二時限目 起きない?叩き起しなさい
ストックなんぞクソくらえじゃい!!
「むお?」
起きてみれば、どうやら結構寝ていたようだ。
変な寝方をしていたのか、どうも首が痛い。少し傾けると小気味良い音が辺りに響く。
少し長めの夢を見た気がしたが、どうにも思い出せなかった。
働かない頭を軽く振って、顔を正面に向けると……
「お早う御座います、マスター」
完全無欠なメイドさんがいた。
もちろん起立状態だ、間違っても向かいの椅子に座って本なんて読んでいない。
「うん、おはよう」
簡単だが挨拶を返す。挨拶はコミュニケーションの基本だと思うんですよ、はい。
掛けられていた毛布モドキを剥がして軽くたたみ、立ち上がると共にソファーにおく。凝り固まった体を解していると、それをメイドさんがベットに戻してくれた。自然な動きに、疑問すら浮かばなかった。
「どれくらい寝てた?」
「四時間程だったと思います」
この受け答えが実にしっくりと来て、思わず苦笑が漏れてしまう。
さて、十分体が解れた所で、そろそろ目の前の事に目を向ける事としますか。
「どうも起きれなかったみたいだ、説明の続きを頼める? アル」
「畏まりました」
こうしてチュートリアル第二部が始まった。
「どこまで覚えていられますか?」
どこまでと言うと、確か……
「加護の辺りまでは聞き覚えがある。確か、スキルから始まるんだったと思うけど?」
「畏まりました、ではスキルの説明からさせていただきます」
そう言いながら、お茶を注いだティーポットをテーブルに置き、入れたてのそれを勧めてくれた。
うん、うまい。
「スキルは、おそらく戦士にとって一番必要な項目です。レベルも同じくらい重要ですが、これを極めているかどうかで、やり様によっては各上の相手をも下す事も可能です」
中々の言いようだな。けどアルがここまで言うのなら多分そうなのだろう。まだ半日くらいしか一緒に居ないが、アルは何でも真面目に一生懸命こなす子だと感じたしね。
「それは楽しみだな、じゃあよろしく」
「はい。スキルとは、簡単に言えば記憶の欠片です」
「きおく?」
おや? 何だか予想してたのとだいぶ違うな。
「はい。唐突ですが、マスターは今までに何人の戦士がこのヴァルハラに召集されたのか知っていますか?」
「え、と……一回に千人くらいとは聞いたけど、回数を聞いていないからね。予想で良いなら……そうだな、思い切って五十万人くらいかな?」
約五百回分だ。
「そうですね、端数を切ってしまえば、約二十六億と八千万人程だと聞いています」
……に、二百六十八万回分だと!?
け、桁が違う。こいつら……もしかして世界征服でも企んでるのでは無いのだろうか?
「あー、うん。続けて?」
こういったのはつっこんだら負けだ。取りあえず話を聞こうじゃないか。
「はい、私が何を申し上げたかったのかと言いますと、それだけの戦士達が、太古の昔からこのヴァルハラにて戦いを繰り広げている、という事です。そして、彼らの戦いの記憶は貴重な資料として、このヴァルハラに保管されております」
なるほど、流石に時代はずれてるのか。少し安心だ。
「その中から、一つの技術に関してのみの記憶を記録として汲み上げ、新しい戦士に擬似的な記憶として植え付けることを、スキルを取得すると言います。新しい戦士は、この記憶をもとに自分の戦い方を身に着け、戦士としての格を上げていくのです。その植えつけられた記憶の技術を繰り返し行い続け、魂に馴染んでいくことを熟練度が上がっていくと言います」
ここまで来ると、理屈は別として、やっぱゲームっぽいな。つまりはスキルを覚えたら繰り返しそのスキルを使い続ければ強くなっていく、と。
後半の言葉を伝えると、アルは「御明察です」と返してくれた。
「しかし、スキルの数は有限です。それはその道を極めた達人の記憶からしかスキルは抽出できないからです。その抽出にも色々と条件が有りますので、一人からとれる記録は2,3回分ほどと聞いています。それに伴い、剣術や槍術などの基本的なスキルは比較的多くあるのですが、ある程度珍しいスキルは備蓄が少なく、それゆえに一部の戦士にしか行き渡らないようになっており、レアスキルと呼ばれております」
まあ、絶対数が足り居ないならそうなりますよね。
「しかし、そう言ったスキルほど取り入れ、磨き上げれば強力な力となり。また、魂の研磨の効果も高い物が多いのです。ですので、マスターにはぜひとも優良なレアスキルを数多く取得して頂きたく思います」
「なんで?」
おっと。
声に出してから、少し迂闊な事を言った事に気付く。これでは強くなる気が無いように聞こえただろうか?ただ、珍しくアルが興奮しているように見えたから聞いてみただけなんだけど……
「無論、それは貴方様が私のマスターだからです」
……気にした様子もなく、心なしか胸を張りながら言い切ったメイドさんは、とても輝いて見えた。
咳払いを一つして、アルは説明に戻った。
「あとは、スキルの種別についての説明をしたら、いったん説明を終わりましょう。口だけではわからない場合も多いと思いますので」
正直そうして貰えると助かる。何だかんだ言って、ずっと自分の右側に展開しているステータス表が気になって仕方がない。
「スキルは、大きく分けて四つの種類が有り、戦士系・魔法系・特殊系・強化系が有ります。戦士系は、剣術や槍術などの接近攻撃系の事で、弓術などもここに入ります。魔法系は、攻撃魔法や回復魔法などの魔法によるスキルの事です。特殊系は、前の二つに当てはまらないスキルになります。生産や各種専門系の職業などが多いですが、ほかの系統に含まれない物全般なので、この系統は他の系統の数倍の種類があり、中には役に立たない物から非常に便利な物まで様々な物が在ります。強化系は少々特殊で、持っているだけで効果を表すスキルなどが有ります、身体強化や魔力強化などが有り、また、剣術強化などの特定のスキルを強化するものもあります。」
なるほど、物理・魔法・ユニーク・パッシブと考えれば良いんだな。んー、流石RPG系夢、中々に規範に忠実だ。
「一応理解したよ、アルの説明は分かりやすいね」
「光栄です。それでは、これよりステータスの設定に移行いたします」
待ってました。
最初の設定は、一レベル分の生体魔力……まあ、経験値だね。経験値を貰って、レベルアップするのと、その時手に入るステータスポイントを割り振ること、そしてスキルを手に入れる事らしい。
ステータスポイントとは、成長値とは別に自分のステータスに好きに割り振れる値の事で、これは神様からのレベルアップ祝いの様な物らしい。
まずはスキルを手に入れてからレベルアップし、ステータスポイントを振るのがセオリーらしい。確かに値の絶対値が低いなら、スキルに有ったステータスを伸ばすのが正しいんだろう。納得だ。
一旦ステータス表を消し、今度はアルが燭台に手を掲げた。
「眠りし戦士の魂よ、戦場を駆ける新たな戦士へ祝福を」
何だかぼそっと言ったのでよく聞こえなかったが、唱え終わった後に、また黒い霧が溢れ出てきた。
「用意が出来ました、マスター。この先に、ヴァルハラに保存されているスキルが飛び交っています」
「飛び交う? スキルには羽でも生えてるの?」
と言うか記憶に実態とかあるんですか?
「生物的に飛んでいるのではなく、抽出したスキルが大量に部屋に詰まっている、と言うだけです。魔力で編み上げたスキルが霧散してしまわないように、常時膨大な魔力が部屋を渦巻いておりまして、その中で飛び交うスキルが飛んで見えるのです」
「なるほど。じゃあ、この中で跳ね回ってるスキルを掴みとればいいんだね?」
「はい、ただし入れられるのは腕のみです。それ以上入ると死んでしまうので、注意してください」
さらっと言ったね、このメイドさん。
「……肝に銘じます」
「結構です。それでは始めます、私が合図をしたら門に手を入れてください。一度手を入れたなら、しばらく入れ続けても大丈夫なので、これぞと感じたものを引き出してください」
門ってのは、多分目の前で丸く渦を巻いている黒い霧だろう。と言うかこれに手を入れるのか……まあ、アルもやる気満々だし、今更嫌とも言えないな。
僕ははらを括る決意をして、アルに了承の意を示した。
アルは軽く頷いてから、メイド服のポケットから灰色のカードらしき物を取り出し、それを門に向って投げ入れた。空中でばらけたそれは、どうやら三枚在ったらしい。
「どうぞ」
カードが門についた途端に、門がやや小さくなって、色が濃くなった。手を入れたら二度と戻って来そうにない予感をさせる色だ。
………
ええい! 男は度胸だ!!
ボチャン
手を突っ込んだ門は、粘度を持った水みたいに僕の腕を飲み込んだ。
「あれ? なんか思ったほど何ともないよ?」
何だかヒヤッとした感覚が在るが、とても死んでしまうような感じでは無かった。
「今は門が薄く張り付いていますので、特に危険は有りません。あまり強度の高い物ではないので、少し乱暴に扱えばすぐに破れますが、その場合は腕が腐り落ちます。」
なぜに脅すんですかアルさん? もう手を抜きたくなって来ましたよ?
泣きそうになりながら中を弄ると、柔らかい物がいくつも手を避ける様に通り過ぎていく。多分これがスキルってやつなんだろう。
しばらくそうしていると、不意に指の間に何かが引っ掛かった。どうやらスキルの一つの様だ。
特にこれは!って感じでは無かったが、これも何かの縁と引っ掛かったスキルを掴む。大きさはピンポン玉くらいだろうか? 思いっきり掴もうとすると潰れそうな硬さだったので、なるべく優しく握る。
あれ?
「アル? 掴んだけど、これこのまま掴み出していいの?」
良からぬ物が噴き出してきたらたまらないんですけど?
「大丈夫です、門は空間を繋げないように出来ていますので、スキルごと掌の膜を千切り取っても中の有害な気体は流れ込んできません」
この子はっきりと有害って言っちゃったよ。
取りあえず大丈夫との事なので、一思いに引っ張り出してみた。意外な事に、粘り気のあった門は引き戻す時には全く抵抗が無く、逆に押し出される感覚すらあった。
「っと、……これがスキル?」
スキルを引き抜く瞬間、まるでスキルを避けるように、門が僕の手をすり抜けて行った。手に残った感覚に目を落としてみると、そこには予想通りピンポン玉大の球体が、銀色に輝いていた。
「……おっと。アル、スキル取れた、よ?」
予想外に綺麗で、宝石みたいだったスキルに見とれていて、アルに見せるのを忘れていた事を思い出し、アルに向きなおってみると、彼女は少し目を見開いてぽかんとしていた。彼女がそんな顔をするとは思わなかったので、こちらも驚いてしまった。
「ど、どうしたのアル? もしかして、銀色のって取っちゃいけなかった? ダメならすぐに戻すけど……」
「と、とんでも無いです! ソレを手放してはなりません!!」
クウァ! ビクッ! プチッ
いきなりアルがすごい剣幕で怒鳴ってきてびっくりした。会って間もない僕が言うのはアレだが、アルの印象は表情が乏しく、勤めて冷静でいるようにしている大人びた女の人って感じだったのだが、今のアルは何処か……そう、化けの皮が剥がれて来た、年相応の女の子って感じに見えた。あ、ハッとして元に戻った。
「コホン、申し訳ありません。まさか言っているそばからレアスキルが出て来るなんて、考えても居なかったので。おめでとうございますマスター、初期スキルの最初の一つにレアスキルが出るなんて、幸先が良い」
咳払いまでして勤めて冷静に返していたが、その目は心なしか高揚しているように見える。うん、アルと言う人となりが何となく解ってきた気がする。
しかしレアスキル、か。こういったのは特殊なクエストとかレベルアップとかで手に入る物かと思っていたけど……どうも格率で出る物らしい。まあでも、初期スキルだし少し使い勝手が良かったりするだけだろう、多分。
「まあ、昔から引きは良い方だったし、そのお、か…げ?」
手に持ったスキルを見ようとして、初めて異常に気が付いた。
まず、体が動かなかった。
次に、感覚的にさっきまで持っていたスキルが手の中には無かった。
そこまで気づいてから、体が傾いて前に倒れるのが解る。
ゆっくりと動いていく仄明るい部屋。
解っていても受け身も取れず、そのまま床に、ぶつからなかった。
衝撃に備えて何とか目を瞑っていたが、覚悟していた衝撃が来なかった事に少し安堵して、恐るおそる目を開けてみる。
目に入ったのは、白銀の髪に白いヘットドレス。
完全無欠メイドさんの美少女、
アルが……薄く笑っていた。
いえ、私にも経験のあることですので
ちょっとずつ、前進あるのみ!