あたし今、いいこと思いついたっ(byマリア)
しかし、勝手に帰ると、後でさらに無茶難題を言われるしな……などと迷っている間に、二人とも眉をひそめつつ戻って来ちまった。
「どうだった?」
「ちゃんと連絡したけど、電話が繋がらなかったって」
マリアがむすっと言う。
「で、そんなはずないっ、あたしはちゃんと予約する時に電話番号伝えましたよって言うと、調べてくれたんだけど、担当さんが書いたメモ書きは、番号が一つ違ってたの。7のところを、1って書いてる」
「あぁ、なるほど、ヒチとイチを聞き間違えたか。おまえ、なぜかたまに7をヒチって発音する時あるからな。それがイチに聞こえたわけだ」
俺は慰めるように金髪を撫でてやった。
本音を言えば、どう考えてもイヴが悪い気がするんだけど、それはあえて言わない。
「誰が悪いってアレじゃないさ。不幸な偶然ってわけだ」
「うう、にーちゃん、ここは子供扱いしちゃ駄目なところだよ……」
小さく文句を言ったものの、顔はにやけてるし、撫でられて満更でもなさそうだった。ついでに、またイヴがつまらなそうにしていたので、イヴも手招きして一緒に撫でてやった。
「く、くすぐったいですわ、お兄さま」
おお、この子も文句は言うけど、嫌がってないな。
濡れたような瞳で見上げ、むしろ督促している感じだ。
昔から撫でられるの好きだな、二人とも……そこは変わってないか。
「それで、諦めて見ていくのか? それとも帰る?」
「返金できなくてもいいから帰ろうと思ったけど、あたし達がそう言うとなぜか、『今回の事故は当ホテルにも責任がありますので、ではご返金致します。ですが、せっかくですから、予定通りディナーショーをお楽しみください。料金は頂きませんから』とか言われちゃった」
「マジか!」
俺は震撼した。
「本当なんですわ、それが。随分と気を遣って頂きました」
イヴがコクコク頷く。
いや、悪いが驚いたのはそっちじゃないのだよ、イヴ。
そうじゃなくて、当初は返金してもらわなくてもいいから、帰ろうとしてたこいつらにビビるわ。
俺はなんでもいいから、メシが食いたいんだって!
決断前に、俺の意見を聞けよとっ。
自動的に巻き添えかーい。
……まあ、結局お金は戻った上に、さらに普通にディナーショー参加できるらしいから、蒸し返さないけどな。
これでもし、一円も戻らずに帰るだけになってたら、さすがの俺もガツンと言うぞ。
なんてことは喉の奥に押し込め、俺は引きつった笑顔で促した。
「そうか、じゃあせっかくだからご馳走になろうじゃないか」
『はぁーーい!』
二人が元気よく答える。
返事だけはいいからな、いつも。……声が可愛いし。
最上階に着いた。
周囲がほぼ全面ガラス張りの、展望台みたいなフロアが、今回のディナーショーの舞台である。
普段から高級レストランとして営業しているが、今夜は中央に常設されたステージで、あの子が歌って踊るわけだ。
えー、朝日奈桜子ちゃんならぬ、霧島英美里ちゃんが。
読書好きの高二にして、人気アイドルだっけか。
ちなみに、円形をしたこのフロアは、いざステージが始まると、客席がフロアごと回転する仕掛けであり、どこに座ろうと、歌手の姿が全身これ、まんべんなく見られると。
……なんかこう、妙にえっちな期待をしてしまう説明文だったが、入り口横にそう書いているので、仕方ない。
まさか水着で歌わないだろうから、まあ関係あるまいさ。
そう思っていざ入ろうとしたら、マリアとイヴが並んで俺をガン見してて、仰け反りしそうになった!
「わっ、なんだよっ」
「……にーちゃん今、そのステージ説明文読んで、あの子の前も後ろも見られるとか、エロい期待してたね!」
「し、してないわいっ」
「でも、『どこかえっちな説明だな』くらいは考えてましたねっ」
次にマリアがびしっと俺を指差す。
「そ、想像はした、うん。でもそりゃ本気で期待したからじゃないっ」
そう答えると、二人揃って『はぁあああああ』っとでっかいため息つきやがるの。
「もうねぇ……頼むよ、にーちゃん? ステージなんか見ないで、あたしのドレス姿見てよ」
「わたしなんか、お兄さまがステージを熱心に見始めたら、腕を引っ張ります!」
「なにしに来たかわからんだろ、それっ」
言い返してから、アホらしくなって俺は二人の背中を押した。
「いいからほら、とにかくメシだメシ、噂の豪華ビュッフェ。せっかくロハになったんだから、食べないとな」
実際、彼女のステージが始まるのは、客が十分に満腹するであろう時間帯なので、今はひたすら食うのが吉だ。
……と言い聞かせたら、俺に押されつつもマリアが、「あたし今、いいこと思いついたっ」という輝く笑顔で振り返った。
「そうだっ。食べるだけ食べたら帰ったらいいんだ!」
「――っ! マリア、今夜は冴えてますわっ。それです、それっ」
「こーんな簡単なことに今まで気付かなかったのは、不覚だったね!」
「でも、寸前で気付いたのですから、お手柄ですわっ」
「えぇえええええっ」
不満の声を上げたのは、俺一人である。
「なんですかー、そんなに見たいんですかあ、えっちな姿のあの方を」
「そうだよっ。正直そこまで粘られると、浮気されてる気がする!」
「最初から、えっちな姿とか、決めつけんなあっ」
無茶ばかり言いやがるからな、こいつら。
……でもホント、そういや俺、朝日奈さんのステージ、ちょっと見たい気持ちはあるな。
そう言うとマリアとかがまた四の字固めしそうで、言えんけどな。




