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もう、ちゃん付けなのっ!?

 しかし、当たった百万でなにを食べようか熱心に協議する二人を無視できず、俺は尻をコーラで濡らしたまま喚いた。


「おいっ、食い物の話ばかりじゃなくてだっ、百万でどうやって事務所を救うか考えるべきじゃないのかっ。そんな金じゃ、買い取りなんて無理だろうに」

「嫌ですわ、お兄さま」


 イヴが床に倒れた時の俯せ姿勢のまま、ニコニコと俺を見る。

一度は上半身起こしかけたのに、また寝そべったのか。


 どうでもいいけど、ショートパンツのお尻の曲線が芸術的すぎる。

 あんなぴちぴちのショートパンツ、どこで売ってるのやら。実は、尻を銀色に塗ってるだけじゃないだろうな。


「元々、奥の手はお兄さまと神様への願いがワンセットであって、方法はお兄さまが考えるわけです」


 く……こいつの見所はHIPだけか!


「みんな俺に押しつけるんかいっ」

「そうは言わないって」


 イヴの真似して、寝転んだままのマリアが言う。


「あたしらだって、幾らでも意見は出すよ。だけど、最終的に決めるのはにーちゃんってこと。そもそもさあ、最初から思ってたけど、事務所買い取りにこだわりすぎじゃない? 他の方法もあるかもしれないじゃん? そのお金はもっと違うことのために使えっていう、神様の意志かもよ」

「他のことってなんだよ?」



「もちろん、みんなでご馳走食べることですわ」

「回らない寿司か、ホテルビュッフェの食べ放題」



 ……こいつらの取り柄は、若さとスタイルだけかーっ。


「いや、そりゃ俺だって、たまには高級なメシとか食いたいけどだな――て」

 そこまで話し、俺はふいに気が変わった。

 そもそも、宝くじ代金として、既に三十万使っているんである。差し引き七十万で、芸能事務所のために、なにができようか。


 言われてみれば、ここは一つ美味いものくらい食べても、バチは当たるまい。


「明日、マジでご馳走食うか」

「そうそう、そう来なくては!」

「やったね、にーちゃん。大金持ちになった気分で、高くて美味いのを食べようね!」


 二人はようやく床から跳ね起き、まだへたり込んだままの俺を、左右から引き起こしてくれた。


「お兄さまのお尻が、お召し物ごと、モロにコーラ色にっ」


 噴き出しそうな顔でイブが指差す。

 指差すな、こら。


「あたしのコーラ缶、二つも盗るからだよおっ」

「だから、コーラくらい、いいだろっ」


 文句は言ったものの、今更ながらに恥ずかしくなり、俺は早々に退散した。

 曲がりなりにも当たったんだし、安らかな気分で寝るか。






 翌日、例によって起きるのが遅かった俺は、電話の音で目が覚めた。

 ベッドからサイドボードのスマホに手を伸ばし、「ふぁい?」と寝ぼけ声を出す。


『ご馳走食べ放題の話だけどさー』

「挨拶抜きでいきなりしゃべるな、いきなり。マリアか?」

『うん。にーちゃんの現恋人、将来の夜の妻、金髪ツインテールのマリアだよ』


 ……夜の妻とはナンだ? エロい意味か?

 あと、いつも威勢のいい言葉だけだからなー。たまにはおっぱいくらい、時間無制限で揉ませてみろと。

 いや、実際に頼んだら、意外とあっさり許可してくれるかもだが。


 それはそれで困るか、やっぱり。




『イヴとも相談したんだけどさー』


 人の気も知らず、マリアが続ける。

 

『実はね、前から行きたかった場所があるんだー』

「……言ってみ?」


 我ながら用心深い声が出たが。

 マリアの説明によると、某ホテルが十日に一度という早いペースで、ディナーショーをやるらしい。

 そういう催しは大抵、往年の熟女歌手などがピアノ弾いて歌ったりするのが定番だが、そのホテルのオーナーの趣味なのか、そこで歌いに来るのは、若手歌手がほとんどなのだという。



「ははん、読めたぞ、この後の流れが」



 俺は人の悪い声を出した。


「で、俺とおまえらでディナーショーへ行くと、例のスーパーアイドル霧島英美里きりしま えみりちゃんが呼ばれてて、おまえらがなぜか俺を責めるんだろうが? 見え見えだ」


『もう、ちゃん付けなのっ!?』


 光の速さでマリアの声が不機嫌になった。


『そろそろ返そうと思ったけど、あの写真集、もう売り飛ばすもん!』

「悪かった! 反省するから、マジでそろそろ返してくれっ」


 俺は半分本気で悲鳴を上げた。高かったんだからな、あれ。


『物欲しそうな声も腹立つなあ……まあいいけど』


 ブツブツ言った後、ようやくマリアが話を戻す。


『ディナーショーは、そういうポンコツな失敗がないように、昨晩の時点でちゃんとホテルに問い合わせましたー。すると、今回のディナーショーで歌うのは、ヴァンパイアガールズだってさ!』


「人間なのか、それ?」


『あたし達と同じ、中堅若手アイドル! 黒タイツ衣装に、羽の生えたドレスの二人組っ。嫌だなあ、知っててよ、それくらい』

「悪いな、テレビ見ないんだよ、あんまり」


 だいたい、なんだそのアレな格好は。

 俺はさほど悪びれずに謝り、受話器を持ち替えた。


「でも、俺に異存はないぞ。もちろん、料理は豪華なんだろうな?」

『それはもうっ。予定変わって悪いけど、じゃあ来週の月曜日ね、月曜日っ』

「おう、美味いなら、多少は我慢するさ」


『あと、待望の三者面談の日も近いから、それも頼むねっ』

「――うっ」


 すっかり忘れてた俺が、愚痴ろうとした途端、電話は切れた。

 ……ちくしょう、忘れていたかったのに。


 それと、写真集も早く返せっ。



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