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龍の華 1  作者: 雨月彩花
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第一話 綺麗な花には棘がある

見上げた先、鼻に衝いたのは鉄の、血の香り。

硝煙と血の混ざった香りに少女は眩暈を覚え、空を見上げた。

白き龍と黒き龍が領域とする空は常の青空とは程遠い血の色に染まっている。

自らを守って倒れた愛しき人に少女が美しい翡翠色の瞳から宝石のような涙をぽろぽろと零した。


「嫌よ、嫌!誰かが傷付くのはもう見たくないのに!!」


劈くような咆哮に少女の悲鳴が重なった。



第一話「綺麗な花には棘がある」


荒い息と無数の靴音。

金属の擦れる音が耳にこびり付く。

背の高い草を掻き分けて、広い場所に出れば周りを男達に囲まれた。

赤い軍服を着た少女はそれに肩を竦ませてみせる。


「……敵の誘導に成功。指示を願います」

“了解。そっちは任せた”

「はい」


右耳のピアスに魔力を送り、通信を終えると少女は腰に帯刀していた刀を二本抜いた。

その瞬間、男達の顔が引き攣る。


「そ、双剣の女騎士!?」

「コ、コイツ『赤鬼』だ……!!」


男達が動揺しているのをいい事に少女は再び右耳に魔力を送る。


「桔梗より紅梅隊へ。作戦を開始する!!一人も逃がすな!!」

“了解!”


部下からの返事を確認し、男達に向き直るとゾッとするほど綺麗な笑みを浮かべた。

両手に構えた刀が獲物を捉えた牙の如く鋭く光を纏う。


「う、うわああああああ!!」


男の一人が恐怖のままに魔導銃の引き金を引いた。

足元に出た魔法陣により銃が連射型に変化する。


「当たれえええ!!」


舌打ちを零すと少女は右手の刀に魔力を集中させて空間を切り裂いた。


「来たれ、日の申し子《朱鳥(あすか)》!!」


少女に弾丸が当たる、その前に辺り一面を強い光が包み込む。

光と共に鬼の仮面を付けて着物の女性が現れ、腕を大きく広げた。

女性の周りを炎の薄い膜が覆って弾丸をすべて弾き返した。

男達の顔が見る間に青白いものへと変わっていく。


「く、クソ!逃げるぞ!!」


男の一人が叫ぶのに周りの男達も賛同して我先にと少女に背を向け始める。


「逃がす訳ないでしょ?」


不敵に笑った少女が刀を収めて右足に魔力を込めた。


「罪人に鋭き牙を突き刺せ《雷狼(らいろう)》!!」


少女の足が雷を纏ったかと思うと、彼女は鋭い蹴りを放った。

蹴りの衝撃波で雷が狼の形に変化し男達に襲い掛かる。

次々と男達が倒れる中、辛うじて意識を保っていた一人に少女が静かに歩みを寄せた。

美しい容姿に(そぐ)う笑みで毒を吐き出す。


「魔導銃密輸の罪で逮捕します」


己の手首に回された無機質で冷たい手錠に男は白目を向いて今度こそ意識を失った。


*****


気絶した男達を合流した部下と朱鳥に村役場まで運ばせると少女、桔梗は待合室へと足を踏み入れた。

敢えてノックをしなかったのはこの部屋が聖騎士団に貸し出されているからという事と、疲れた身体を早くソファに下ろしたい、両方からきたものだ。

と、部屋の中に入った瞬間異様な匂いが鼻を衝いた。

何かが腐ったような発酵したような匂いに思わず鼻を手で押さえて、部屋の中を見回す。


「……また、そんな物食べてるんですか?」


匂いの元を辿ればそこに居たのは先に帰って来ていたらしい彼女の上官、シアンが悠々とソファで寛いでいた。

その手には納豆が入れられ、ゲテモノと化したパフェが握られている。

うぇっと舌を出しながらに言えば、シアンの眉間に皺が寄った。


「別に俺の勝手だろうが」


桔梗の視線などお構いなしにゲテモノの残りを美味しそうに平らげると、紙ナプキンで口を拭き、空になった容器へスプーンを放り込んだ。

疲れた~と気の抜けた声で伸びをしながらソファに桔梗が座る。

常備されている水に彼女が手を伸ばすのと部屋のドアがノックされたのは粗同時であった。


「……どうぞ」


水飲みたかった!と内心涙目になりながら返事を返すと部屋の中に初老の男性、この村の村長と村の子だろうか、見知らぬ少年が入ってくる。

固く口を結び緊張の面持ちで少年は桔梗とシアンを見比べた。

その手には「依頼書」と書かれた紙が握られている。

ちらとシアンの顔を窺えば一瞬険しい表情を見せたが、直ぐに普段通り(普通の顔でも怖いが)に戻ると少年を見た。

少年は目が合ったシアンに近付き、意を決した様子で口を開く。


「き、桔梗さんですか?」


少年が言い終えてから、遅れて桔梗を見やれば彼女の口の端がピクピクと痙攣していた。

それを視界の端に捉えるとシアンは堪えかねたようにげらげらと大口を開けて笑いだす。

上官の癇に障る笑い声に口の端ならず、眉もひくひくと動かして机の下にある革製のブーツを女性騎士に支給されるヒールブーツで踏んで黙らせる。

痛みに悶絶して黙ったシアンを放置し、苦笑いで少年に向き直ると桔梗は言った。


「桔梗は私よ」


少年が桔梗の言葉に、しまったと顔面に文字が見えた気がした。

すみません、と言う言葉と共に勢い良く腰を折る。


「あ、『赤鬼』って呼ばれてるから、てっきり男の人だと……」


痛みから回復したらしいシアンが、またツボに入ったのか今度は涙を流しながら声を引き攣らせて笑い始める。


「アンタ、このネタ大好きだな」

「ひ、ひー苦し……。も、やめてくれ……ッ」


げらげらと笑うシアンに冷たい目線を送るが一向に黙る気配がないので、二発目の攻撃を足の小指にピンポイントで当ててやった。

にっこり笑みを零して少年を見ると桔梗は先を促す。


「ごめんなさいね。続けて?」

「は、はい」


少年は若干震えた手で依頼書を桔梗に渡した。

一つ深い溜息を零して、桔梗の目を射抜く。


「俺の、俺の友達を助けてください!!」


今度は桔梗に謝った時の比ではないほど、深々と頭を下げると少年は泣きそうな顔で二人の騎士を見た。

揺れる緋色の瞳には心配と不安と様々な感情が見受けられる。


「その友達は病気なの?それとも怪我をして動けないとか?」


依頼書の項目をチェックしながら少年に聞けば彼はふるふると首を横に振った。


「分からないんです。でも、ここ一ヶ月くらい姿を見せてくれなくて」


しゅん、と見る間に落ち込む少年を見て桔梗は瞳を細める。


(友達想いの優しい子だな)


そう思って自然と顔を綻ばせた。

けれどそんな彼女とは対照的にシアンの顔は険しいものへと変化する。


「どうして私に依頼を?」

「ひ、東の国の出身だと聞きました。東の人は動物と心を通わせ話す事が出来るってじいちゃんが」


だから、と口を噛み締めて少年はそれっきり黙り込んでしまった。

村長にもお願いしますと頭を下げられては弱ってしまう。

今は大事な任務の最中だ。

第一、第二小隊が合同で行うほど、この任務の危険性と重要性は高い。

隊長格が抜けるとなると後でシアンに始末書を書かされる事も間違いなしだろう。


「駄目だ。依頼は受けられん」


案の定シアンが険しい表情で少年を往なした。

強面の大男に凄まれ、少年の肩が小さく震える。


「今は密輸犯を本部まで連行する任務の最中だ。別の依頼は受けられん」

「……チッ」

「何だその態度は」

「いいえ、何でもありませんわ」


態と丁寧口調で怒りを表せば、桔梗は困ったように眉間に皺を寄せた。


「聞いての通りよ。最重要任務の最中だから、依頼は受けられそうにないわ」

「そんな……」

「もし急いでいないのなら本部に一緒に来てくれる?」

「……」


見る間に元気をなくしていった少年に心が痛む。

幼気な一般人まで虐めて楽しいかと念を込めてシアンを睨めば、彼は深い溜息を吐いてからガシガシと頭を掻いた。


「あー……。ったくしゃあねえな」

「?」


瞳を潤ませて顔を上げた少年にシアンは持っていた地図を乱暴に広げた。


「……依頼書に書かれている森っつうのは、この森の事だな?」


国境であるこのラディカータはどちらかと言うと東の国寄りの村だ。

ここから中央の国にある聖騎士団本部まで行くには森か、川を渡る必要がある。


「は、はい」


少年が緩慢な動作で首を縦に振った。


「この森の奥にある祠に俺の友達が住んでいるんです」

「祠ってこれかしら?」


桔梗が森の奥にある岩のようなマークを指差せば、少年はまた首を縦に頷かせる。


「……確かこの祠の横に続いている細道を通れば近道だったか?」

「はあ?」


そんな話は初耳だ。

シアンの言葉の意味が分からずに桔梗が怪訝な顔をすると、意図に気付いたらしい村長がにっこり白い歯を見せて笑った。


「はい。ここから行きますと一日ほどですが、早く帰れる筈です」

「え、あの村長?」

「だってよ」


悪戯っ子のようなシアンの笑顔に、桔梗は漸く彼と村長の話の意図に気が付く。


「……では、その道を通る際、彼の依頼を受けても構いませんか?」


意を決して小さくぼやいてみれば、シアンが黙って印鑑を差し出してきた。


「勝手にしろ」

「はい!」


一人置き去りにされていた少年の手を桔梗の手が包む。


「貴方の依頼をお受けします」


綺麗な笑みで笑った桔梗に釣られて少年も心底嬉しそうな笑みを浮かべて、彼女の手を握り返した。


「シャム・クレイグです!よろしくお願いします!」


シアンの印鑑と自分の印鑑を朱肉を付けて受領印の場所に押し込む。


――安らかな日常が崩れようとしている事など、この時の彼らは知る由もなかった。



▼初めまして雨月彩花(うづきさいか)と申します。

今回で四度目のリメイクとなりました。何回リメイクしたら気が済むんだと自己嫌悪に陥っております(苦笑)

四度目の正直になればいいなと完結に向けて日々ちまちまと書き進めておりますので、宜しければお付き合い願います。

もし良ければ一言でもいいので感想をお願いします。

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