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殺しの美学  作者: てぃけ
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久留呉の美学

須藤すとうさんは話し終わると息を吐いた。

「へぇー、凄いことがあったんですねぇ」

そう言って風子ふうこちゃんは感嘆していた。

「彼女は幸せだったんでしょうかね。主観的に見て、或いは客観的に見て」

さえさんも色々考えるところがあるようだ。

「俺の立場とは相容れない部分があるなあ」

羅実らじつさんは納得出来ないところがあるらしい。そのまま会話は続いた、そして。

「次は僕が話しますよ」

久留呉さんが切り出す。

「殺人っていうのは一つのパフォーマンスです。魅せなければならない」




 路地裏でこっそりナイフを刺す、崖に呼び寄せて背後から突き落とす、食べ物に密かに毒を盛る……どれもこれも陳腐だとは思いませんか? 何ともパッとしない。そんなパフォーマンスで聴衆は魅せられるのですか? いや! できないでしょう! 人々の心をひきつけるような演出が必要なんです。

 人目につかないような暗々とした殺人を犯すというのも一つの美学なのかもしれませんが、僕は他の人が見えるところでやるべきだと思う。絵画や歌と同じですよ。せっかく良い絵画や歌が出来上がったとしても、誰も見ていず聞いてもいなければ、つくった甲斐がないというものでしょう。むしろ見てもらわないと仕方がない。

 どのようにすれば魅せる殺人ができるのか……これは言葉でスパッと説明するのが難しい。これも絵画や歌と同じです。どのようにすれば魅せる絵画ができるのか、或いは歌ができるのかという問いに、その答えの全てを簡単に言い尽くすということは困難です。正直未だに分からない。

 しかし、多くの人を魅了するパフォーマンスや演出、現象というものが既に存在するでしょう。例えば、サーカスの公演や映画の演出にオーロラ現象など、人々の心をつかんで離さないものがいくつもあります。そこで、こういう考え方もできると思いつきます。そういった既にある魅力的なものの中に殺人を組み込むことで、人々の心をひきつける殺人というものができるはずだと!

 ――今から話すのは僕が取材の際に人づてに聞いた事件のことです。彼もまた既にある魅力的なものの中に殺人を組み込み、事を為したのです。



 ある男子大学生がいました。ここでは仮にAとしておきます。Aの友人に言わせると、彼は特別何かに優れているわけでもなく、将来やりたいことがあるわけでもなく、これといった趣味もない平凡そうな男だと言うことでした。ある日、暇そうなAを友人が誘います。近々、学校の施設を借りて書の展覧会のようなものが開かれるらしく、作品の展示の他にも、書家が公開の会場で書を書くパフォーマンスをやる、しかも今テレビで話題になっているある女性書家が出るので、一緒に見に行こうという内容です。Aはこういったプロの催しを生で見るのが初めてで、友人の言から多少興味をもったこともあり、これを了承して一緒に見に行くことになりました。

 当日、二人は女性書家らの公演を見に行きます。女性書家らが実演を行うのはステージがある講堂で、ステージには大きな紙と大きな筆等の書道の道具が既にセットしてあり、二人は暗い観客席に座って始まるのを待っていました。席は後方のものほど高くなっているタイプで、二人は視力も良いし、席も見やすいところを確保できたので、そのままでも十分ステージの様子を見ることができましたが、カメラを通して大きなモニターにステージの状況が映っており、そちらで鑑賞することもできるようでした。

 しばらく待っていると例の女性書家を紹介するナレーションがあり、どうやら彼女が先に立ってパフォーマンスを行うのだということが分かりました。女性書家が出てくると、思わず目が釘付けになりました。なるほど、美人だとAは彼の友人が彼女を直接目で見てみたがったのも分かる気がしました。彼女は舞台の中央で書を書く準備をして墨に筆を泳がせます。書を書く前の動作とは言えその様は美しく、まさしく本物だと思わせました。そして、洗練された動きで紙に魂を込め始めると――これだ! Aは探していたものを見つけたんです……。

 このとき、Aはこれまでの平凡な人生に区切りをつけ、書道の筆で自らの人生を豊かに表現していくと決めたのでしょうか? いいえ、残念ながらそれは違いました。Aが見つけたのは殺人の果実です。Aは彼の友人から言わせると平凡そうな男だったようですが、その胸の内ではずっとずっと殺す時と場所と相手を探していたんです。いつからか、具体的なときは分かりませんが小さな少年の頃から人を殺したいという気持ちがありました。最初は人を殺すということについての単純な興味だったんだと思います。それが年齢を重ねて成長していくごとに、社会が、教育が、だめだだめだと言えば言うほどその欲求は大きくなっていきました。そしてその日、Aは舞台の上で輝く女性書家を見て、美しさに目を奪われると同時に、脳のどこかで想像してしまいました、舞台の上で芸術的に倒れる彼女の姿を……。想像してしまうと欲しくて欲しくてたまらない、そのみずみずしい果実の味を確かめてみたい、殺人という餌を食って生きる獣のように飢えて飢えて仕方がない、喉の奥がそう言っているのを彼もまた自分自身の横で聞いていました。

 Aは彼女の出番が終わった後も緊張と高揚の気持ちがおさまらず、他の書家の出番も終わって、家に帰ってからもおさまらない気もちのまま作戦を考え始めました。

 Aが初めて美人女性書家のパフォーマンスを見てからしばらく経って、Aはある学校にいました。その日、その学校でまたこの前のような書道のイベントがあり、彼女が公開実演するのです。Aは舞台のある施設に忍び込みました。事前に調べていた通り、準備はある程度前もって終わらせてありました。そして目当ての大きな筆が目に入ると、一応辺りの様子を伺いながらすっと側に寄って、筆の中に青酸カリを相当量忍ばせました。これでAの仕込みは完了です。Aは速やかに出口に向かい、人目を注意しながらその場を離れました。

 そして、公開パフォーマンスの開始時間前、Aは会場のステージがよく見える席で緊張を伴いながら座っていました。ナレーションが流れて、例の女性書家が最初に実演を行うことが知らされます。計画通りです。そして、Aが今か今かと待っていると彼女が舞台に出てきて準備を始めます。彼女が筆を掴んだとき、Aの心臓がうるさいくらいに鳴り、もしかしてばれるのでは? 失敗するのでは? と不安に駆られました。その後、彼女が筆を墨につけた後、Aには彼女が一瞬変な反応をしたように感じられ、緊張が最高潮に達しましたが、彼女はそのまま実演を続け……そして……。

「――!!」

女性書家は多数の観衆が見る中で、苦しみながらも一瞬の芸術的な美しさを保ったまま倒れ、「作品」を完成させてくれたのでした。

「beautiful」

Aが呟いた頃には死んでいたのでしょうか。

 


 これが僕が聞いた殺人事件の内容です。本当は遊園地に遊びに来た有名人なんかを観覧車でも破壊して、水の演出なんかも激しくして、花火なんかもバックであげながら、パレードに組み込んで殺ると派手でいいのかもしれませんけどね、大きな遊園地なら人ももっと多いでしょうし。でもそれは流石に俗っぽすぎるでしょうか。とにかく、殺人においては被害者の人的性質と殺人手段の関係というのも重要な要素だと思いますので、書道家を書道の手段に関連させて殺ることができたのは良かったですね。

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