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私が貴方に対して好意を持っているのは、もうご存じでしょう?

 幸い、俺の渾身の目線に気付いてくれたのか、霧島さんはプロのアイドルらしく、華麗に立ち直り、何事もなかったかのように、口上を続けた後、歌い始めた。


「はぁあああああああ」


 ため息が出るわー。

 ホント、他人事とはいえ、寿命が三ヶ月は縮んだ気がした。

 歌が始まると同時にガコッと音がして客席全体が回転を始め、歌う霧島英美里の周囲をぐるぐる回り始める。


 回転速度がゆっくりなので、一週あたり十分近くかかるけどな。


 あと、俺達のテーブルが彼女の視界にある間、霧島さん(朝日奈さん)の視線がちらちらこっち――もっと言えば、俺を見ていた気がしてならない。

 なぜか俺まで緊張して、視線をいちいち受け止めていたりして。


 お陰で、テーブルが彼女の視界から離れたところに行くと、「ふへぇえええ」と息を吐いて、脱力しちまったよ。





「なぜか疲れたっ」


 曲も素晴らしいし、それに伴う振り付けも見たくてたまらないのだが、緊張してしまうのがなんとも。俺、読書少女だと思って見てたからな。


「……て、おい? なんでおまえらまで、へたり込んでる?」


 気付けば、イヴもマリアも、テーブルに突っ伏して、むくれていたりして。

 いや、マリアはむくれている感じだが、イヴなんか悲壮な表情浮かべているな。


「だってさー」


 顔をかろうじて横に向け、マリアが俺を見上げる。


「あたしらが想像していたより、あの人はにーちゃんに本気っぽい――」

「しっ」


 途中で、死んでいたイヴが焦って止めた。

 抱きかかえるようにして友人を引き寄せ、こそこそと叱責している。


 よく聞こえなかったが、『わざわざ意識するようなことを言っては駄目ですっ』的なセリフが聞こえたな。


 つか、その前にマリアが口走ったセリフは大半、聞こえたんだから、今更おせー。

 要するに、あの子が俺に本気っぽいから、ショック受けたって話だろうがー。


 んなわけあるか、馬鹿。

ほぼおっさんに近い年齢ってのは、おまえ達みたいな物好きは別とっして、ほとんどの若い女の子には、マイナス要因だっつーの。


 たまたま本の好みが似ていたから、少し意識しているだけだろ。


 今まで奇跡的に男と付き合いがなかったようだし、不思議はないわな。

 自分でそう考えた途端、想像以上にしっくりと納得がいき、俺はその後はかなり心穏やかにステージを見守ることができた。


 ……イヴとマリアは、相変わらずむすっとしていたが。





 彼女が予定の曲数とアンコールまできちっとこなし、ディナーショーはつつがなく終わった。途中、霧島英美里がマイク持って各テーブルを回るような場面もあったが、こっちには来なかったな。


 まあ、正解だろう。

 あの子だって、ライバル……というか、同業者の女の子と仕事中に合わせたくあるまい。


 というわけで、予定は無事終わり、霧島英美里も引っ込んで、客達はそれぞれ席を立ち始めた。メインイベント終わったので、これも当然だ。





「ほら、俺達も帰るぞー」


「はいはい」

「ようやくですかー」


 マリアもイヴも、立ち上がった時は思いっきり手を上げて伸びをしていたな。


「先にエレベーターホールで待っててくれ。俺、トイレ行ってくるよ」

「いいけど、早く来てねっ」

「わかってる!」


 マリアに手を上げ、俺は混雑しないうちにトイレへと走った。




 

 ……事件というか異変は、そのトイレ後に起こった。


 手を洗い、トイレを出て、急ぎ足で非常口の前を通り過ぎようとしたのだが、なぜかそこのドアが細く開いていて、「へ?」と思って立ち止まった途端、その隙間から白い手が伸びて、俺を引っ張り込んだのだ。


 めちゃくちゃ素早かったので、誰も気付かなかったほどだ。




「わわっ」


 気付いた時には、バタンと金属製のドアが閉まり、女の子と二人きりっになっていたという。

 しかも、ついさっきまで円形ステージでガンガン歌っていた霧島英美里こと、朝日奈桜子さんである。


「き、君かっ。びっくりした!」


 ていうか、ステージ衣装……というには布地少ないが、とにかく素肌の部分に汗かいているのまでわかるんだが。

 ホントに引っ込んでから、速攻でここに潜んでいたのか。


「ど、どうしたの!?」

「あのっ。どうしてもお尋ねしたくて!」


 朝日奈さんは、据わった目つきで俺を見つめた。

 髪を下ろしているし、印象が大人っぽくなって色っぽい。

 

 俺の眼下は魅惑的な胸の膨らみだし、余計にだ。


「な、なにっ」

「今日のアレは……どういうことなんでしょう? 私に見せつけるためだったんですかっ」

「へっ」


 俺のうろんな返事を聞き、朝日奈さんはじれったそうに捲し立てた。



「だってだって、私が貴方に対して好意を持っているのは、もうご存じでしょう? それなのに、あの二人をお連れになってわざわざ今日来るということは、私のことなんかどうでもいいってことなんでしょうかっ。二度と会いたくないと!?」



 ……か、顔が真っ赤だ。


「いや、まさか! そもそも俺、君が今日歌うことすら、知らなかったんだけど」


 慌てて言い募り、俺は事情を説明してやった。

 まあ、電話番号違いで、歌手変更が伝わってなかったという、寒すぎる事情だが。

 なにより驚いたのは、素早く説明を終えた途端、彼女が「よかったぁ」と震えるような声を上げ、ぽろっと涙をこぼしたことだ。


 慌てて顔を覆ったので、それ以上はわからなかったが、泣いていたのは間違いない。


(え……もしかしてこの子、俺に本気だったのか?)


 さすがの俺も、ちょっとそんな気がしてきた。 



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