第二話:開戦の狼煙
「ごめん、なんかホストが捨てられてたから」
「ハァ?周お前何言ってんだ」
新作カードアーケードゲーム『Soulmate』のロケテスト会場。話題の新作ゲームに一足早く触れようと全国からアーケードゲームのユーザーが集まってきており、ゲームセンター内の一角にすぎないスペースは異常な人口密度となっていた。
その会場の受付前で、なにやら男と女がもめているようだった。
「お前のせいで人数待ち246人だぞ!コレ進行がちょっとでも遅れたら今日できるかどうかもわからない人数だって言われたんだぞ?!」
彼の怒鳴り声も会場の熱気と同化して、周囲からは迷惑がられていないようだ。
「もう、ごめんって。でも先に受付済ませといていいっていったのに待っててくれてありがとね」
周と呼ばれた女はニヤリともニコリともつかない微笑を浮かべた。怒鳴り声の主は狐につままれたような表情をしたが、直後はっとし
「煽ってんのかよ」
「いや、久保もツンデレでかわいいとこあるなあって」
「煽ってんじゃねーか!」
久保が周につかみ掛かる。久保の身長は180を越えており体格がかなり強靭だ。それに対し周は平均女性以下の小柄な体格だ。周囲に緊張が走り。いつでも制止出来るようにと受付が腰を浮かせる。しかし、周は少しも動揺していない様子だった。
「まあまあ、後からの方が操作とか戦略もよく理解できていいんじゃない?」
久保が周から手を離し、すこし考えているような表情になった。
「戦績トップとれれば目立てるかもよ?」
戦績トップ。目立てる。その言葉が久保の表情を輝かせた。
「そ、そうか、怒って悪かったな。よし!プレイ中のやつらガン見してバッチリ予習しようや!」
周囲の緊張が解けた。久保はコロコロと感情が変わる男らしい、今度は満面の笑みを浮かべながら周とハイタッチしている。怒鳴っていたことを忘れたのだろうか?しかしそれにあわせていられる周も周である。長い付き合いなのだろう。あるいは恋人のような関係なのかもしれない。
午後9時。『Soulmate』ロケテスト会場は異様な雰囲気に包まれていた。
「ミズウミってテスト初日に来るのか?」
「わかんねー。ってか偽ミズウミ多すぎだろ、ヘッタクソなくせによくミズウミって名前付けれるよな」
「もう10時か。もしかして参加しないのかな?プレイみたかったな」
「いやそれはないっしょ!ブログで参加しますって言ってたじゃん!」
会場は『ミズウミ』というゲーマーの話題で持ちきりだった。ミズウミと言えば、家庭用ゲーム機やパソコン、そしてアーケード等種類を問わず数多くのオンライン対戦ゲームでランキング上位に名を連ね、ランキング荒らしとしてゲーマー達の中で知られる存在だが、公式大会等顔が出る舞台には現れなかった。そのミステリアスなキャラがウケたらしく、一部のゲーマー達から神格化されている。
そのミズウミが自身のブログで、『Soulmate』のロケテストに参加する、と記事を書いたのだ。ゲーマー達の間では凄い騒ぎで、今日はミズウミのプレイを一目見ようと駆けつけたファン達の期待と不安が会場を覆い尽くしていた。
「今日中にやれるみたいでよかったよ」
会場から姿を消していた周が戻ってきた。久保に微笑みかける。
「よかったけどよー、いままで超絶暇で他ゲーで時間潰してたんだがお前どこいってたんだ?
「買い物」
周が両手に下げたショップの袋を久保に見せ付ける。
「今度は何買ったんだ?新しいフットスイッチか?新作のゲーミングマウスか?
「やだな。服だよ服。久保の妹ちゃんにもプレゼントあるよ」
「まじかっ!やっぱお前良い奴だな!」
久保が周の肩を勢い良く抱いた。傍から見ればか弱い女の子にカツアゲしようとしている悪漢にしかみえないだろう。周は不機嫌そうな顔をしているが振り払おうとしない。もう慣れてしまったのだろう。
「番号札240番様から247番様!受付までお願いしまーす!」
受付の女性が、いまだ衰えぬ会場の熱気に負けじと大声を張り上げる。周たちの番は無事予定時刻に回ってきたらしい。だが、さらにその上を行くものが居た。
「おっっしゃあああぁぁ!おらっお前どけ、邪魔だろうが!ミズウミ様の御通りだ!」
久保だ。180cm越えの巨体から発せられる怒号にも似た声が会場内に響き渡る。そしてなにより『ミズウミ』!その単語に会場がざわめく
「やめなよ久保」
迷惑そうな顔をしている周と、それに反して意気揚々とした久保だ。二人並んで受付へ向かっている。傍から見ると、なんとも凸凹な身長差の二人組みを周囲は不思議そうに見やっている。
「240番様から247番様全員お揃いですね!では番号札とスターターデッキを交換致します」
『Soulmate』はカードを機械で読み取らせ、筐体に映像として反映させて対戦するアーケードゲームだ。カードの絵柄には人気イラストレーターを多数起用し、硬派な戦略と頭脳線が求められる。だが、感覚的でわかりやすい操作性で、ライトな女性ユーザーからヘヴィな男性ユーザー全員が楽しめる作りのゲームとして紹介され、数多くの新作アーケードゲームの中からとびきり注目を集めている。
――それにしても、こいつがミズウミか。
会場の視線は久保に集まっている。確かに物理的な意味で強そうだが、それは本人の見た目だけの話だ。何より、ミズウミの冷静でクールなプレイスタイルとブログでの口調が、似ても似つかない。
受付を済ませ、プレイするための最初のカードが入ったデッキを受け取った久保らは会場の雰囲気もなんのその、縦と横、L字を反転させたように並んだ筐体の横一列側の座席に着く。久保が筐体の横一列を見渡し、ニヤッとする。
――黒髪ネクラメガネとハゲかけのデブか、初戦のかませにゃ丁度いいな
「対戦相手ってこの四人中からランダムなんだろ?俺にあたった奴はギブアップしてもいいぞ」
久保の煽りに周を除く二人がムッとなる。
「また始まった。あ、みなさん、こいつに勝ったら煽り返していいですよ」
周の言葉に二人が苦笑する。久保は不服そうな顔をしているが、今回は言い返さないらしい。
「では皆さん画面を起動してプレイヤーネームを入れてください!正式稼動時にはリセットされますので、適当でも構いません」
会場の視線が一気に久保の手元に集まった。彼は本当にミズウミなのだろうか?中にはスマホを取り出し撮影しようとしている輩までいる。もちろんミズウミが適当なネームをつける可能性はある。だが、彼もしくは彼女は参加すると言ったのだ。わざわざ来場を公言しておいて偽名を使うなどあまり考えられない事だろう。ならば―
久保の腕が画面へ伸び、指が動く。久保がチラリ、と後ろを振り返り、自分への異常な期待に思わず噴出しそうになる
「――残念、こっちじゃないんだよなァ」
久保は、素早くあああああ、と入力した。そして勢いよく決定ボタンを押す。会場にいる観客ほぼ全員があっけに取られる。なんだこいつ、適当にも程があるだろう。こいつはミズウミじゃなかった。こっち?こっちとはなんだ。じゃああのいかにもモブ然とした二人か――いや違う!
周はミズウミ、と入力していた。