昼休み2 第一体育館裏 愛羅武友
なんだか寝付けそうになく、食堂に牛乳を飲みに来た後、何となく部屋に戻る気にもなれなくて、私はそのまま食卓についてぼーっとしていた。
ピーン、ピーン
手持ち無沙汰に手元のコインみたいな鉄片を弾き上げる。中々いい音が鳴って、なんだか欲しくなってくるから不思議。頼んだら太郎は譲ってくれるだろうか?
……まあ、聞く所によると呪いのアイテムだというし、貰ったら貰ったでそれはちょっとアレだけど。
しかし不思議なことに、太郎が自分のお願いを断った場面が思い浮かばない。いや、過去にもいくらかあるにはあるんだけど、すぐに浮かんでこないという事は、ここぞというときに期待を裏切ったことがないということか。
「……」
考えてみれば、太郎は昔から自分達には優しかった。ああ見えて冷めたところの多いやつだが、明らかに達成不可能な難題があっても、兄妹のためならとりあえず全力の二段階上を行く働きで最善を掴み取る。それが鈴木太郎という男だった。
「…………」
いや、それ以前の前提として、太郎が自分達の期待を裏切るという事すら普段なら思い浮かばない。
あいつだけは、いつでも私達の見方だった。
サンタはよくサボったりなんだりで周りを混乱させることが得意だ。
ひよりんは最近減ったが、ヒスった時の乱れっぷりがヒドイ(いや、本当に酷い)
私は、ほら? よく喧嘩相手半殺しにしては皆に仲裁に入ってもらう事も少しはある……かな?
太郎は……サボったサンタを引っ張ってきたり、ヒスったひよりんを抱きしめてなだめたり、半殺しした相手の救急・応急処置をしたり……私たちの空けたバイトの穴を上手く塞いだり、親達の誕生日とか結婚記念日とか父の日母の日の段取り決めたり、私達の通帳の管理したり(なんか振込用の通帳が多すぎて管理できない)……おじさんと母さんの仲取り持ったり、なんだったら切れた私用のナプキンを深夜のコンビニに買いに行ったり……
……なんだろう、太郎いなくなったらもしかして私たち生活できないんじゃないんだろうか? なんかこっち来てからの生活の世話とか、全部付き人Sに任せっきりで考えてなかったけど。
「………………」
思い返せば、太郎はいつでも私達の中心だった。
真ん中に立って、決して噛み合わない歯車を必死に繋げて動かしてきた整備者。
周りからは、神に愛されただ天才だ神童だとか言われ続けたけど、歴史の多くの例に漏れず、私たちはとても大切な所が欠如していた。
無気力廃人、精神異常者、乱暴者。総じて社会から排斥さる事が前提の括りだが、生れつき当てはまっていた私たちを輝かせてくれたのは、ほかでもない太郎だったのだ。
……だからだろうか、私たちには共通した恐怖がある。
私たちを周りと繋げてくれている整備者がいなくなった後、私達の末路がどうなるのか。
成長して、彼のおかげで周りを学べた私達は、その恐怖を知ってしまった。
毎日のようにテレビに流れる犯罪者、その全てが自分たちに写って見える。
その全てを、自分たちならやっていたかもしれないという予想が、容易にたってしまう。
だから、私達は手放せない。
誰にも、彼を渡せない。
彼の席を取ろうとする奴らを許せない。
きっといつか、取り返しのつかないことになる。分かってはいる。
それでも、もう私たちは手放せない。
人は彼を気にしない。
彼すら自分のことを気に止めない。
私たち以外に、彼の凄さを知っている者はいない。
彼の本当の力を、誰も知らない。
私達では、彼には絶対にかなわない。
本当の彼は、神に愛されるとかそういう問題ですらない。
彼は……
ギギッ……
思考に沈んだ意識が、やや立て付けの悪い食堂の入口から発された音で浮かび上がってきた。
そこには、
「……あのさ、その他人行儀な所、どうにかならないかな?」
あのあとすぐに話しかけてみたのだが……帰ってきた対応は、その格好の通りにご主人様とかお客様に対するそれ。丁寧なのはいいが、個人的に私はこういう堅苦しい関係は好きじゃない。
『このアルシリアと言う人物は、中々に判断に困る人物だ』
「しかし、香住様はマスターの大切な方と伺っております。マスターの大切な方は私の主も当然、相応の礼は取らなければなりません」
ちょっとドキっとした
「うー、アルちゃんもギルっちと同じお堅い派かー。なんでこう、レイみたいに気楽に話してくれないかなー? いや、じいは良いんだけどね? なんか逆にフランクな話し方されたら違和感しか感じないし。こう、キャラ的に?」
もっと言えば、じーちゃんとおんなじ姿で話し方もそっくりだから、恐らく敬語とか抜くと違和感だらけだろう。こう、孫的立場としては。
「キャラ、ですか? ……では、私は敬語を使うキャラではないのでしょうか」
『太郎を評価する人は少ない。彼の力になってくれる人なら、私達としてはむしろ嬉しい仲間と言える』
なれない言葉にとても戸惑ってるメイドさん。その容姿も合わさってとても萌える感じな光景だが、わがままを言えばもう五度くらい小首を傾げればカンペキ……ではなく、ややズレたことを言い出すのは、もしかしたら主従は似た者同士が選ばれるのかもしれない。
「……うん、キャラ云々で言うととても適任だと思うけど、今言ってるのはそういうことじゃないんだ。なんていうか、そう、友達同士で敬語って使わないじゃん?」
「いえ、友人とは言え敬語を使わなくてもいいという事はないと思いますが」
『しかし、私個人としてはそうでもなし』
「さいですか」
会話が途切れた。
うん、確かにいるけどさ、そういうキャラも結構いるとは思うけどさ、こう、そういうことが言いたいんじゃなくて。
「んー、そもそもアルちゃんって私のことどう認識してるわけ?」
「主の大切な人と聞いております」
ドキっとした
いや、そうではなく。
「つまり、お客さん?」
「主に次ぐという意味では、客人というわけではありません。マスターのご家族としての忠誠というのが妥当かと思います」
『私は、太郎の席を誰かに取られるのも嫌だけど……』
ちなみにどう言う位置づけの家族かも聞きたいところだが、ここでそれを言っても間を逃すだけだろう。
座っていた席から、入口付近のアルちゃんに近づく。
「?」
『太郎の隣の席も』
「……そ。まあ、それでもいいけど。でも私としては、ただの友人の付き人ってわけじゃないんだ」
ある程度近づいても身じろぎせずに元の場所に立っているアルちゃん。そういえば、さっきまで持っていた本がどこにも見当たらない。どっかにしまったのだろう、この早業には正直に驚く。
でもなく、
「ねえ、アルちゃん?」
流石に息のかかりそうな距離まで近づくと後退を始めたアルちゃんだったが、すぐに壁に背が付いてしまう。ここで即座に退路の確認をしているところは好感がもてた。太郎の付き人なら、これくらいの対処をしてくれないとこまる。
そのまま両手を上げて彼女の両頬を包み、ついでにオデコをくっつける。もう息の届きそうとかそういう次元じゃなく、相手の排出した二酸化炭素を吸いあえる距離だったが、これ以上ないくらいに彼女の目をしっかりと見れる。
藍色に近いその色は、とても綺麗だった。
「恋敵って、とてもステキな言葉だと思わない?」
その夜、食堂から灯は消える事はなく、次の日からアルシリアと香住は少しだけ仲良くなった。
『誰にも、ひよりんにさえ上げるつもりはない』
間が空いたのでとりあえず投稿。
そのうち全面工事しようかな。




