なにを揉むんですか、なにを?
「じゃあ、早速行くね!」
俺の危惧をスルーして、マリアが宣言する。
台本のページを開いて、練習部分を手で示した。
「ひとまず、これだけ。短めだから、いいよね?」
「良いも悪いも、もう練習する気になってるじゃないか、おまえ」
「てへへ」
俺は苦笑して居住まいを正した。
「付き合うよ……王子様のセリフでいいんだな? でも、マリアの分の台本は?」
「オーディションで使う部分は暗記してるから平気。じゃあ、ちょっと立って、にーちゃん」
「立つ必要あるのか!?」
「実際の場面では立ってるはずだから、お願い」
「い、いいけど」
ああ、どんどん流されていく。
「それじゃ、向き合って――では、早速あたしからー」
「お、おう……」
正直、声優の真似とか、冗談でもしたことない。
俺でいいんだろうかと腰が引けてるうちに、もうマリアは始めていた。
「女と見て侮るのかっ。貴方はそんな人だったのか、王子っ」
う……いきなり凜とした声に変化したぞ、こいつ。
俺は慌てて自分のパートを呼んだ。
「そうではないっ。私は本気で貴女を愛しているのだ、ジョセフィーン(誰だよっ)。剣の王女と名高い貴女も、宮廷で踊る貴女も、私は等しく、あ、愛している」
「こらぁああ、そこで照れちゃだめぇええええ」
うおっ、渾身の駄目出しが入った。
「あと、その部分はあたしの手を握って言うの。書いてあるじゃん!」
「いやでもっ。このセリフ、恥ずかしすぎだろっ。この上、さらに手を握ったら、いよいよ照れまくりになっちまうわ」
「自分が王子になって、女の子をくどくシーンだって思ってよ。あたしも王女になりきるからさあっ。王子といえば、かっこつけるもんじゃんさ!」
あたしもってなぁ……言葉遣いが王女じゃないわい。
いや、マリアは本気になったら、かなり(声だけは)化けそうだが。
「イヴも別の役でオーディション受けるから、片方だけ落ちたら、可哀想すぎるでしょっ。だから、特訓あるのみっ」
鼻息も荒く、マリアは拳を固める。
「それはまあ……片方だけ落ちたら、いろいろ落ち込むよなあ」
「ホントにそうなってあたしの方が落ちたら、にーちゃん、ちゃんとあたしを抱き締めて、しっかり慰めてね?」
いや、なんでやねんっ。
心中で突っ込んだが、マリアは即、促した。
「わかったらほら、続きからでいいから、お願い。もちろん、王子の人の動作もちゃんと再現ねっ」
「わかったわかった。じゃあ、行くぞ」
「はいなっ」
自分だけ、すげー楽しそうにしやがってぇ。
俺は渋々、先を続けた。
「その証拠に、この私の鼓動を感じてはくれまいかっ」
この王子、どっかおかしいんじゃないかっと思ったが、台本に逆らってもしょうがない。
セリフと同時に、握っている相手の手を自分の胸に当てよ、的な書き込みがあるので、やむなく俺は実行した。
マリアの手を握って、指示通りに自分の胸に当てる。
ヤバいことに本気でドキドキしていた。これ、悟られてしまうかも。
「王子……確かに貴方の鼓動を感じる……私は言いすぎたのかもしれない。謝罪をさせてほしい……」
情緒たっぷりに言い切ると、ホントに苦しげな表情をして、マリアが俺の手を取り、今度は自分の胸に当てた。
片手とはいえ、お互いにお互いの手をという姿勢で、これ実行するとかなりしんどいんだがっ。
あと、マリアが俺の手を当てた位置が、ほぼ膨らみ部分で、すげー緊張するんだがっ。
「いや、ちょっとこれはまずくないかっ」
「こらぁ、そこで尻込みしないっ。ぐにゅっと揉むくらいの勢いで――」
その瞬間、密かにドアが開く音がして、俺達はさっと玄関の方を見た。
「……なにを揉むんですか、なにを?」
嫌過ぎることに、ドアを開けた姿勢でイヴが立っていて、しんねりと俺達を見ていた。




