prologue
「何……!? ワンプレイだけだと……」
「はい。千円では一回だけになります」
なん……だと……!!
ここはとある町はずれのゲームセンター。
とある、と説明したのは俺もここがどこだか知らないためである。
ちょっとした理由で息が詰まった俺は息抜きのためにここまできたのだが。
「そこを何とか……」
「ダメです。もっと遊びたければお金をもってきてください」
どうやらこのゲームセンター。千円ではワンプレイしかできないらしい。
千円でワンプレイ? ワンプレイ千円?
ゆっくりと財布の中を覗く。前時代的ながま口財布。
そこにある所持金は十回ほどプレイできる額が入ってはいるのだが。
問題はそこじゃないだろう。
――何だよ千円ワンプレイって。ぼったくりすぎだろ――。
これだろう。
千円? おかしいって。普通百円ワンプレイじゃね?
そこら辺のガキが握りしめて來る額なんて五百円程度だぜ?
できねーじゃん、一回も。
ゲームセンターとは名ばかりで人に遊ばせないつもりなのだろうか、ここは。
やけに人がいないのはこのあたりが荒野の町だからだとばっかり思っていたが、どうやら問題はここの金額らしい。
こんなところで無駄に金を消費する必要はない。
そう判断し、店の外へ出ようとしたのだが……、
「ここに入ったからには一回以上ゲームをプレイしていただかなければ困ります。お客様」
誰がやるか。
そう突っ込んでやりたかったが、確かに店の壁に無造作に立てかけてある看板には『規則:当店に入店された方は一度以上のゲームプレイをして頂くことを規則としております』と、書いてある。
今俺が不機嫌だということが分かってて俺にワンプレイだけやらせようとしてんのか?
「なるほどね。つまりお前、俺に喧嘩を売ってんだな」
それどころか全国のゲーム好き全員を敵に回したと思うんだが。
「売ってません。当店はゲームの使用を目的としたものなので、基本的にものなどの販売などはしておりません」
店員はにやり、という擬音がつきそうな嫌な笑みを顔に浮かべ皮肉ってきた。
はい確定だ。こいつ、俺に喧嘩売ってやがる。
この俺が千円払うのだ。最低五時間はやらせなければおかしいだろう。
だというのに店員は『千円では一回だけです』と言ってくるだと。一回で何分できる?
最高難度の格ゲーを三十秒で決着付けられる俺にとっては分にも満たない。
秒だ、秒。
クレーンゲームを一回でとれない俺に対する当てつけかこの野郎。
店員を睨んでも、その店員はといえばにやにやとしながらポケットに手を突っ込んでいる。
その顔が端麗なのが余計にむかつく要因になっているのだろうが……。
もう駄目だ。あったま来たね。
(ゲームの代金+無駄にイケメソということに)腹が立った俺はその店員を強制的に格闘ゲーム台に座らせ、千円を投入する。
ウィーンという千円札を飲み込む機械音が鳴ると、ゲームの画面に光が点り派手で軽快な音楽が流れ始めた。
店員は困惑顔だったが、それを無視し俺は反対側の台に座る。
その工程までいってようやく俺の意図を理解したのか、反対側に座り顔の見えない店員の空気が僅かに真剣さを帯びた気がした。
「いいんですか? 私はこれでもこの店に古くから勤めておりましてね、中々に腕はたつのですよ。今までも貴方のような荒れた、おっと失礼。貴方のような方々を相手にしてきましたが私は一度も負けたことがなく………………」
と思いたかったけど、その実態は無駄に饒舌になっただけだった。
聞いてみないのにぺらぺら喋り始める。
それも延々と。調子いいなこいつ。
結果的に優しい俺は相手の話を最後まで聞いてあげたわけで。
……要約すると、お前ェなんか俺の足元にも及ばねえんだよ、カス。
カスは実際に言われた。
そのあとでわざとらしくおっと、と口を塞いでいたがその隠した口に笑みがあったのを俺は見逃さなかった。
恐らくゲームセンターの店員とあってその方の腕には自信があるのだろう。
実際自分で語ってたし。武勇伝wwww。
今までも俺のような善良な一般市民に喧嘩を売ったりしているからに違いない。
実際自分で語ってたし。武勇伝wwww。
伝伝伝伝伝、レッツゴー。
ゴホン。
喧嘩を自分から売り、そう見せずに相手が起こった所で相手の喧嘩を買う。
そんな小悪党並の知能にはある意味感動するね。
ともかく、店員は俺が単純な格ゲーで勝負するつもりだとおもっているらしい。
実際俺たちがこれから戦うのは格闘ゲームを使ってなのだが。
…………だが、店員。お前の解釈は間違っているぞ。
画面に『Battle start!!』のロゴが表示される。
俺はにやりと頬を歪ませながらゆっくりと、台の十字レバーと黄色いと赤の四つのボタンに手をかぶせた。
――――三時間後。
「もう……勘弁してください」
「ダメだ。後一時間は貴様をここから離さん」
俺たちはまだ戦っていた。
と言っても戦っているのは店員が疲労と、だが。
俺の方は最初から体力を節約しまくり、集中力も、うん大丈夫。
ゆるゆると相手の攻撃をガードするのみで、最初は相手も『勝った』みたいに俺がいくら弱いだの、私は荒野のサラブレッドですだの。
聞いてない事を再び延々と。
そんな事に無駄な体力を浪費しているから。
一時間もたつと俺の事を理解してくれたのか大分静かになった。
二時間もたつと、相手が操作を止めた。
相手が試合を放棄し、まったくガードしなくなれば俺も何もしない。
もとより俺は最初の三分以外攻撃してない。
結果的に相手が痺れを切らし攻撃してくるのだが、その攻撃を俺がガード。
それもジャストでガードするため、俺の体力は一切減らない。いまだに満タンだ。
一方相手の体力はもう糸のように細く表示されており、後一撃でも受ければ敗北、それほどまでに少なくなっている。
ちなみに相手の体力は開始三分以降一ミリも減っていない。これが何を意味するかはまぁ分かる人は分かるだろう。
そんなに分かり辛いものでもないけど。
もはや相手は心身ともに疲れ果てている事だろう。
が、一切俺が攻撃しないし攻撃は一切当たらないわで終わることができない。
きっと既に勝敗はどうでもよくなっており、一刻も早くこの勝負を終わらせたいと考えている事はず。
なら試合を放棄して席を立てばいい? いや――、
ゲーム中に席を立つことはシステムが許さない。
一度ゲームを始めたが最後、決着がつくまで対戦者はお互いに席を立つことはできない。そういうシステム、規則なのだ。
そのシステムを利用し、俺に喧嘩を売ったことを徹底的に後悔させてやるのだ。
相手も店なんかに規則配置しやがって。
ご苦労な事だ。
だが二度と俺に刃向えないようにし、そして改革。
この店のゲームを千円で十プレイに変えてやるのだ!! フゥーーハッハッハッ!!
きっと民衆は俺の味方のはず!!
しかし。
俺の野望、もとい改革はいとも簡単に潰えることになった。
「ここかァァァーーーーアアァァァア!!」
突然店内に響いた誰のものとも知れぬ(知ってるけど)大声を皮切りとして起こった連鎖的な悲劇。
その声に驚いた俺の手元が狂い、右端のボタンを押してしまう。
そして繰り出されるごくごくノーマルな正拳突き。
ガードをやめた敵ファイター。(勝敗がどうでもよくなった相手はいつからか一切ガードしなくなった)
糸のように細い相手の残り体力。
偶然おこったジャストミート。
――結果。
俺の顔には唖然、そして悲痛。
店員の顔には呆然、そして歓喜。
画面には『You win!!』の文字。
俺にはそれが『You lose……』の表記にしか見えなかった。
逆に店員の『You lose……』の表記は『You win!!』の表記にしか見えなかった事だろう。
勝負が終わりシステムが解除される。
今まで石造のように動かなかった下半身部分が解放され元の主の思うとおりに動くようになる。
システムという束縛から解放された店員は数時間ぶりに立ち上がり、俺から見える程大きくガッツポーズする。たぶん俺への当て擦りだろう。
店の入り口を向き、若干驚いた顔をしながら大きな礼をして店の奥へ脱兎のように駆けていった。
去っていくあいつの顔? ああ、いい笑顔だったよ……。
俺はプルプルと震えながら店員が礼をした方向へと振り向く。
誰がいるかは確認するまでもない。
もう二年以上慣れ親しんだ声だ。間違えるはずがない。
怒りに打ち震えながら振り向いた俺の正面に仁王立ちしながら立っていたのは果たして俺の予想通り、見知った少女だった。
「ハツネ……!! 何てことを!! 今俺はあの店員と上下関係の格付けをしていたんだぞ!! 見たか? あいつ、お前に神様みたいな目を向けたくせして俺にあっかんべぇしていきやがったぞ!! これじゃあせっかくの三時間がただの無駄な時間じゃないか……」
「どうでもいいわよ、そんなこと」
聞いてないね、こいつ。
いかに俺が民衆のために尽くしていたか説いていたというのに。
俺の言葉を紙くずのように一蹴した少女。
その少女は呆れたような表情で俺の事を見つめていた。
やめろ。その視線は一部の人には好評だろうが俺のとってはただ痛いだけだ。
意気消沈している俺にも容赦なく蔑んだ目を浴びせかけてくるこのドS女。下に顔を向けていても視界に映る程に長い紅色の髪。
この世界では大して珍しくもない紅色の髪。
しかし、それが似合うのは珍しくなくない。
つまり珍しい。
それも彼女が美麗な容姿をしているからなのだろう。きっと店員が驚いた顔をしていたのは声の主が予想をはるかに超える美少女だったからにちがいない。
本人は赤髪だと言っているが、確かにシステム上赤髪なのだが彼女を見ているとどうしても紅髪に見えてしまう。
本当の髪の色が何色かはしらないが、俺は彼女の髪は紅が一番よく似合うと思う。
その紅髪の美少女、ハツネはカツカツと音を鳴らしながら俺の方に歩み寄ってくる。
俺が怒りを忘れてしまうほど憤然とした表情の背後に修羅が見えるのはきっと俺の気のせいではないはず。
ていうより気のせいじゃない。前にあれが俺に殴り掛かってきたことあったし。
スタンドかよ。
怖えェ。
「あのね、ハツネ様? これには深ーい訳が……」
「あと三十分後には六国会議なのよ!! どういう神経してたら会議に向かう途中の飛行船から飛び降りるのよ!!」
「神経? 見てみ「ええ、そうね。今すぐアンタの体を切り刻んでその神経繋ぎなおしてやるわ……」すいません俺が悪かったですその大剣をしまってください」
俺の謝罪の言葉を受け取ると彼女は僅かに迷った仕草をしながら、身の丈の倍はありそうな大剣をアイテムストレージにしまった。
目の前で巨大な剣が光の粒に変わっていくのは中々の見ものではあるが、それが先ほどまで俺の体を引き裂こうとしていたものだと考えると素直に感動できない。
その大剣は確か防御自慢のモンスターを一撃で葬り去ったやつじゃないのか?
絶対対人で使っていいやつじゃないよな……。
それにしても冷静になってものを考えてほしい。
この世界では斬っても神経は見えないよ、というおちゃめなジョークのつもりだったのに。
一体どういう思考回路で俺を惨殺死体に変えようとするんだ。
神経を覗かなければならないのは、俺じゃなくてハツ分かったその大剣をしまってくれ。
「ほら、早く行くわよ」
……大剣はしまってくんないのね。
しかしまぁ、やっぱこうなんのか。
と、店の外に出た時だった。
「ありがとう!! 兄ちゃん!!」
「ん?」
突然声をかけられた。
声のした方に顔を向けると目に映ったのは幼い少年だった。
その少年は無邪気な笑顔で俺の方に礼を言ってきたのだが……。
はて、存在そのものが徳の塊のような俺だが道端で少年に礼を言われるようなことをした覚えは、
「俺の友達があいつに金ぼったくられて……俺も仕返ししてやろうって思ったんだけど、あいつ強くって。勝てなかったんだよ……」
少年は話の途中で顔を俯ける。
そして何を思ったか顔を上げ俺を見上げてくる。
ハツネも空気を読んだのか何も言わず成り行きを見守っている。
「ありがとう!! 俺もあんな方法思いつかなかったよ。兄ちゃん凄エな!!」
ちらりとハツネの方を見る。
ニヤリと笑う。
どうだ。これが俺の人徳だ。とメッセージをこめて。
そして頭一つ低い少年に向き直る。
「当然だ。この俺をだれだと思ったやがる。
大国ラーヴァルト国王ミカゲだぞ」
そこまで言った所でグッと首の根から力がかかった。
どうやらハツネが俺の服の襟を掴んで引っ張っているらしい。
溜息をつき、空を見上げる。
どれほど脱走しようと結果は変わらない。
いくら試行錯誤しようが最終的にはハツネにつかまり連れ戻されるのだ。
これで通算六十八回目くらい? 五十は超えたような気がするが。
今回も例によってハツネに連れ戻されるのだった。
蒼い蒼い蒼穹。
荒野を照らす太陽。
数年前からずっと同じことを考え続けていた。
これは本当にゲームなのだろうか。
その答えは未だにでていない。
◇
「俺は逃げないって。だから首根っこ掴んで引きづんのはやめてくれないか?」
「そのセリフは既に今まで六十八回聞いたわ。そのうちうっかりはなしてしまったときは全て逃げられたわ」
「二回くらい、だったか?」
「八回。最初から八回目までよ」
「……よく覚えてるね、そんなこと」
はい、久しぶりの新作。グランドアグレイションオンラインですが・・・。まだ物語のキーは一つも出てきていません。ま、まぁプロローグだし。
愛読してくれる方が一人でもいてくだされば僥倖です。