宝くじという、即物的な誘惑
数時間はその子と話し込んでいただろうか。
最後の方で教えてくれたが、朝日奈桜子という名前で、思った通り女子高生らしい。今年で高二なのだと。
結局、別れる間際に、Twitterの個人鍵付きアドレスも教えてもらってフォローさせてくれたし、頬をつねりたくなるほど素早く仲良くなったな。
俺のフォロワーが、久しぶりに増えたぜ、みたいな。
これまでは、あの二人を含めても、十名いなかったし。
内情は単なる読書仲間としても、エラい進展ぶりである。
もっとも、肝心の夢で見た謎については、全くなにも思いつかなかったが。
しかも、マンションに帰って上機嫌でドアを開けると、なぜかイヴとマリアが二人揃って正座してて、びびった。
「わっ。なんだよ、脅かすなよ!」
俺の方を向いて仲良く並んだ二人に、俺は唾を飛ばす。
何事かと思うじゃないかっ。
「珍しく留守だったから、なにか進展あったかと思って!」
マリアが期待に充ち満ちた目つきで言う。
「ですから、足音が聞こえた途端にここへ正座して、お迎えしたわけです。
ニコニコとイヴが補足してくれた。
「あー、進展な……まあ、進展というか、夢は見たんだ」
まさか、「午後は知らん女子高生と仲良く読書談議してました」とも言えず、俺は難しい顔で答えた。
部屋に上がり、いつものソファーに座ると、二人がいそいそとお茶やら菓子やらを用意して俺に持ってきてくれた。
……随分なサービスぶりだな。まさか、本気で期待していたとは。
逃げるわけにもいかず、俺は二人に紙切れとペンを要求し、夢の中で見たものをざっと書いてやった。
「まず、この屋敷だど……おまえら、なんか見覚えある?」
二人は眉をひそめて俺の手書きのイラストを見やり、口々に言ってくれた。
「お兄様、絵の才能は乏しいですわ」
「……いや、明らかに下手と言ってあげた方が」
「わかってるわい!」
俺はむっとして言い返した。
「自覚してるけど、しょうがないだろっ。プリントアウトするわけにもいかないんだから。そばに桜の巨木がある日本家屋って特徴でなんとかならんか?」
「日本家屋ぅ? あたしこれ、横に雑草が生えた犬小屋だと思ってた」
「奇遇ですわね、マリア。わたしにもそう見えました」
「お、おまえらっ」
ならもう知らんっと言いかけた――が。
マリアがいきなり「あっ」と声を上げた。
「下手な部分は無視して、そういう特徴だけ見れば……これ、社長の屋敷かも」
「社長?」
「だから、引退したばかりの元社長」
「ああっ」
イヴまで声を上げて紙を引ったくる。
「そういえば! 最初にご挨拶した時、招かれた屋敷でしょうか……あまりにも似てませんけど、特徴は一致します」
「むむっ」
マジか! 俺の夢の中に、前の社長の屋敷が出て来た?
それってなんか、めんどくさそうな意味がありそうだな。
「ま、まあいい……後でネットで検索して、本物の屋敷が出て来ないか、調べてみる。ところで、まだあるんだよ、夢で見たのは」
俺は思わせぶりに二人を交互に見て、言ってやった。
「実はうちから一番近い駅の北口も、なぜか夢に出て来た。俺は俯瞰してその北口を一分ほど眺めている感じかな? こりゃ、どういう意味だと思う」
「駅の北口? ローソンがそばにある?」
マリアが小首を傾げる。
「そう、それっ。他になにかないか? ヒントはそこにあるかもだし」
「コンビニの他には……ええと」
今度はイヴが人差し指を立て、しきりに考え始めた。
「駅舎の中にアトレ(専門店街)がありますわね」
「う~ん、それだと北口から離れることになる……北口の周辺なんだ、俺が夢で見ていたのは」
「――っ! わかったああっ」
いきなりマリアがすっくりと立ち上がった。
「屋台みたいにショボいけど、そばに宝くじ売り場もあるよっ」
「確かにっ」
イヴもはっとしたように俺を見た。
「えーーーっ」
俺一人が胡散臭い思いで呻く。
「そんな都合のよい話あるか? じゃあ、最初に出て来た屋敷との関連は?」
「んなことはいいから、早速明日、宝くじ買おうよっ」
「そうですそうですっ。そこで大きく当てましょう!」
「……マジかよ」
でもって、俺が買うのか……その宝くじ?
一枚三百円くらい、したんじゃなかったっけ。




