朝日奈桜子は本名であり、世に知られる名前は
とりあえず、宝くじの発表までは、まだ二十日ほどある。
その間俺は、ネットで色々調べてみた。
その結果、俺が夢で見た日本家屋は、間違いなく、前社長の自宅だとわかった。
むうう……見た瞬間、そっくりそのままなんで、こりゃ信じる他ない。しかし……全然住む世界が違う人の家を見せて、俺にどうせよ?
……まあ、察しはつくけどな。
俺が家を訪ねて、説得せーということだろう。
俺に夢を見せたのが本当に神さまだとするなら、こりゃきっつい試練だ。
そして、試練があるのはなにも俺だけではなく、マリアとイヴにもしばらくして試練がやってきた。例の、声優オーディションである。
二人ともそこそこ人気あるアイドルではあるが、やはり即決というわけにはいかず、オーディションで合格しないといけないらしい。
いやぁ、前になんかのアニメの主題歌まで歌ったらしいのに、それでもこうして試験があるのか。……厳しい世界だな。
当日、二人は学校を休み、私服でスタジオまで行くという。
そこで俺は、いつもより口数が少ない二人と駅まで同行してやった。
もちろん、見送るつもりで。
「まあ、今日結果が出るもんじゃないだろうから、とにかくがんばってこい。帰宅したら、俺がなにかご馳走してやるよ」
駅でにこやかにそう告げると、イヴが「たとえば、回らないお寿司……とかですか?」などという。
「いや、それは無理。無茶言うな無茶を」
俺は即答したが、まあ、本人も冗談のつもりだろう……多分。
「まあでも……奮発して、ホテルでディナーコースとかどうだ? ちょうど、帰ったら夕方くらいだろうし、電話くれたら、またここまで来るよ」
妥協して、そう言ってやった。
「一度だけ、そこのホテルで食べたけど、いろいろ選べるし、どれも美味いぞ」
「うん、じゃあがんばってくる!」
マリアが拳を固めて気合いを入れ、俺に抱きついてきた。
対抗意識燃やしたのか、イヴも「お兄様、祈っててくださいまし」と殊勝なことを述べ、やっぱり抱きついてきたりして。
「ひ、人目を集めるからやめろ。おまえら、ただでさえ目立つのに」
「照れないでくださいな。いずれ、抱きつくどころではないこともするのですから」
イヴにしては大胆なっ。
さすがのマリアが驚いているじゃないか。
「ほらほら、わかったから早くいけって!」
二人の背中を押すようにして、ようやく送り出した。
ああ、左右から胸を押しつけられて、だいぶ焦ったわー……そりゃ、俺も男だしな。
妙にドキドキして帰る途中、俺はこの街で一番大きな書店を冷やかすつもりで、少し寄り道することにした。
五階建ての、大抵なんでも揃う店なので、すっかり俺のお気に入りである。
駅の反対側、つまり南口に回り込み、そこから徒歩二分の書店へと足を運ぶ。
すると――なんたることか! 平日の午後だというのに、めちゃくちゃ野郎が並んでいるではっ。
呆れたことに、十メートル近い列が出来ている。
女子もいるけど、まあほぼ男ばかりだな……並んでるのは。
「なんだなんだ? 村上○樹でもサイン会やってんのか?」
大混雑なので、新刊を冷やかす気は失せたが、一体どんな文豪が来てるのか、気になる。
そこで、人混みを掻き分けるようにして店内へ入り、さらにエスカレーターで書店最上階のイベント会場へ向かう。
呆れたことに、野郎の列は階段を通って延々とそこまで上がってきていて、このイベント会場が終点だった。
ようやく、誰のサイン会かわかった。
『アイドル霧島英美里、セカンド写真集! 購入の方は直筆サインしますっ』
なんて、入り口にデカく書いてあるからな。
なんだ……作家のサイン会じゃないのか……つまらん。
まあ、その子の名前はさすがに俺も知ってるし、幼女の頃から子役でテレビに出てたのも知ってる。ロクに出てる番組見たことないけど。
けどまあ、アイドルについては、俺は既に間に合ってるしな。
などと、我ながら死ぬほど贅沢なことを考えつつ、回れ右……しようとした。
まさにその時、神がかった奇跡が起きた。
フロア中に野郎が溢れる中、今まで全然見通しが利かなかったのに、俺が最後に振り向いた途端、なぜか群衆の狭間に薄く切れ目を入れたように、視界が一瞬だけ開けたのだな。
そして、俺は息を呑む。
……一番奥の机に座って、笑顔でせっせとサインしている女の子……これがなんと、少し前に図書館で出会った女の子だった!
今日はサングラスしてないが、さすがにあんな美人はそうゴロゴロいるまい。
「朝日奈桜子って、本名だったのか」
俺は呆然と呟いてしまう。
ちなみに、今回の写真集は、水着が多いらしい……壁に水着たっぷりとか煽り文句があるので。
むむっ。
とりあえずアレだ……サインはいらないけど、写真集は買おうかな?




