やれそうなことはなんでもしなきゃな、あいつらのために
散々俺に文句つけた二人も、ようやく隣へ戻り、俺は風呂だけ入った後、安らかに眠った。
昨日は新たな読書仲間が出来たり、マリアとイヴにわいわい言われたりで疲れ気味だったらしく、起きたらもう十時前だった。
夢でみた駅の感じからして、おそらく午後の……二時から三時までの間というところだろう、時間的には。
まだもう少し時間があるので、俺は洗顔を済ませてから普段着に着替え、そっと隣へ向かった。
いや、久しぶりに日記を読ませてもらおうかなと。
チャイムを押したところ、当然ながら二人はもう学校へ出かけたらしく、誰も出ない。
俺は預けてもらった鍵を使って、二人の部屋へとこそっと入った。
「いやぁ、いつもながら緊張するな……しかし、いつ来ても甘い香りが漂うのがたまらん」
若い女の子が生活する場とは、かくもよい香りがするものなのか。あるいは、あの二人が特別なのかもしれないが。
どうでもいいが、洗面所の空きスペースに、いつのまにか高価なドラム式の洗濯機がでんと据えられてたりしてな。
くそっ、うちは未だに二層式の古いヤツだというのに。
「アイドルって儲かる仕事なのかね?」
特に何も考えず、透明な蓋みたいなのを開けると、中にはモロに下着が入っていて、焦った。
「わっ」
焦りまくって元通りに閉めたが、青やら白やら縞模様やらの下着をばっちり見ちまったぞ。どっちか知らないが――あるいは二人揃ってかもしれんが、いちいち驚かせる連中だ。
「こほん。それより日記だな」
そう思ってまずはイヴの部屋へ入ったが、あいにくあの隠してあった日記は、既に元の場所になかった。
「俺が読んだとバレたのかな?」
思わずそこら中を探しかけたが、さすがにそこまでするのは気が引ける。
さっきの洗濯機みたいに、余計なものをみつけてさらに焦るのがオチだろう。
やむなく肩をすくめ、俺はマリアの部屋へと移動した。
こちらは、トールサイズのチェストの上に、そのまま載っていた。
日記の記載は、前回の短い記述の日から見て、まだ二度目である。
しかも、日付が六月晴れ しか書いてない。なんてアバウトなヤツだ。
ただ、内容は昨日のことだというのは、読んでてわかった。
――○――○――○――
六月 晴れ
にーちゃんが、あたし達の知らない女の子と仲良くなったらしくて、あたしは思った以上にショックだった。
もちろん、あたしだけじゃなく、イヴも。
あの子なんて、部屋に戻ってから、少し泣きかけてたな。
う~ん……でも不思議と「大げさな~」とは思えなかったよ。
元々あたし達とにーちゃんの関係って、もの凄く危ういバランスで成り立っていると思うんだよね。
だから、ちょっとした事件があれば、すぐに関係が壊れそうで怖いんだ。
にーちゃんと結婚する意思は全く揺らがないけど、ライバルのイヴだっているのに、また新たな子が登場する予兆まであったら、そりゃね……そのうちまた、にーちゃんがどっかに行ってしまいそうで、本当に本当に怖いんだよ。
もの凄く嫌な望みだとはわかってるけど、それでも願ってしまう。
……図書館で会ったって子とにーちゃんが、あまり親しすぎる仲にならないようにって。
やな子だよね、あたし。
――○――○――○――
「ぬうう」
日記を読んだ直後は、なぜかいつもブルーになる俺だが、今もそうだった。
「俺がそんなにモテるわけないだろ、馬鹿」
とりあえずそう呟き、俺はマリアの日記を丁寧に元の場所に戻した。
いやぁ、そこまであいつらが気にするとは思わなかったぞ……でも、立場が反対なら、俺だって似たようなこと思うかもな。
しばらくマリアの部屋で立ち尽くし、俺はようやく玄関へ向かった。
朝食食べてから少し休憩して……宝くじでも買いにいくかね。
思い切ってたくさん買ってみるか。確率がそれだけアップするだろうし。
珍しく俺は、殊勝なことを考えて隣へ戻った。
……まあ、本気で当たるなんて思ってないけどな。
でも、やれそうなことはなんでもしなきゃな、あいつらのために。




