いつか、伝説級のアイドルになるに決まってるからな。買える時に買わないとさ
昼ご飯は、中華料理店を予約してあったので、そこへ行った。
サンシャイン60と呼ばれるビルの、高層階の店である。
四人から予約可能な個室を、電話で無理言って予約したのだが、小綺麗で色彩豊かな部屋に案内されると、イヴもマリアも随分と驚いて目を白黒させていた。
「お兄様、お財布の方は大丈夫ですか?」
頬に片手を当て、イヴが心配そうに俺を見る。
「は……はは。子供が支払いのことなんか心配すんなって」
ああ、ちょっと声が引きつった。
値段は一人一万円以下だったよな、確か。
違ってたらどうしよう。
「にーちゃん、カードに頼り切りは、後々ヤバいぞっ」
マリアが真面目な顔で、置かれた箸を取り上げて、チンチンと急須を叩く。
イヴには弱々しく微笑んだ俺も、半ば図星を指されて、さすがにむっとした。
「別にいつも贅沢してるわけじゃないから、いいだろっ別に。……まあ、確かにコース料理なんか予約したの、初めてだけどな」
最後の方は声が小さくなったりしてな。
俺の食生活は、基本的に牛丼屋とかファミレスが半分以上を支えているようなもんだからな。コース料理なんて無縁に決まってる。
本当は自炊するのが一番安いのは、わかってるんだが。
う……余計なことを白状したせいか、また二人に同情の目で見られたぞ。
「わたし達のために、ありがとうございます」
「うんうん、あたしも忘れないよっ。結婚したら、毎晩サービスするからっ」
馬鹿たれなことをマリアが喚いた途端、ちょび髭の中華服の老人が、ワゴンを押して入ってきた。
神がかったタイミングだったね!
「うわ、フカヒレスープだよ、にーちゃん! クノールスープしか知らないんじゃ、これ見たらびびるぞっ」
「もう見てるよっ。いちいち恥ずかしいセリフを喚くな! 大人しく食え、大人しくっ」
老人が密かに苦笑するのを見て、俺はてきめんに赤面した。
なんでこの子は、思ったことをそのまま叫ぶのだ。俺をへこませようとして、わざとやってんじゃないだろうなっ。
ああっ、マジでゴーゴーカレーとか吉野家にすべきだったかもっ。
……ともあれ、どこかから見張ってんじゃ? と思うほどに、完璧なタイミングで中華料理の皿が次々と運ばれ、俺達は雑談しつつ、たっぷり一時間以上はかけて食事を終えた。
コース料理初体験だが……これはこれで、いいもんだな。
もちろん、値段がもう少し安くて、あと一人でも入れる雰囲気なら。
笑顔の二人を連れてエレベーターに入ったところで、早々に俺は白状した。
「悪いな。俺が計画してたのは、ここまでだ。他、どこか行きたいトコあるか?」
がっかりされるかと思って緊張したが、二人とも全然そんな様子は見せなかった。
「では、アニメイトはいかがっ」
イヴが早速、目を輝かせると、マリアもすぐに賛成した。
「いいね、それ。しばらくお仕事の関係で、いけなかったしぃ。いいよね、にーちゃんはモロにアニオタだしさっ」
一階に着いてケージのドアが開き、マリアの声を大勢に聞かれてしまった。
毎度毎度、こいつはもうっ。
「あ、アニオタってほど、たくさん見てないわいっ」
「ええっ。この前、レコーダーの中身調べたら、ハードディスクの4テラバイト分の8割は、アニメでしたわよ?」
「……いいから、早くこいっ」
もはや言い返さず、俺は素早く二人を連れ出す。
入れ替わりにケージに入る皆さん、ほぼ全員が笑ってたような。
アニメイトでぶらつくなら、そりゃエレベーターで一番上の階へまず上り、そこから順に下の階へと回るのがセオリーだろう。
「最近のアニメイトって、女の子のお客さんが多くないか?」
イヴもマリアも、これには素直に頷いてくれた。
「しかも、綺麗な女性が多いですわ」
「にーちゃんは完璧、浮いてるよね……いや、たまにそういう客層もいるけど」
「うるせーよっ」
反射的に言い返したが、平日だから人混みもさほどではなく、今回は誰かに聞かれた様子もなかった。
しかも――最上階はアイドルグッズの展示売り場になってるし。
常設ではなく、期間限定らしいが。
「おお、おまえらのもあるかねぇ」
陳列棚にささっと目をやると、二人同時に声を上げた。
「買ってくれるのっ」
「購入して頂けますの!」
「そりゃもう」
二人して冗談っぽい口調だったが、俺は真剣に即答した。
「いつか、伝説級のアイドルになるに決まってるからな。買える時に買わないとさ」
そう凄いことを言った覚えもないのに、二人が絶句して立ち止まる。
なんだか妙に感激した目で、そして珍しく無言のままで俺を見つめていた。
……ひょっとしたら、今のは俺にしちゃ気が利いたセリフだったのかね。