続いて三者面談→にーちゃん、お願いっ
憤慨してたマリアは、ずかずかと遠慮なく上がり込んできたところで、ようやく少し機嫌を直した。
ただし、即座に余計な注文したが。
「ところで、にーちゃん。あたしのポテトチップは?」
「まだ、イヴが抱え込んでるのが残ってるだろ? 分けてもらえよ」
「駄目駄目、味の趣味が違うからっ。あたしは断然、のりしおっ。前に言ったでしょ?」
シラネーヨ!
と言いたいところだが、万事に気を遣う俺は、実はちゃんと用意してある。むしろ、前に好みを聞いてたのを覚えてて、ちゃんと用意してある自分が憎い。
「……買ってあるよ、のりしお。キッチンの戸棚にある。ついでに、冷蔵庫から俺のコーラも出してきてくれ」
「やりぃー! にーちゃん、愛してるわっ」
気安く俺の額に素早くキスし、スキップするような足取りで取りに行く……いつも思うが、こいつ、どこまで本気なんだろうな。
「――っ! て、なんだよ」
不意に右側に座っていたイヴが、ポテトチップの油まみれの唇で頬にチュッとやらかし、俺は飛び上がりそうになった。
「いえ。やはりここで印象薄くなったら、嫌ですもの。いずれ、お兄様には選んでもらう立場ですから」
こいつも、どこまで本気なのかね!
そう思いはしたが、あまり文句を言う気にもなれず、俺は慌ててティッシュで頬を拭った。
「拭ったら、落ちるじゃないですかあっ」
不満そうな声音で怒られてしまった。
「なにがだよっ。唇を清潔にしてから言えって。ポテトチップの油が、ぬるっと来たのっ」
「ならば、正式なキスでお兄様の唇も油塗れにして差し上げましょうか!」
「わけわからんぞ! つまんないことで、腹立てるなよ」
困惑した俺が顔をしかめたところで、自分用のポテトチップと自分と俺のコーラを持ってきたマリアが、空いた左隣にどかっと座った。
制服は夏バージョンに衣替えして、ブレザーはもう着ていない。
代わりにうっすいカーディガンを羽織っていたが、それも今は脱いでしまった。
……そのお陰で、またしても下着透けてるしな。どんだけ色の種類持ってるのか知らんが、今日はサテン地みたいな色合いの濃紺だった。
こいつも、もう少し女を意識した方がいいんじゃないのか……俺が狼だったら、とっくに機会作って押し倒してるぞ。
「それでさぁ、買い取り危機はにーちゃんの奥の手に任せるとして」
任せるんかいっと突っ込む間もなく、マリアが続ける。
「イヴ、例のアレ、もう頼んだ?」
「あ、そう言えばまだですわっ」
ついに一袋丸々ポテトチップを平らげたイヴが、口元に手をやった。
「そうでした、それもありました」
「待たんかい」
俺はてきめんに顔をしかめた。
「だいたい俺は、その壮大な願い事も、まだどうとも返事したわけじゃなくて」
「もう少し先だけど、三者面談があるんだよね」
人の話をスルーして、悩ましい目でマリアが俺を見る。
「めんどくさいけど、こればかりは逃げられないから。イヴとあたしと二人交互に参加で、大変だと思うけどね、よろしく頼むね、にーちゃん」
「ちょ、ちょい待てって」
なんかもうここで断固抗弁せねば、どんどんまずい方に話が転がりそうだった。
「さっきの『事務所が売り飛ばされそう危機』とは別に、それも頼みごとか。なに、学校の三者面談に出ろって(俺に)言ってんの!?」
俺に、の部分を強調して訊いたが、二人は悪びれずに肯定してくれた。
マリアは右手の人差し指を立てて大声で喚き、イヴは低頭して。
「イェエーースッ」
「ご苦労をお掛けします」
「イヴ――はまあ、ばーちゃんが簡単に出て来られないから、まだわかるとして。マリアは、外人さんでおまえとそっくりの、金髪碧眼ママンがいるだろっ」
俺も数回しか顔を見たことがないし、マリアのことは金を振り込むだけで放置だが……紛れもなく実の母親である。
実際、まだまだ年若く、社交界では今でも人気らしい。
「あぁ、あれは駄目、全然駄目。話にもなんない」
マリアは嫌そうな顔で、ばっさり斬り捨てた。
「あのママン、基本的にビッチだし。どうせ電話して頼んでも、男とどっか行くので忙しいって言われるだけだし。だいたい、最後に話した時はあいつフランスにいたしー。もう日本に戻らなくていいよっ」
一気に言い切り、べぇーーっと可愛い舌を出す。
「だいたいあたしは、昔から徹底放置されたままだし、当然ながら、全然愛してないもの。あたしはあんな風にならず、にーちゃん一筋だからね、安心してよねっ」
途中から腕にしがみついて、しきりに揺するマリアである。
「いや、事情は俺にもわかるが、母親をビッチ呼ばわりはよせ」
説教の途中で、こっちをじっと見つめるマリアの瞳と、イヴの切ない視線を見て、俺は息を吐いた。
「ま、いいか。わかった……先生がどう言うか知らんけど、代理で出てもいいよ」
確かにあの外人ママンは、三者面談なんか来ないだろうしな。
「あー、ありがとうっ。にーちゃん、マジ愛してるっ」
マリアがたちまち明るく叫ぶ。
一瞬見せた心細そうな表情など、すっ飛んでいた。
「結婚したら、絶対、毎晩濃厚サービスするからねっ」
「その空手形は、もう聞き飽きたんだよっ」
思わず俺が喚くと、イヴが横から口を出した。
「あら、わたしなんて、今晩からだって覚悟を決める用意がありますわっ」
こ、こいつらっ。年齢を考えろ、年齢をっ。
俺が捕まるだろうが、馬鹿!
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