こいつらの胸に、とっても触りたいっ
遅まきながら責任を感じ、慌ててハンカチを出し、「ほら?」と声をかけ、顔を上向かせて、涙を拭いてあげた。
向こうは随分と驚いていたが……そういや、ちょっと馴れ馴れしかったかな?
まあ、嫌がっているようには見えなかったで、よしとしよう。
「俺は朝日奈さんを本好きの読書仲間だと勝手に思い込んでいて、それもよくなかったと思う。まさかと思ったんだ」
「まさか、私が好きになるなんて、ですか?」
「ま、まあ……ただのおっさん間近の無職だしな」
「別に属性で人を好きになるわけじゃないと思います」
きっぱりと言ってくれたが、いやいや、それでも普通は無職のおっさんはモテないって。
「とにかく、わ、私は本気ですからっ。今後もお付き合いを続けたいと思っていますから! そしてゆくゆくは――」
勢いよくそこまで言った後、はっとしたように俺を見る。
俺が静かに聞き耳立てているのに気付くと、またぼっと真っ赤になって、「と、とにかく本気なんですうっ」と掠れ声を出した後、身を翻して階段を駆け下りていった。
……止める隙もなかったぞ。
お、追いかけなくて大丈夫かな? それは平気か……さすがに一人で電車に乗ってここまで来たわけないしな。
一人で安心した後、俺は気付いた。
「や、ヤバっ。戻らないと!」
待ち人を思い出し、俺も慌ててその場を立ち去った。
どうやら俺は、思いのほか長く時間を潰しちまったらしい。
エレベーターホールへ行くと、もはやイヴとマリアしかいなかった。みんな、撤収するの早いなっ。
おまけに、この二人もドレス姿のまま、ずーんと暗い表情で立ってたりして。
「遅れて悪いっ。……て、なんだよ、暗い顔して」
「事務所からメールが――」
「……届いたんです」
マリアの暗い呟きを、さらにイヴがどんよりとした声で引き取る。
「まさか、グラビアアイドルに転校しろとかかっ」
焦って尋ねたが、これは違ったのか、首を振られた。
「そうじゃなくて、この前のオーディション、見事に落ちたぁあああああ」
いきなり語尾を引き延ばしてマリアが喚き、「お兄さま、慰めてくださいいいいいっ」とイヴが胸に飛び込んでくる。
「あ、あたしより先にずるいぃいいっ」
二秒ほど遅れて、マリアもしがみついてきたりな。
二人とも、付き合いがむちゃくちゃ長いので、こういう時は遠慮がない。
でも男の俺は、二人の成長ぶりに現在進行形で戸惑っているわけで、今も左右から胸を押しつけられて、かなり参ってしまうわけである。
実際、「ああ、弾力のあるこいつらの胸に、とっても触りたいっ」と思ったりするしな。
「ま、まあ、また次があるさ、次が。もっとふさわしいアニメの声優に選ばれるかもだし、そう気を落とすな。景気付けに、三人でどっか遊びに行こう、そのうち」
「たとえば――」
「……どこです?」
「その、連携して質問するの、やめいっ」
俺は顔をしかめて言い放ち、それから首を傾げた。
「そうだなあ……最近、とんと行ってないし、ゆ、遊園地とか?」
なぜ口ごもったかというと、俺はジェットコースターが苦手なんである。
しかし、遠い記憶によると、こいつらがガキンチョの頃に一度三人で遊園地いったけど、逆にこいつらは大の得意というか、ジェットコースター乗りまくりだったような。
「まあしかし、もう中学生だし、この際は渋く博物館でも」
言いかけた時には、もう二人はハイタッチでパーンと掌を鳴らし、「遊園地で決まり」「ですわー」と早速盛り上がっていた。
……今までの哀しみはどこ行ったんだよ、おい。
まあ、やせ我慢気味なのは見てわかるけど。
「それはそれとして、にーちゃん、ヤケに遅かったね?」
マリアが思いだしたように尋ね、俺はちょっと焦った。
その件はもう、流れたものと――
「……怪しいですわね」
イヴがいきなり突っ込んだ。
「お兄さまが口ごもる時は、大抵、女性が絡んでいます」
「本当か、にーちゃん!?」
マリアまで迫ってきたあっ。
「だあっ、いちいち疑うなっ。多少遅れたとはいえ、大したことする時間、なかっただろうがっ」
思わず大声を出したら、「まあ、それもそうですわね」「そこまでモテるはずないしね」と、二人で納得してたが。
……それはそれで、なんかむかつく。




