コアな話題が結ぶ、新たな縁
その夜、俺は全く気が進まないながら、二人のために奥の手を使うことにした。
もうホント、全然やりたくないのだが、真剣に頼まれてはしょうがない。
……この手だけは使いたくなかった!
奥の手――それは元々、我が不肖の父が、幼少の頃に俺に教えてくれたことである。
二人にも告げたように、別に大層な術ではなく、中身は単なる「神頼み」なのだ。
それ以外の何ものでもない。
ただ、「頼み方のコツがあるんだぞ?」と父親が昔、俺にレクチャーした。
「神様に願いごとをする時には、もはやその願いが叶った前提で、頼む。『○○してくださってありがとうございます』と。これが、正しいやり方だ!」
わけわからんので、詳しく尋ねると、つまり「一億円くれ!」とか、そういう望み方は駄目であるということらしい。
もはや手元にそれだけの金が得られたという前提で、「一億円、ありがとうございました」とお願いせよと、そういうことらしいのだな。
無論俺は、「あからさまに嘘くせーよ、父ちゃんっ」と幼いながらも言い返した。
そんな願い方、聞いたこともないわーと。
しかも父ちゃん自身も、誰かどこかの偉い人に教えてもらったと、こうだからな。
もうアホらしくなってそれきり相手にもしない――のが正しいことなんだろうが、好奇心強い俺は、当時、父ちゃんに教えてもらった通り、寝る前に真面目に祈った。
父ちゃんによると、「別におもちゃ欲しい」とかの即物的な願いもアリらしいぞー、ということなので。
半信半疑というヤツだ。
結論から言うと、俺のささやかな願いは本当に叶った。
いや、当時の俺はPCが欲しかったのだが、それが叶ったということだ。
驚くべきことに、確かに効果はあったのだ。
父ちゃん方式で願いごとを述べ、そのまま寝てしまうと、やけにリアルな夢を見た。
別に寝る前に祈るルールなんざないが、俺なりに「まあ、寝る前に試すくらいは」という妥協だったわけ。
本当は何度も頼む方がいいらしいが、俺のやる気は、せいぜい寝る前に祈るくらいだった。
で、夢の中で俺は某雑誌の抽選にハガキを出していて、その賞品がデスクトップPCだった。
起きて、早速問題の雑誌を書店で立ち読みしたら……なんと、本当にそういう懸賞があったのだな。
そこで、駄目元で雑誌買ってハガキ出したところ――本当に当たったという。
自分でもないわーと思うくらいで、以後俺は、あの二人にせがまれて何度かやってみただけで、自分のためには二度と試してない。
昔の俺は神の存在に懐疑的だったし、今もそうだ。しかし、あのことがあったせいで、「もしかしたらいるのかもしれない」くらいには、微かに思っている。
なのに、なにもまた試して、今度こそ全然駄目だったら、俺の懐疑心がマックスになってしまうじゃないか。
「しかし、あいつらの言うようなどデカい願い、神頼み以外にどうもならんしな」
俺は渋々寝る前に、父ちゃんの教えに従って祈り、そしてそのまま眠ってしまった。
……嘘みたいな話だが、今回もまた、夢を見た。
「うわぁ」
起き上がった俺は、てきめんに顔をしかめ、髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。
さあ、今回の夢の解読は、ちょっとめんどくさそうだな……。
夢に出て来たものがイマイチ理解不能で、俺は起きてから外出し、その足で行き着けの図書館に出かけた。
空調が効いて本の臭いがするところで、落ち着いて考えてみようと。
ただ、徒歩圏の図書館に着くと、今日はなぜか新入荷の本がたくさん並んでいて、俺はまずそっちを優先した。
まあ、新刊は少なくて、大半は寄贈本だが……なにか俺が楽しめる本もあるかもしれん。
のんびりとタイトルを見ていた俺に、誰かがぶつかった。
「きゃっ」
声を出して尻餅をついたのは女の子で、私服姿の……高校生くらいの子だった。
なぜか、サングラスなどしているが。
「ご、ごめんなさいっ」
慌てて上半身を起こしつつ、そのままぺこりとお辞儀をする。
「ご本を探していて、周囲を見ていなくて」
ご、ご本と来ましたかっ。
なんだか今どきの女子高生と違って、漫画に出てくるお嬢様みたいな子だな……。
驚いているうちに立ち上がり、女の子がまた低頭してどこか行こうとした。
この時、俺は普段は絶対にしないことをした。
なにかこう……反射的に口に出してしまったのだ。
「探してる本ってなに?」と。
「あ……あの」
彼女は困ったように微笑み、教えてくれた。
「スティーブン・キングさんの別PNの本で……その」
キング! というと、ホラーのキングだろうな、やっぱり。
顔に似合わぬ、渋い趣味っ。
しかも、別PNかい。
「ていうと、リチャード・バックマンのどれか?」
たまたま知っていた俺が答えた時、女の子はなぜか非常に驚いた表情を見せた。
サングラスの奥の瞳が、驚愕に見開かれている。
「……別PNを即答した方、初めてです」
「い、いやぁ、さすがにキングのアレは、かなり有名だと思うけど」
「で、ではあの、痩せていく呪いのお話は?」
「読んだ読んだ、ジプシーの呪いだよな。あれはなかなかっ」
「まあ!」
気付けば俺達は、どうでもいい本談議に熱中していた。
夢の謎を解かねばならないってのに。




