こうなった以上、わかっているよね?
おっさん間近の俺とアイドルが付き合うとか、普通はない。
そもそも年齢が違い過ぎるし、接点もない。
交際とか有り得ない以前に、ファンタジーである。
実現するはずない。
くどいが、絶対に有り得ないのだ。
だから……だからそう、俺がそのアイドル達(そう複数だ!)に押しかけられた顛末については、もちろん深い事情がある。
俺にとって、昔の藤森聖夜と宮野真理亜の二人は、別にアイドルではなく、両隣に住むご近所さんにすぎなかった。
建て売り住宅が三軒並んだうち、うちの両隣の家が二人の自宅だ。
当時、暇な大学生だった俺は、成り行きで彼女達の遊び相手を務めることが多かったが、まあボッチ気味の俺としても、少し救われていたことは認める。
コミュ障の俺だって、別に全くの一人ってわけじゃないんだぜ? みたいな。
しかも、見た目かなり可愛いし、悪戯好きだけど純粋な二人なんだぜっ、みたいな!?
……ただし、相手は小学生女子だったけどな。
俺が十八歳から二十二歳になるまでの、だいぶ大人な時期の話だけど。
あの二人も、六歳~十歳までという、多感な子供時代をほぼ一緒に過ごしたせいか、かなり俺に懐いてくれた。
だからだろうか?
当時、雪国に住んでいた俺が大学を卒業し、東京へ引っ越すことになったある日、二人は連れ立ってうち(隣な)に来て、真剣な顔で俺にこう持ちかけた。
「イヴ(聖夜)と相談して決めたんだけど、にーちゃん、あたし達を彼女にしてよ」
……横でコクコクとイヴが何度も頷いていた。
手を繋いだ二人の顔は、本当に恐ろしく真剣だったのを覚えている。
「に、にーちゃんさ、彼女とかいないでしょ? かわいそうだから、あ、あたし達がなってあげるよ?」
俺の魂が飛んだような顔を見て、金髪(母と祖母が外人さんなのだ)のマリアの方が再度、申し出た。
冗談っぽい口調だが、緊張しているのがわかるし、碧眼はめちゃくちゃ真剣だった。
ちなみに、この二人の中二病的な名前は別に芸名でもニックネームでもなく、本名である。キリストさんの誕生日と聖母の誕生にそれぞれ生まれたので、そういう名前がついたとか。
イヴ&マリアで、まるでアイドルユニットみたいだな、と昔から俺はからかっていた。
しかし……当時の俺は大学を卒業したばかりの二十二歳で、あの子達は十歳だった。小学校卒業ですら、まだ少し間がある。
そもそも仮に本気の言葉だとしても、世間的に俺がヤバい。
そんな思いがささっと胸中を去来し、俺はしばし絶句した後、こう答えたのを覚えている。
「今すぐは無理だろ? だって俺、これから就職のために東京だし」
ここで二人揃って泣きそうになったので、慌てて付け加えた。
「その代わり、約束する。おまえら二人がアイドルとかになるくらいに魅力的になれば、どんだけ離れてても、すっ飛んで来て交際開始だ。その頃には、年齢もかなり上になってるだろうしなあ」
……ちょっと考えればわかると思うが、これはもう、完全に言い訳である。
いわゆる、「大人の逃げ口上」。まさかこいつらも本気にすまいと思うじゃないか? 穏便に諦めてくれたらなあと、そう思って口から出たセリフだし。
しかし、この二人は割とおふざけも好きなくせに、根っこの部分では恐ろしく真面目だった。
とりわけ、恋愛観はギチギチに真面目過ぎるほど真面目で、子供のくせにその部分だけは傑出していた。
俺の言葉に二人でひそひそ相談していたかと思うと、戻って来てマリアがこう言ったのである。
「その約束……忘れないでね、にーちゃん」と。
……ごめん、俺はついさっきまで、その約束を忘れていた。
いや、まさか本当にアイドルになるとは思わなかったのだ!
そしてまさに今、その二人が俺の前に座っているっ。
リビングに置いてある唯一のソファーで、俺を連行する刑事みたいに、両隣に当然のような顔で座って。
俺が出してやったポテトチップには手を出さず、二人して紅茶ばかり飲んでやがる。
まあ……そんなことより俺が気になるのは、こいつらがやたらとぎゅうぎゅうくっついてくることだが。
「にーちゃん、こうなった以上、わかっているよね?」
紅茶を啜りつつ、金髪のマリアが含みのある流し目で俺を見た。
「こ、こうなった以上ってなんだ」
「お兄様……幼少のみぎりのお約束、まさか忘れたわけではないでしょう?」
イヴが低い声で促す。
大きな瞳のマリアと対照的な、切れ長の瞳が俺をじっとりと見つめる。
めちゃくちゃプレッシャーである。




