彼女ですもの……デートしなければいけません!
「わたしは、お兄様に捨てられるのですか……」
などと超悲観論を展開して拗ねているイヴを宥めるのに、だいぶかかった。
俺とマリアが二人揃って、「練習だったんだって!」というセリフを連呼して、説明もして、ようやく許してもらえた。
ただし、なぜか俺はイヴの練習も手伝う約束されちまったが。
まあ、これは了承するしかなかろう。
マリアが「練習はいいけど、雰囲気に釣られて、いくところまで行っちゃったら駄目だよっ」とわけのわからん不安を表明したが、んなわけあるかっ。
とにかく午後も遅い時間になってようやく和解し、俺達はまたソファーでダベっていた。
いや「そろそろ部屋に戻るかなあ」と言った途端、二人してがっちり左右から腕を掴まれてしまったのだ。
さりげなく気を遣ったのか、マリアが買い置きの饅頭を出してきて、ガラステーブルの上に三人分並べてくれた。しかも、一人二個ずつという大判ぶるまいである。
それと、コーラ。
「おまえ、昔から甘いものと炭酸に目がなかったなあ」
昔を思い出して俺が呟くと、マリアがすかさず「牛乳も好きだよっ」と笑顔で付け加えた。
「だいたい、にーちゃんも好きじゃん? だって、昨日遊びに行った時に冷蔵庫開けたら、牛乳とコーラが普通にあったし」
「まあな。酒もビールも美味いと思ったことないからな。それならまだ、炭酸ものかコーヒーか紅茶だ……て、なんで饅頭なんか写真に撮ってんだ?」
スマホでガラステーブルの上の饅頭を撮っているマリアに、俺は顔をしかめた。
「あたしだけじゃなくて、イヴもよく撮ってるよ。Twitterによく画像載せてるからさー」
「その通りですわ。外でもたまに撮りますね」
二人の何気ない説明に「へー」と肩をすくめた俺だが、そこでいきなり脳裏に光が差した。
「まさか……それか!」
立ち上がって拳を固めた俺を、左右から二人が不思議そうに見上げる。
「どしたん?」
「なにかありまして?」
「後で説明するから、Twitterの二人の書き込み、見せてくれ」
頼むと、マリアが自分がかき込んでいたスマホの画面を見せてくれた。
「これだけど、アカウントはイヴと共通だよ。アイドルのバースデイズとして書き込んでいるから」
「ちょい待て」
俺はマリアに断り、過去の書き込みを遡る。
とはいえ、昨日の時点で、既に問題画像を見つけた。うちから少し歩いた大通りの画像だが、桜の枝に止まる野鳥を撮影したものだ。
それ自体は別にいいんだろうけど、ボヤけて背景も少し映っている。
他にも、被写体は別物だが、背景がうちの近所って画像が、もう一枚あった。それはまあ、野良猫を撮影したものだったが。
「……多分、これが原因の気がするな。なにか他にヒントがないか、探してたわけだ。運良く偶然会えば、尾行すりゃ家がわかるし」
「なんの話?」
マリアの平和そうな顔に、俺はわざと怖い顔を作って、言い聞かせてやった。
「下手すると取り返しのつかないことになるから、二度と近所で写真なんか撮るな!」
俺は昼間に自分が観た不審者のことを教え、諭してやった。
だいぶくどくど注意したつもりだが、二人は最初は神妙に聞いていたくせに、そのうちなんだか眩しいものでも見るように、俺をじいっと見つめ出す。
それも、妙に嬉しそうというか、くすぐったそうに。
「おい、なにとろんと笑ってんだよ。珍しく真剣な話をしてんだぞっ」
「わかっていますわ」
「うん、ちゃんと通じてるよ」
揃って頷く。
「ただ、にーちゃんがすごく真剣に注意してくれるから、ああ『あたしは愛されてるなあ』とちょっと浸ってたわけ」
「そうそう、あたしはというか、当然ながら『わたしは』が正解ですがっ」
俺の左右で睨み合い、バチバチと火花を散らす。
「やめんかっ。とにかく、二度と近所は撮るな! あと、さっき教えた特徴に合う奴を見かけたら、すぐ逃げるんだぞ」
「うんうん、にーちゃんありがとう!」
「ご心配、嬉しく思います……お兄様」
「わかったのはいいが、二人して抱きつくな、コラっ」
左右から女の子にしがみつかれると、焦るではないかっ。
二人とも、既に制服の上着だけは脱いでいたので、上は薄いブラウスのみである。しかも女子校の気安さから、やたらブラジャーが透けまくって見えているという。
マリアは下と揃いのピンクで、イヴなんかレース飾り付きの、高そうな純白ブラである。
もしかしてこいつら、俺と過ごした記憶があるんで、イマイチ男をナメてないか。
普通の男は、俺みたいに遠慮深くないぞっ。
そう思い、この際はそっちの注意もしてやった。
「世の中、本気で誘拐しようとか計画立てる奴もいるんだから、警戒心は常に持たなきゃいけないんだぞ」
「……はい。お言葉、しかと受け止めました」
「はぁい。大丈夫、にーちゃんのために、貞操は死守するからっ」
ますますキツくしがみつかれて、足まで絡めてくる二人に俺は困惑した。
「おまえら、ホントにわかってる? ていうか、ちょっと離れろ」
「離れるから、今度デートしてくれる?」
マリアが潤んだ瞳で見上げた。
「おおまえな、全然関係ないことをいきなり――」
「わたしも賛成ですわっ。彼女ですもの……デートしなければいけません!」
夢見る表情でイヴが追従した。
こ、こいつらっ。