萌える復讐を決意
散々、くすぐられて顔が真っ赤になる頃、ようやく解放してもらえた。
腹立つんで、こっちも「それなら俺だって、揉みまくる権利あるなっ」と思って、逆襲に出たのだが、戦力比2対1は大きかった上に、俺には昔にない遠慮があった。
だいたいマリアもイヴも、ほんの五年前まで似たような悪ふざけしてたからな……おんなじつもりでやってるんだろう。
当時はこの二人も成長途上だったし、年齢が年齢なので、こっちもふざけ合うことができたんだが、今はちょっとな。
とにかく、俺はようやく呼吸を整え、自分のために入れておいたコーラを飲んだ。
「あ、わたしはお代わりでコーヒーが飲みたいですわ。いいですか、お兄様?」
ティーカップを空にしたイヴが頼んだ途端、当然のようにマリアも主張した。
「あたしも、あたしもっ。炭酸ものか牛乳か、どっちかある?」
「お、おぉ……まあ、冷蔵庫開けて調べてみて、好きなのを飲むといい。コーヒーは食器棚な」
「わかりました」
「冷蔵庫、空っぽじゃないといいなー」
うちは2DKで、リビングとキッチンが併用なので、元気にソファーから立ち上がって、二人でわいわい用意する様子が見える。
当時もそんな感じだったが、いま現在の後ろ姿見てると、どうも腰やら両足やらに目がいくな。よくぞこんな格好で、ここまで来られたもんだ。
……バレないように、気をつけてチラ見しよう。
「お兄様、それはそうと、忘れないうちにお願いしますが」
振り向いたイヴが小首を傾げた時、俺はわざとらしくコーラを飲んでいた。
危なかった!
「後でまた、鍵の交換お願いしますね」
「あ、よく思い出してくれたよ、イヴっ」
俺が買っておいた牛乳パックを、遠慮なくラッパ飲みしていたマリアまで、当然のような顔で頷いた。
「せっかく複製作ったのに、ちゃんと交換しなきゃね」
「鍵の交換っ!?」
「そうですわ」
驚く俺を訝しそうにイヴが見やる。
「昔もしていたじゃありませんか。下校時刻が全然違うから、わたし達が先に遊びに来られるようにって」
「にーちゃんちの探索は面白かったなあ。カーペットの下に薄い本が隠してあったりしてさー」
「ぐほっ」
いかん、コーラが気管に入ってむせたっ。
「げふっげふっ。おまえ、あれ見つけたのかっ」
「……黙ってなきゃ駄目でしょう、マリア」
イヴがため息をついた。
「お兄様だって、内緒にしたいことがあるのですわ」
そして、またしてもおまえもかっ、イヴ!
「あ、そうだったねぇ。ごめんごめん、にーちゃん。ずっと知らんふりしてたのに、五年経ってバラしちった。きゃははっ」
なにも反省してない顔で明るく笑いやがって! おまえは確実に、俺の心に「あかっ恥」という名の爪痕を残したぞっ。
ちくしょう、割と完璧な隠し場所だと思ったのにっ。
「薄い本とかエロ本くらいじゃ別に気にしないからさ、鍵の交換頼むね、にーちゃん」
ツインテールの先っぽを弄りつつ、マリアが照れた顔で頼む。
俺は、照れるどころの騒ぎじゃないけどなっ。
「交換してくれたら、そのうちあたし達が、あの本みたいなことしてあげるっ」
「やかましいっ」
さすがに顔が真っ赤になった気がする。
けどまあ、今のでちょっと決心ついたぞ。大人になっちまった今、鍵の交換なんかとんでもねーと思ったが、気が変わった。見てろよ、ちくしょうっ。
俺も、特に用がなくてもおまえらの部屋まで遠征して、あちこち見てやるからなあっ。
器の小さい復讐心に萌えた……じゃなくて燃えた俺は、密かに決意した。
「わ、わかったよ……交換な」
いかにも渋々するように、頷いておく。
今夜は眠る間も惜しんで、うちにある「不適切本」をゴミ捨て場に運ぶ必要が生じたが、やむを得まい。
そのうち二人が戻ってきて、それぞれ自分の飲み物をローテーブルに置いた。
「そういやおまえら、帰宅時間大丈夫か? 夜に電車乗ると、その格好じゃ正体バレるだろ。どこに住んでるんだ?」
俺は今のうちに、住所の確認を試みた。
「ご心配、ありがとうございます」
笑顔でマリアが低頭してくれた。
「でも、わたしとマリアは、今日の午後からお隣に住んでいますし」
「そうそう、帰宅に要する時間は五秒でしたぁー。これもサプライズだよねっ」
「五年ぶりに、あるべき形に戻りましたわね。……昔みたいに、お兄様のお世話もいろいろできますわ」
「えぇええええっ」
まさかと思っていた俺は、本日二番目くらいの驚愕に襲われたねっ。
午後から隣がバタバタとうるさかったから、誰か引っ越してきたんだろうなとは思ったが、こいつらだったか!
これは……不適切本を捨てに行く時、抜き足差し足で廊下を歩く必要があるな……。