ、それはわかりませんが、とにかく――」


 謎のセリフと共にイヴが立ち上がると、マリアもすっと席を立った。


「そう、とにかくお礼はしたいわね」


 二人で左右から俺を囲み、そっと首筋に抱きつく。

 身構えた俺は、何事かと密かに戦慄した。


「な、なんだよ……急に殊勝になりやがって」

「そう硬くならないでくださいな……ただこうして抱きついて『いつもありがとうございます、お兄さま』ってお礼を言いたくなっただけですから」

「そうそう。別に硬くならなくていいのよ……それとも、そんなサービスしてほしい?」


「だから、無理に下ネタに持って行くな、マリアっ」


 俺は思わず叫んだが、うっすらと赤い顔の当人を見れば、照れているのが丸わかりだけどな。

 こいつらのためにも、今後も安心して歌えるように保証を取り付けたいところだが……我ながら不安だわな。


 相手は一筋縄ではいかないようだし。


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