アイドル活動を今後は控えようかと
……次に目覚めた時には病院で、さすがの俺も焦った。
だが、これは一応は運ばれただけで、実は最後に小型リュックを突き出したお陰で、怪我など全くないらしい。
気絶したのは、後頭部を打ち付けたせいらしく、俺は一人で赤面した。
あの直後、警備員が大挙して男を囲み、取り押さえて警察に突き出したそうな。
……なぜわかるかというと、目覚めた途端に聞き取りに来た、警察の人達から聞かされたんだが。
二人組の彼らに嘘を言うわけにもいかず、俺はイヴやマリア達と知人であることを告げ、あいつを近所で見かけたところからはじめ、だいたいの事情を話した。
幸か不幸か、元々がその手の入院歴が多いヤツで、今回もそのまま、処置入院? とやらで病院へ直行らしい。
さすがに今回は、当分出て来られないだろうとのこと。
警察の人達はむしろ同情してくれて、「まあ、災難でしたね」と言ってくれたくらいだ。
で、また後で事情を訊くかもしれないけど、今日はもう自由にしていいとお墨付きをもらった。
だから、それはいいんだが。
……参ったのは、いざ逃げるように病院を出ようとしたところで、遅れて見舞いに来てくれたイヴとマリアにかち合ってしまい――
二人に抱きつかれて泣かれた俺は、いたく困惑した。
とにかく、人目につかない廊下の端っこまで移動したが、気が気ではない。そもそも俺のせいで、今日のイベントも中止になったそうだしな。
「おいおい、私服とはいえ、バレたらまずいだろう? むしろ俺が謝るべきなんだしな」
言い聞かせるように言葉をかけたのに、二人とも子供の頃に戻ったかのように、泣きに泣いている。
ようやく声が出るようになったマリアが「に、にーちゃんが無事で……よかったぁああ」と涙にくれた声音で言って、さすがの俺も少し感動した。
「いや、こっちこそイベントを台無しにしたな……せっかく、観に行ったんだが」
「い、イベントなんていいんです……お兄様さえ無事なら」
「そうもいかないだろ」
イヴの頭を撫でてやり、俺は促した。
このままだと人が集まりそうだ。
「とにかくほら、我が家へ戻ろうぜ」
珍しくタクシーを奮発して、俺達はようやくマンションへ戻った。
マンションの部屋に戻ると、二人して、死期間近の父親みたいな扱いを受けてしまった。
晩ご飯はいつもにも増して豪華なのを出してくれるわ、なにも言わずとも、コーヒー紅茶などの飲み物が出てくるわ、左右から挟むようにべったりくっついてくれるわ。
まあ、最後はいつものことだが、今日はひときわ体温を感じたな。
「そう恐縮するなって」
俺はさすがに苦笑して言ったほどだ。
「結局無事に済んだんだし、いいじゃないか。むしろ、対応のまずさのせいだから、自業自得とも言えるさ」
「そのことですが――」
しばらく黙り込んだ後、ふいに代表してイヴが俺を見た。
「わたし達、お兄様にご迷惑をかけたことで、アイドル活動を今後は控えようかと」
「いや、ぜひ続けてほしい!」
俺は慌てて遮った。
「俺が昔かわした約束が最初だったのは事実だろうけど、二人とも、今じゃ立派にアイドルとしてやってると思う。なにより、列に並んで思ったけど、真剣におまえ達の歌を聴きに来てる人達が大勢いたぞ。やりたくても無理な子だって大勢いるのに、やめることはないよ。それとも、アイドル活動は好きじゃないのか?」
二人は顔を見合わせた後、ゆっくりと首を振った。
「優先順位はお兄様ですけど、歌うのは好きですわ」
「右に同じく。にーちゃんが一等大事だけど、応援してもらって歌うのは好きかな」
「なら、いいじゃないか」
俺は破顔して言った。
「俺だって、今度こそ舞台をちゃんと見たいしな」
「先に言ってくれれば、チケットあげたのにぃー」
マリアが唇を尖らせて言う。
「そうですわっ。なぜ、こっそりなんて思ったんですの?」
「いやぁ、意識させたら申し訳ないなと思って……今度は甘えるからさ。なっ」
俺はひたすら下手に出て、二人を説得した。
いや……俺自身は、あんなに大勢に期待されたことってないからな。
あれだけの数の連中がこいつらに期待していると思うと、是が非でも続けさせるべきだと思ったのだな。
あと、俺も次こそはちゃんとステージで歌う二人を見たいし。
そろそろ読む方も減ってきたし、物語を閉じる頃かと思いましたが――。
個人的には好きなお話なので、無理のないペースで、もう少し続けてみます。
気が向いた時で構いませんので、もしよろしければ、評価など頂ければ嬉しいです。