粛正するなら、真のファン達の前で行うべきだからあっ
その日のデートは、アニメイトを全部回っておしまいとなったが、イヴもマリアも満足そうだったので、俺としては言うことはない。
それから数日ほど何事もなく過ごし……とはいえ、毎日あの子達が遊びに来てくれるのは、変わらず続いている。
幸いなことに、例の「おまえの好きなアイドル二人は、ここに住んでんだぜ?」的な意味のトラップで、全然遠い町の画像をTwitterに貼りまくった計画も、今のところ上手くいってるようだ。
あれから一度も、例の黒ずくめのストーカー男を見かけないからな。
二人に訊いても「怪しい人は見かけない~」と言うし、俺の奸計は珍しく当たったらしい。
だからというわけではないが、5月下旬のある平日、俺はイヴやマリアには知らせず、こっそり二人のイベントを観に行くことにした。
場所は秋葉原で、よくその手のイベントに使われる場所である。
そんな場所でやるんだから、こりゃ席もガラガラで、気楽に見られるな……そう思った俺が、大間違いだった。
開始二十分前に問題のイベント会場に着くと、映画館みたいな施設の入り口には、もはや長蛇の列ができていた。
何人いるんだこれっと驚くほどの列である。
男客の割合が多いのは言うまでもないものの、思い思いの仮面コスプレした女子も、無視できないほどの数がいた。
いやぁ、この調子なら、あまり時間もかけずに超有名アイドルになるのは間違いないなあと、俺もほっと胸を撫で下ろしたほどだ。
……一抹の寂しさはあったが、二人にとっても、その方が幸せだろうと。
「まだ席あります?」
「あ~……立ち見席しか残ってませんが、構いません?」
「いいです、いいです。それください」
当日チケットを売る売り場で短い会話を交わし、俺は立ち見のチケットを入手、大人しく列の最後尾に並んだ。
……ぬう、かなり浮くと思ったのに、そうでもないな。
俺と同じくらいの年齢層もいるぞ。……それどころか、俺より遥かに年上の人もちらほら。そういう人に限って、なぜか単独客だが!
「開場、五分前でーーーっす!」
列を管理しているバイトの青年が、大声で叫ぶ。
たちまち歓声が満ちて、俺まで笑顔になった――が。
ふと気付いた……遥か前方の、施設の受付前に、見覚えのある黒服男がっ。別に俺みたいにチケットを買い求めるでもなく、列をきょろきょろと見回したり、歩道を歩く通行人を粘着質な目つきで見ている。
たった今、到着したらしい。
例の、前にうちのマンション前をうろうろしていた男である。
「あいつっ」
心の中でよせっと声がしていたが、俺はそのまま断固として列から抜け出し、そいつの方へ歩き出した。
あいつと顔付き合わせてどうするんだと思うが、身体が勝手に動いたんだから、仕方ない。本人まであと十メートルあたりの時点で、そいつも俺に気付いた。
「……やっぱりか!」
なぜか、俺を見てそう吐かした。
「なにがやっぱりだよ?」
初めて顔を突き合わせたが、痩身で俺より身長も低いが、なぜか手に分厚いアイドル系の雑誌を持ち、それを胸の辺りで構えている。
異様な雰囲気で、気持ち悪い。
既に施設前に待機しているガードマン達も、密かにこちらに注目しているようだ。
「まさかとは思うが、ここで歌うあの子達の邪魔しにきたんじゃないだろうな、えっ」
「よせよ、盗っ人猛々しい!」
まだ暑い時期でもないのに、男は脂汗をかいていた。
濁った目で俺を見上げ、吐き捨てるように言う。
「そりゃあんただろうにっ。Twitterでふいにアップされる町の画像が変化したのは、どう考えても、あんたと目が合ったあの日以来だ。しかも二回目に目が合った時は、あんた、僕の写真まで撮ったよな……つまり、僕達の仲を邪魔するのは、絶対あんたに違いないと思っていたのさ。大方、イヴやマリアのTwitterのアカウントも、あんたが乗っ取ってるんだろっ」
話す度に興奮するのか、いよいよ汗がひどい。
「ファンなら、いつかこういう場所に出没するだろうと思って、待ち構えていた甲斐があったってもんさ! 粛正するなら、真のファン達の前で行うべきだからあっ」
怒濤の勢いで捲し立てたが、正直、興奮しすぎた早口のせいで、上手く聞き取れない部分もあった。
ただ、今のこいつは、なぜか俺を「自分とアイドルグループの仲を引き裂く、邪悪な他のファン」だと信じ込んでいるらしい。
とんだ誤解である。
「下劣で腐ったファンめっ。許さないぞ!」
「ま、待てっ。俺はそもそも――」
あいにく全部言い切ることはできなかった。
俺が呆れて反論しかけた瞬間、そいつは雑誌の裏に隠していたナイフを晒し、いきなり俺に襲い掛かってきたからだ。
とっさに手にしてた小型リュックを持ち上げたが、ぶつかった勢いが強く、俺はものの見事に路上に倒れた。
警備員達の叫び声がした気がするが……その後のコトは記憶にない。