この子ほどのプロが、本当に動揺して我を忘れているとか
ディナーショーという名の、鯨飲馬食パーティーも、いよいよ佳境を迎えたようだ。
徐々に料理を選ぶ人の数が少なくなり、代わりに給仕が各テーブルを回り、ワインなどの銘柄を訊いて回っている。
俺達はもちろん、紅茶かコーラなどのソフトドリンクだが、こそっと周囲を見ていると、そういう人は多くてほっとした。
まあ、呼ばれたのがティーンのアイドルだしな。
若者率も高い。
そして――イヴやマリアの軽口も段々少なくなり、彼女達もまた緊張しているらしい。その緊張感が高まった頃、ようやくスーツ姿の司会が姿を現し、もうなんの前置きもなく、高らかに告げた。
「お待たせしました、皆さん! 今をときめく女子高生スーパーアイドルにして、売れっ子歌手の――」
などと告げた時点で、まだそこまでじゃないアイドル二人組は、一斉に顔をしかめたというね。
「ぎぎぎっ」
「悔しいですわぁああ」
「おいおい、気にすんなって。あんなのは常套句だろ? パチンコ屋の『本日開店!』と同じことだよ。おまえらなんて中学生だし、それだけで結構、勝ってるぞ」
小声で慰めてやったものの、逆にイヴがむっとして「勝っているのは、若さだけですかーーっ」と逆に突っ込んで来やがった。
……もう余計なことは言うまい。
幸い、司会の紹介はもう終わりかけで、派手な動作で腕を振り上げ、さっと中央のステージに手を振る。
すると……おお、この円形ステージ、下から人が迫り上がってくる仕組みなのなあっ。
ステージはそこそこの広さがあるのだが、そこは所詮、レストラン内である。
後ろで踊るバックダンサー? みたいな子が三人ほどいるだけで、あとは朝日奈……じゃなくて、霧島英美里その人だけだ。
居場所がないので、楽器担当とかは省いたらしく、あの子の歌以外のBGMは、ホテル側が放送で流すらしい。
まあ、打倒な判断か。
しかし、いつも髪をまとめていた霧島さんだが、髪を下ろすと緩くウェーブがかかった髪が腰まで届き、むちゃくちゃ大人っぽい。
しかも下はレギンスで、上もへそが見える薄着のノースリーブだぞ。さすがに下半身を覆うレギンスの上には、ひらひらの透明スカート着けてるけど、普通に七割方見えるしなっ。
未成年が公衆の面前で、いいのかこれっ!?
もう身体の線とか見えまくりなんだが……相当節制しないと、あんなコーラ瓶みたいなスタイルにならんわなあ。
「皆さん、今晩はありがとうございます! ヴァンパイアガールズの皆さんが大変なことになったので、急遽、この霧島英美里が歌いますっ。よろしくお願いしますねっ!?」
俺が口を半開きにしているうちに、霧島さんは元気に挨拶していた。
すると、レストラン内のあちこちから、「英美里ちゃーん」とか「英美里ぃー、愛してるぅううう」とか「この日を待っていましたっ」などの声援が飛ぶわ飛ぶわ。
秋葉原のステージかっつーの。
今まではみんな大人しかったのに、やはり客層が普通のディナー層と違うわなあ。
……などと痛々しく思いつつ、俺の視線はその間も、霧島さんの胸と腰を浅ましく往復するのだな。ああ、男はわかりやすい。
だがしかし、両足の爪先を同時に思いっきり踏まれた。
「――っいぎ!」
危うく叫びそうになり、慌てて、口を押さえた。
『なにすんだよっ』
考えるまでもなく犯人の二人に、ガミガミと(小声で)文句をつける。
だいたい、同時ってのが解せん。タイミング合わせた予兆もなかったのに。
「イヤらしい目つきしてたもんっ」
「ホント、わたしというものがありながら、ひどいですっ」
なんという、理不尽なセリフ! だいたい、ステージ見ないで俺を観察するなとっ。
うかうか、あの子のスタイル堪能もできん。
「いや、おまえらも、真面目に見て聞いてろよっ。せっかく同業者のステージをじっくりと見られる場面だぞ、ほらっ」
ぱっとまたステージの方を見ると――。
おいおい……なぜか霧島さん、凍りついたように俺達、いや俺の方を見て動かなくなっているんだが?
え、どういう演出だ、これ。まさかこの子ほどのプロが、本当に動揺して我を忘れているとか、そんなことないよな? 俺とばっちり視線が合ってるけど。
「――そ、その」
口を半開きにし、霧島さんがなにか言おうとした……俺を見つめつつ!
まだドーナツ状の外周に当たる、客席部分が回転を始める前なので、視線はあくまで俺に固定したままっ。
そろそろ周囲がざわめき始めている。
俺はとっさに、いちファンを装い、「英美里ちゃん、最高ぉおおおっ」と口元に手でメガホン作って叫んでやった。
頼む、正気に戻ってくれ。
週刊誌にあることないこと書かれたら、俺はともかく、君の立場がヤバいっ。




