生活費二ヶ月分の恐怖
そろそろ時間なので、俺は途中で銀行に寄り、なけなしの現金を下ろしてから、最寄りの駅へ向かった。
着いてみれば……なるほど、確かに宝くじ売り場がある。
今やってるのは、コインで擦ってその場で当たりがわかるスピードクジと……それから、オリンピックカウントダウン記念のクジとやらだな。カウントダウンって……まだかなり時間あるのに、今のうちからカウントダウンかよと。
しかし、一等賞金――というか、前後賞も合わせた場合、なんと五億円が当たるという。
当たった時のこと考えると呆然とするが、しかし仮に五億丸々入ったって、芸能事務所の値段からすりゃ、全然足りない気もする。
だいたい、長らく試してなかった「奥の手」を、そこまで信頼していいいのかという、問題も。
「第一、宝くじの高額当選者は、軒並み不幸になる確率が高いらしいよなあ」
いや、ネットで調べた限りにおいては、マジでそうらしい。
多分、それぞれの器にふさわしい金ってのがあって、それ以上持っても、維持できないってことだろう。
器の小さい俺には、納得の統計だ。
……などと、なんとかして逃げだそうとしている自分に気付き、俺は頭を振って雑念を追い払った。
今度こそ、真っ直ぐ屋台みたいな宝くじ売り場に近付く。
時間的にも夢で見た光景と一致するし、今更逃げるな、俺。
「あのー……オリンピックのカウントダウンクジをもらえます? 連番で?」
「はいはいっ」
愛想の良さそうなおばちゃんはニコニコと俺を見た。
「それで、何枚でしょう? 十枚ですか?」
思わず頷きそうになったが、俺は辛うじて堪えた。
アレだ……俺も、できる限りのことはすると誓ったしな。ここで踏ん張らにゃ。
深呼吸した後、ばしっと言ってやったとも。
「いえ……連番で、三十万円分」
俺の二ヶ月分の生活費だ。
もってけ泥棒。
これでもし綺麗に外れたら、俺の死にたい度は確実に何割かアップするだろうな……今更、遅いが。
一千枚の宝くじを鞄に入れて持ち帰る時、俺の足は確実に震えていたと断言できる。ていうか、ちょっと泣いていたかもしれん。
「わっ、今度はにーちゃんが、正座ならぬ座禅してるよっ」
「な、なぜかお兄様、身体の線が硬いです。石になったような」
ソファーに座らず、カーペットの上で座禅組んでる俺を見て、いつもながら制服で乱入してきた二人は、驚きの声を上げた。
「なにしてるん?」
こいつとうとう、どっか壊れた? 的な目で見るマリアに、俺は静かに言ってやった。
「宝くじ、一千枚、買った」
思わずぶつ切りで言ってしまうところに、俺の動揺が現れている。
ちょっとくらい座禅組んだところで、平常心に戻らん。
俺は馬鹿らしくなって、ソファーに座り直した。やめだ、やめ。
「宝くじ、買ったんだ!」
「しかも一千枚! 三十万円分っ!!」
マリアより、後から値段まできっちり弾きだした、イヴの声にドキンっとなったね。
「お、おおよ……ばしっと買ってやったぜ。おばちゃん、意外と平然としてたのが、むかつくけど」
たまにいるらしいのだな、そういう人。
狙って宝くじを当てようという、ご奇特な人が。俺は断じて違うが。
「見せて見せてっ」
マリアがせっつくので、俺は未だに両手で抱えていた束を、渡してやった。
「うわぁ、一千枚って、案外少なそうに見えるねぇええ」
「お兄様、もう一千枚、いかがですかっ」
「あほかいっ」
俺は全力で喚いた。
ていうか、今泣きそうになってんだから、冗談でもそういうことは言うなっ。
ああ!? 外れたらどうすんだよ、これっ。
「大丈夫ですわっ」
イヴが優しく慰めてくれた。
「連番なら、最低でも一番安い三百円のが、いくらか当たるはずです」
……言い返す気力もないわ。
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